第四話

 4月8日 AM6:00 第4ターン


『ジリリリリッ』


 俺は耳障りな警報音で目を覚ました。眠りは深くなかった。無理もない。前日に4人の生徒が死ぬのを見たのだから。おかげで起き上がるのに苦労しなかった。


『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 そのアナウンスが終わると俺は迷わず北側の扉を選択した。誰かと話がしたい。誰かと顔を合わせて安心したい。今居場所がわかっているのは牧野だけだ。そのため牧野が行った先の部屋を選択した。


 15分が経過して北側の扉がゆっくりと開いた。すると、女の安堵した声が聞こえた。


「やった、出口だ……」

「え、出口?」


 俺はその声に反応した。

 次の部屋では牧野が右を向いて立ち尽くしていた。さっきの声は牧野の声だったのか? 少し違ったような気もするが。俺はすぐさま牧野に駆け寄った。


「牧野、今出口って聞こえたけど?」

「うん、隣の部屋に出口があるみたい」

「隣?」


 俺は牧野の視線の先を見た。そこにはまったく同じ内装の白い部屋が一つ。そして北側の扉が開いていた。そこからは照明の光が漏れているが、今まで過ごしてきた部屋ほどの明るさを感じない。


「誰か出口を見つけたのか?」


 俺たちの背後から男の声が聞こえた。

 振り返るとそこにはクラスメイトの瀬古大輝が立っていた。どうやら牧野が元いた部屋の西側の扉から来たようだ。


 大輝は端正な顔立ちに普段シャープな眼鏡を掛けている。休み時間はいつも本を読んでいて、クールだ。他の生徒からすると近寄りがたいらしいが、俺はクラスが一緒だった1年の時から仲良くさせてもらっている。

 ただ近寄りがたいと言われる割に女子からはもてる。イケメンでミステリアスなのがいいらしい。奔放な俺にはよくわからんが。


「あ、大輝。お前もここにいたのか」

「あぁ。俺の予想では恐らくクラス全員だ」

「クラス全員?」

「一度状況を整理しよう」


 大輝が場を仕切り始めた。牧野は東の部屋に移動し、開いた扉を挟んで3人で座談が始まった。大輝は手元に始業式の日のホームルームで配られたクラス名簿を広げている。


1.井上 明人   1.赤坂 真美

2.遠藤 努    2.伊藤 ひかり

3.木下 敦    3.太田 真子

4.香坂 元気   4.菊川 未来

5.佐藤 義彦   5.木部 あい

6.鈴村 俊    6.佐々木 涼子

7.瀬古 大輝   7.鈴木 美紀

8.高木 悠斗   8.鈴木 怜奈

9.高橋 卓也   9.園部 歩美

10.津本 隆弘  10.田中 利緒菜

11.中川 信二  11.新渡戸 聖羅

12.橋本 陽平  12.野口 由佳

13.波多野 郁斗 13.野沢 美咲

14.藤本 勝英  14.本田 瑞希

15.村井 拓也  15.前田 志保

16.渡辺 正信  16.牧野 美織


「今までモニターに映った参加者は死んだ奴とミッションをこなした奴に鈴村を足して14人だ。郁斗、お前はこのゲームのプレイヤー他に何人把握してる?」

「大輝と俺だけ」

「牧野は?」

「今、利緒菜ちゃんが出るのを見ただけ」

「利緒菜って?」

「あぁ、えっと、田中利緒菜ちゃん」


 クラス替えをしたばかりで、俺と大輝は特に女子の名前を把握しきれていない。


「俺は1回前のターンで敦とすれ違った。これで18人」


 敦とは木下敦だ。やはり新クラスのクラスメイトである。

 大輝はシャープなメガネを一度持ち上げると続けた。


「これはあくまで俺の予想だがクラス全員がこのゲームに巻き込まれている。旧校舎に全員が集められたこと、その場で気を失ったこと、裏門の前に大型バスが停まっていたことが根拠だ」


 俺は大輝のその根拠に意見した。


「俺も一度はクラス全員が、って疑ったんだよ。大輝と同じ根拠で。けど最初にキキが言ってた『奇数の部屋に男女2人ずつ、偶数の部屋に男女2人ずつの合計8人』ってのと辻褄が合わないんだ」

「私もそれ思った」


 俺の意見に牧野が同調してくれた。


「2Aの生徒は全部で32人だ。しかも男女比が同じ16人ずつのクラスだ。もしこのゲームが4つのステージに分かれていて、8人ずつが割り振られているとしたら?」

「あ……」


 俺も牧野も納得のあまり同時に声を出し、唖然としてしまった。


「その可能性は高いね」

「そう仮定すると今このステージには男女4人ずつが配置されていた。そして田中が抜けた。後は男子が俺と郁斗と敦に、牧野とミッションをこなした中川だ」


 牧野の顔が赤くなった。ミッションのことを思い出したのだろう。


「女子は牧野の他にあと2人いる。園部と本田は一度女子4人で固まったから違う。このステージの女子の辻褄が合わなくなる」

「そうすると、えっと……」

「あと違うのは美咲ちゃん、聖羅ちゃん、あいちゃんね。ミッションからするにこのステージの男子の辻褄が合わなくなる」


 牧野が補足してくれた。どうもこういったパズル形式の数学は苦手だ。

 という事は真子もこのステージにいる可能性があるのか。しかしステージが本当に4つあるのだとしたら確立で4分の1だ。


「そうだ。ちなみに奇数の部屋と偶数の部屋に配置された人間は同部屋にならないのは気づいているな?」

「もちろん」


 俺が間髪を入れずに答えた。牧野のジト目が痛い。


「これは俺がここの間取りを表形式にして番号を振ったものだが……」


 そう言うと大輝はノートに書いた図を示した。俺が牧野に言われて振った番号と全く同じに書いていた。大輝は続けた。


「俺と郁斗がいるこの部屋は3番の部屋だ。なぜなら俺は1番と2番を経てこの部屋に来たからだ」

「なんでそんなことわかるんだ?」

「1番の部屋、西と北の扉が無効だったのね?」

「そうだ」


 大輝の話に牧野が1人で納得している。俺だけ置いていかれている。


「ちょっと待て。無効って何だ?」

「郁斗は今まで一度も扉選択で選択できない扉が発生したことないのか?」

「あぁ、ない」

「じゃぁ、ずっと中部屋を通って来たんだな」

「私も今回のターンで初めてだったの。それでここが外周の部屋だって気づいたわ」


 どういうことだ? そんな俺の怪訝な表情を見て大輝が話を進めた。


「この部屋は次の扉選択のターンで北側の扉が選択できない。恐らくここが25マスの外周で北側に位置していて、更に言うと北側の扉が閉め切りで、出口ではないダミーだからだ」


 なるほど、俺にもわかってきた。


「けど今牧野がいる部屋は北側の扉が選択できる。それは出口だからか」

「そういうことだ。つまりこのゲームは外周を進んで行けばいつか出られる」


 それは大きな情報だ。と言っても出口の扉はもうわかったのだが。


「俺は今まで西、北、東、東、と進んできたから恐らく7番の部屋に配置されていた。郁斗はどう進んできた?」

「俺は西、北、北、北だ」

「そうすると最初の配置は19番の部屋か」

「なら私は14番の部屋からね。西の扉を開けて南から来た中川君と同部屋になって、その中川君の部屋に東から来た波多野君が来たんだから」

「そうだな。中川は郁斗の隣の18番の部屋が配置か。そして中川と牧野が同部屋になった13番の部屋には最初の配置で誰もいなかった」

「そうよ。なんでわかったの?」


 完全に置いていかれてる。2人で話が進んでいる。


「奇数と偶数で男女比均等ということは、敦が8番の部屋で、田中が9番の部屋だ。でないと田中は4ターンで4番の部屋から出られない。

 ……やはり予想通りだ。最初の8人の配置はど真ん中の13番を除いた中部屋8室だ。残りの女子2人は12番と17番に配置されていた」

「なるほど。なら、真子ちゃんと志保ちゃんもこのステージじゃないね」

「なんで?」


 真子の名前に俺のアンテナが立った。そして思わず疑問を口にした。しかし2人は俺の疑問に揃ってため息をついた。


「奇数と偶数だからよ。2人は同部屋になったからミッションをしたのよ?」

「あ、あぁ、そうか」


 面目ない。俺は頭を掻いた。そうするとこのステージにいるあと2人の女子は誰なのだ。


「そうすると、このステージいるあと2人の女子は、佐々木、赤坂、野口、鈴木美紀、菊川の5人のうちの誰かだ」


 俺の疑問を読み取ったかのように大輝が続けた。

 時間になり扉が閉まり始めた。牧野は「お先に」という言葉を残して部屋に消えた。次のターンで出られるからだろう。


『ジリリリリッ』

『同室4室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


「1室は俺たちだな」

「お手柔らかなのがいいな」


 大輝の言葉に俺は不安を口にした。


「安心しろ。さっきのターンで稀にだが有利に働くミッションもあることがわかった」

「出口に近い方の扉を教えるってやつか?」

「そうだ」


 4つあるうちの1つのモニターに俺と大輝が映った。そしてテロップが表示された。


『瀬古大輝、波多野郁斗はどちらかが失神するまで喧嘩をしろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』


「え……、失神って口喧嘩じゃダメじゃん……」


 俺がそうつぶやいた瞬間足に衝撃が走った。そして部屋が回った。続けて腰に衝撃が走ったことで、大輝に足を払われマットの上に叩きつけられたのだとわかった。すると大輝はすかさず俺の背中に回りこみ腕で俺の首を圧迫した。


 そうだ、大輝は柔道部だった……


 俺の意識は薄れていった。

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