第二十三話

 4月11日 PM10:00 第15ターン


『ジリリリリッ』

『10時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 このターンで勝英がB4を出て、果たしてB4フロアは閉鎖されるのだろうか。


「いっくん、次は北だね」

「あぁ。牧野との打ち合わせどおりに」


 俺は真子と一緒にいて真子を守りたい。しかし一緒にいればミッションの危険が高まる。本当は真子にはE扉を選択してもらった方がいいのではないだろうか。次、23番の部屋には人がいないはず。真子は20番の部屋を目指した方がいいのでは……


「私はいっくんに付いて行くって言ったでしょ? いっくんは放さないって言ってくれたでしょ? 大丈夫、私たちは何があっても支え合っていける」


 俺の表情を読み取ったのだろう、真子がそう言った。


「あぁ、ごめん。もう余計なことは考えない」


 真子にそう答えて、俺と真子は揃ってN扉を選択した。


 15分が経過し、N扉が開いた。W扉も開き陽平が入ってきた。陽平はこの部屋に戻ってくるようだ。北隣の部屋から大輝と木部の背中が見える。


「大輝」

「郁斗。さっきはみっともないとこ見せちゃったな。もう大丈夫だ。先に進もう」

「あぁ」


 大輝は振り返らずに言った。まだ元気がないのはわかる。それでもその言葉を言ってくれた。少なくとも前は向いている。とりあえずは安心だ。大輝と木部は更に北の部屋に移動した。2人で一緒に動くようだ。別々に動いて木部が外周側を進むと、一番の部屋に着くまでに一度は田中と同室になる。だからミッションを覚悟の上、大輝に付くのだろう。


『ピコンッ』


 その音は大輝と木部の端末から聞こえた。更に22番に移動した陽平の端末からも聞こえた。俺は期待を込めて聞いた。


「大輝、B4か?」


 そう大輝に聞くと大輝が振り返えった。木部も一緒に振り返る。木部の方は少し笑顔だ。


「あぁ、B4閉鎖だ」


 それを聞いて俺と真子は安堵の笑みをこぼした。これで残るはB1とB2のみ。しかしこの2フロアの早期閉鎖は考えにくい。仮に、今把握しているB1の10人以外と勝英がB2フロアだとするとB2フロアには8人いる。

 園部は出入り口変更前にB2に移動する。逆にB2から上がってくるプレイヤーだっているかもしれない。地下の残プレイヤーが極端に少なくならなければどちらかの閉鎖は難しい。


『ジリリリリッ』

『同室2室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 2室と言うことは俺と真子、それに大輝と木部の部屋だけだ。他のプレイヤーは徹底的にミッションを避けるようだ。


『瀬古大輝、木部あいは3回コイントスをしろ。3回連続同じ面が出たらこのフロアをクリアとしマンションの外に出す。出なかったらこのフロアでゲーム続行。制限時間は次の移動ターン開始一時間前まで』

『波多野郁斗、太田真子は次の問題に答えろ。キキの本名は? 正解ならば今いるフロアをクリアとしマンションの外に出す。不正解ならばこのフロアでゲーム続行。回答は2人で相談し、代表者1人が言えばよい。制限時間は次の移動ターン開始一時間前まで』


 どちらもメリット型のミッションだ。ただ、俺達は難易度が高すぎる。大輝達は確率6分の2。


「違うよ。8分の2だよ」


 真子が訂正をしてくれた。それに対して俺達は無限大。


「キキの本名なんて……」

「私一人だけ思い当たる人がいる」


 俺の呟きに対して真子がそんなことを言った。


「え、本当か? 誰なんだ?」

「あ、いや……と言っても確率1%もないなんだけど」

「どうせわからないし、それだけでも十分だろ。誰なんだよ?」

「えっとね……、近藤先生」

「近藤先生?」


 俺の疑問に真子は説明を始めた。表情としては真子の言うとおり自信がなさそうだ。


「うん。旧校舎の教室に集められた時1人だけ室内に入らなかったのが不自然だなってずっと思ってて。先生がキキかどうかはわからないけど、このゲームに何かしら関係しているような気がしなくもないかなって。確信ではないけど」

「なるほど、確かに。他に思いつく名前はないし、そう答えよう。先生の下の名前って何だっけ?」

「ちょっと待って。クラス名簿にフルネームが載ってた気がする」


 俺と真子はクラス名簿を広げた。


『近藤昌司』


 これが俺達の新担任の名前だ。俺と真子は2人で相談し、回答を決めた。そして俺は言った。


「キキの本名は近藤昌司」


 すると俺と真子の端末が反応した。


『ミッションの問題の結果。不正解。このフロアでゲームを続行』

「……」

「……」

「まぁ、日本人の名前の組み合わせなんて無限大にあるしな」

「キキが日本人とも限らないしね。日本語話してただけで外国人かもしれないし」

「……」


 確かに。キキが日本人だと決め付けるのも早計か。

 俺達の部屋のモニターが暗転すると、程なくして大輝達の部屋のモニターも暗転した。大輝達もミッションが終わったようだ。成功したのだろうか。次の移動は今大輝達がいる部屋だ。移動の時、2人がいなければ成功ということになる。その場合、大輝は地下コンプリートだ。


「真子、まだ寝るには早いけど横になるか?」


 俺の質問に真子はジト目を向ける。何か良からぬことを疑われているのでは。そして真子が一言。


「サル」


 やはり。そういうつもりで言ったのではないのに。


「いやさ、疲れてるかなと思って言ったんだよ。横になった方がいいかなって」

「ふーん……しっかりお昼寝した人にそれ聞くんだ?」

「あ……」


 そう言えばそうだ。昨晩張り切りすぎて俺も真子も昼間に仮眠を取っていた。すっかり忘れていた。


「いいよ。横になろ? まだ明るいし、横になってお話しよ?」

「うん」


 真子は怒ったり呆れたりはしていないようだ。安心した。

 そして俺と真子は一緒にマットの上で横になった。腕枕をすると真子が俺の肩から胸にかけて頬ずりをする。精神的ショックが大きいゲームの真只中にいるが、真子とこうして触れ合っていると安心を得られる。これを支え合いと言うのだろう。


 やがて部屋が消灯され俺達は眠った。


 4月12日 AM6:00 16ターン目


『ジリリリリッ』

『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 ゲーム開始6日目。拉致されてから7日目の朝だ。俺と真子は警報音とアナウンスの前から既に起きていた。

 世間はどうなっているのだろう。世間の情報どころか、同じフロアのマンション内で会ったプレイヤーからの情報しか入ってこない。世間が騒いでくれてれば捜索はされているのだろうか。恐らく俺達はバスで拉致されたと思うのだが。足跡の手が掛かりくらい何かしら残っているのだろうに。

 俺はそんなことを考えながらN扉を選択した。それを確認してから真子もN扉を選択した。どうやら一緒に行動する意思をあまり信用されていないらしい。


『ジリリリリッ』

『時間になりました。扉を開きます。今から15分以内に移動をして下さい』


 俺達の部屋のN扉が開いた。中には大輝と木部の姿があった。どうやらコイントスは失敗したようだ。


「キキの本名何て答えたんだ?」


 俺と真子の姿を確認するなり大輝が聞いてきた。


「あぁ、『近藤昌司』って」

「へぇ、なかなか現実的な回答を導き出したんだな」

「あぁ、真子がな。大輝も疑ってたのか?」

「あぁ。可能性は低いが他に疑える人間はいないからな。けど違ったか」


 大輝も近藤先生の行動が不自然だと思っていたようだ。

 俺達4人は次の部屋へ足を進めた。やはり木部と大輝のルートは同じだ。


「郁斗は6番目指すのか?」

「あぁ。牧野が22番を目指すことになったから」

「そうか」


 大輝のメンタルが普通の会話をできるくらいまでに回復している。これはいい兆候だ。クールな大輝は浮き沈みなく冷静にこのゲームを把握してほしい。大輝の情報や予測は他のプレイヤーにとっても有利になる。


 やがて15分が経過し扉が閉まった。


『ジリリリリッ』

『同室2室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 モニターに映ったのはもちろん一面が俺と真子、一面が大輝と木部だ。


『瀬古大輝、木部あい、波多野郁斗、太田真子はプレイ中のプレイヤーの名前を紙に書け。名前を書かれたプレイヤーがB2フロアのマンション内にいなければ、名前を書かれたプレイヤーは脱落とする。書く名前は4人が1人につき1人。重複は禁止。名前を書いたらカメラに映すことで達成とする。制限時間は次の移動ターン開始まで』


 別室でミッションに当たった4人に対する同一ミッション。こんなケースは初めてだ。


「くそっ」

「いっくん……」


 一緒に行動をしているこの2組はミッションのリスクを覚悟している。しかし今回は俺達以外のプレイヤーが死ぬかもしれない。4人の覚悟をあざ笑うかのようなミッションだ。

 このミッションは言い換えれば、B2フロアのマンション内にいるプレイヤーを書き当てなければいけない。B1フロアとこのターンで出口を通ったプレイヤーがいた場合、そのプレイヤー達の名前は書けない。


「正信は俺達の1ターン前にB4を出てB2に行ったよな?」

「そうだね。もしB1だったら私達のフロア移動のターンで隣の部屋にいたことになるのに、次の移動ターン会ってないからね。瑞希ちゃんのB2の休憩室での目撃談では渡辺君の名前は出てこなかったけど、一度B4に留まってその後B2に行ったのは間違いないと思う」

「ならそのターンで正信とミッションをした卓也と佐々木はB2ってことか?」

「ちょっと待って、整理する。B2の入り口は4番。ミッションの前のターンで少なくとも渡辺君、遠藤君、鈴村君がこの部屋にいた。そしてこのプレイヤー達は遠藤君が瑞希ちゃんから得た情報から、出口の部屋が23番だと知っていた。すると向かう先は、3番か、9番。そして3人はまだ出口に届いていない」


 牧野にB2の出口と入り口を聞いていて良かった。本田が伝えてくれていて良かった。この情報は本当に役に立った。

 しかしこの事実をコミュニケーションなしにどうやって大輝に伝えるか。大輝と木部には正信がどのタイミングでB4を出たのかを話していない。それにあと1人名前を書かなくてはならない。俺と真子は行き詰ってしまった。

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