第三話

 4月7日 PM2:00 第2ターン


『ジリリリリッ』


 人の緊張感をこれでもかと言うほど刺激する警報音。俺はこの音で目覚めた。いつの間にか眠っていたようだ。


 昼食はカレーが支給された。床下を通るためだろう、埃よけにラップが被さっていて、監禁する割には律儀だな、と思ったくらいだ。また牢獄からイメージできる臭い飯とも違う。ごく一般的な食事を提供してくれるようだ。失格となったら容赦なく殺すのに、ゲームを楽しむためにプレイヤーが生かされていることがわかる。


『2時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 そのアナウンスとともに腕の端末にアルファベット4文字が表示された。


「次の部屋か……」


 前回のターンで見かけた中川と牧野はどうするのだろう。この先一緒に行動をするのだろうか。ミッションとは言えキスをしたことで仲が深まっていればその可能性は大いにある。

 俺はノートを開いた。25マスの方眼の横に『1W』の文字が書かれている。1回目のターンで『W』の扉を選択したという意味だ。

 やがてカウントダウンが1分を切った。俺はノートに『2N』の文字を書き込んだ。そして端末で扉を選択した。


『ジリリリリッ』

『時間になりました。扉を開きます。今から15分以内に移動をして下さい』


 俺が今いる部屋の『N』、つまり北側の扉が開いた。次の部屋から中川と牧野の姿が確認できた。中川は西側の開いた扉の前に、牧野は北側の開いた扉の前に立っていた。


「よぉ、別々に行動するのか?」

「うん。この先どんなミッションがあるかもわからないから」


 俺の質問に牧野が答えた。それに補足をするように中川が口を開いた。


「万が一、無理難題が出たら命の保証がないからな」


 なるほど。確かにそうだ。

 現時点で素行を疑うようなミッションは発令されているが、物理的に不可能なミッションは発令されていない。しかし、今後もその調子で進むとは限らない。ミッションには出くわさないに越したことはない。


 顔を合わせた俺たち3人はそれぞれ次の部屋に移動し、ドアが閉まるまで話をした。まだまだ情報が少ない。心細くもある。それなので人と話がしたかった。


「私と中川君は波多野君と同じ部屋になることはないけど、こうして15分だけ話せる時間があるから、また会った時はお話して」


 扉が閉まる直前に牧野が言った言葉だ。話がしたいのは皆同じ心境なのだろう。しかし、何故俺は中川と牧野とは同じ部屋になることはないのだ? いつか出くわすかもしれないのに。


『ジリリリリッ』

『同室2室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 そのアナウンスと同時に二つのモニターが作動した。それを見て俺は安堵した。どちらにも真子の姿は映っていなかった。中川と牧野同様、ミッションを避けたのだろう。

 モニターの一つにはクラスメイトの香坂元気と木部あいが映っていた。偶然同室になってしまったのだろう。これで確認できたのは16人。皆2年A組の生徒だ。

 しかし腑に落ちないのはもう一つの画面、つまりもう1室の同室になった部屋だ。そこには前のミッションを発令された佐藤義彦と新渡戸聖羅が映っていた。野沢美咲は別室のようだ。同室の2人はミッションのリスクを背負ってでも行動を共にすることにしたのだろうか。

 そしてテロップが表示された。


『佐藤義彦、新渡戸聖羅は三種類のトランプゲームを一回ずつしろ。勝ち越した者は次の扉を自由に選べる。負け越した者は次のターンで前の部屋を選択しろ。制限時間は次の移動ターン選択時まで』

『香坂元気、木部あいはセックスをしろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』


「セックスって……」


 一部のミッションで内容が過激且つ品性のないものになっている。人の命を弄んだりとキキはどういう神経をしているのだ。するとモニターに、佐藤が鞄からトランプを取り出したのが映った。


「トランプ持ってんのかよ」


 佐藤は素行が悪くて有名だ。他クラスの取り巻きとツルんでは、校内でカードゲームなどをして金銭を賭けたりしている。いじめのターゲットを決めるとよく賭博に引きずり込みカモにしていると聞く。

 校外でもガラの悪い連中とよく屯していると聞く。あまり近づくなと有名な生徒だ。桜学園高校はそれなりの進学校だが、どこにでも落ちこぼれて非行に走る生徒はいるものだ。


 ミッション発令から3時間ほど経過すると佐藤と新渡戸の部屋の画面は消えていた。ミッションをクリアしたのだろう。

 もう一つの画面では元気と木部がマットの上で腰を重ね始めた。2人とも服を着ている。木部が元気の上に乗っているのでうまく隠している。木部のスカートの中で2人の下半身がどうなっているのか、背徳の念を抱くがどうしても興味が捨てられない。


 元気は俺と同じサッカー部の生徒だが、名前に反して寡黙な性格をしている。ベンチ入りできるほどの実力はあるが、レギュラーにまではなっていない。更に今まで浮いた話を聞いたことがない。恐らく童貞だと思う。

 木部の方は顔と名前を知っている程度なので、どういう生徒なのかまでは知らない。確かC組の松屋と付き合っていると耳にしたことがある。命が掛かったこの状況で背に腹は代えられないのだろう。


 しばらく元気と木部の部屋を見ていると突然モニターが消えた。ミッション達成ということのだろう。俺はいつの間にかズボンを下ろし、トイレットペーパーを片手に自分を慰めていた。


 4月7日 PM10:00 第3ターン


『ジリリリリッ』

『10時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


「やっとか……」


 俺はマットから体を起こした。眠ってはいなかった。ゲーム開始初日の最後の移動ターン。扉が閉まってから次のターンが始まるまで7時間半ある。はっきり言って暇なのだ。

 頭を整理するのにも、現実を受け入れるのにも十分な程に時間がある。せめてスマートフォンでもあれば暇潰しになるのだが。通信機器の類はキキに没収されている。まだ誰とも同室になったことがない俺としてはこの時間を心待ちにするほどでもあった。

 ただやはりクラスメイトの命が懸ったこのゲーム。早く終わらせたいというのが一番の願いだ。


 俺は次の扉のアルファベットを選択した。時間はまだ14分以上ある。暇な7時間半の中で次の扉はすでに決めていた。前回ターンの時に牧野が言っていた言葉。


『私と中川君は波多野君と同じ部屋になることはないけど』


 この真相が気になっていた。俺が直接顔を合わせた人間は中川と牧野だけ。しかしその2人と同じ部屋になることはない。これはどういうことなのだろう。


 15分が経過し北側の扉が開いた。するとそこには背を向けた牧野が立っていた。


「牧野」

「あ、波多野君。もしかして私を追いかけて来たの?」

「あ、いや。さっきのターンの時に言ってた俺たちが同じ部屋になることはないって言うのが気になって」

「あぁ、波多野君気づいてないんだ」


 馬鹿にされたようで若干イラっとするが、事実なので飲み込もう。

 俺と牧野はそれぞれの部屋に歩を進めた。牧野が通過した開いたままの扉を挟んで俺と牧野は対峙した。


「まぁ、そう言う私も中川君に教えてもらって気づいたんだけど」

「どういうことだ?」

「波多野君は25マスの方眼を何かに書いてたりする?」

「あぁ、ノートに書いた」


 俺はノートを取り出し牧野に見せた。


「それがこのマンションとやらの間取りね。まず北西角部屋を1番とした時に東に進むに連れて2番から5番まで番号を振ってみて。その次に一つ南の段に下りて、同じように東に進むに連れて6番から10番までを振ってみて。それを25マスすべてに25番まで振ってみて」


 俺は牧野に言われたようにマス目に番号を振った。このキューブマンションの間取りとなるマス目なので部屋番号が振られているようだ。最後は東南角部屋が25番になった。


「できたぞ」


 俺はノートを立てて牧野に見せた。


「それね、1ターンごとに隣の部屋に移動する場合、最初の配置が奇数の番号の人と偶数の番号の人では絶対に同じ部屋にならないの」

「え、マジ?」


 俺は頭の中で幾通りもシュミレーションをしてみた。確かにそうだ。すれ違ったり、追いかけたりすることはあっても同じ部屋で停滞することはない。


「中川君が言うには将棋みたいに斜めに進むこともできないし、すごろくみたいに一回休みになったりしないからだって」

「なるほど」


 単純な図形の問題だ。暇を持て余していた割にまったく気がつかなかった。


 その後は情報交換と言えるような会話はなかった。しかし扉が閉まるまで牧野と雑談をした。


『ジリリリリッ』

『同室2室確認。ミッション対象1室。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 ミッション対象? また初めて出るワードだ。そのアナウンスとともにモニターが1つ作動した。ミッションが発令される部屋だろう。同室になったのは2室あるけど、ミッションは1室だけということか? またキキの説明と矛盾が生じる。


 モニターには新渡戸聖羅と野沢美咲が映された。新渡戸はしきりに両手又は片手で胸元を押さえている。緊張しているのだろうか。


「あの2人また同じ部屋になったのか。新渡戸に至っては今のところ全ターンだな」


 俺がそうぼやいているとテロップが表示された。


『新渡戸聖羅は次の問題に答えろ。野沢美咲の誕生日は? 野沢美咲は次の問題に答えろ。新渡戸聖羅の誕生日は? 口裏を合わせることは禁止とするが、互いの所持品の確認は可とする。正解の者には次のターンで端末を通して出口により近い方の扉を教える。ただし、不正解の者にそれを教えてはならない。不正解の者はこのゲーム参加者の中から1人強制脱落者を選べ。制限時間は次の移動ターン開始まで』


 なんだ、このミッションは。互いの所持品を確認していいのならば学生証を見れば一発でわかる。間違えるわけがない。更に正解した時のメリットが大きい。ミッションはデメリットばかりではないのか。

 続けてモニターを見ていると2人が学生証を交換しているのが映った。やはりこれで2人とも正解だ。つまり二人が出口に近づいた。


『ジリリリリッ』


 モニターが暗転すると同時に警報音が鳴った。なぜこのタイミングで? ミッションを達成したのではないのか?


『脱落者確認』


 脱落者だって? 無機質なアナウンス音に俺は反応した。そして暗転したばかりのモニターが再び作動した。そこには佐藤義彦が1人で映っていた。


「一人部屋?」


 一人部屋をモニターに映したのは初めてだ。どうなっているのだ。

 すると佐藤が左腕を押さえて床に転げ始めた。今朝見たのと同じ光景。4人目の被害者が出る。たったの1日で4人も……。そして佐藤の動きが止まるとテロップが表示された。


『新渡戸聖羅の選択により佐藤義彦は強制脱落』


 なぜ? ミッションの問題で不正解だった? 新渡戸はミッションで正解したのではないのか? すると機械加工された陽気な声が流れた。


『はいは~い、皆さ~ん。とうとうプレイヤーがプレイヤーの死を選びましたね~。次の移動ターンは翌朝6時でーす。それではゆっくり休んで下さいね~。グッナイ』


 俺は暗転したモニターを見たまましばらく呆然とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る