第17話 人と炎の交わりに

「オゥラァ、行ったぞマキア!」


 全身が銀色に輝く劣種人類レッサーヒューマンがブラスの戦鎚ウォーハンマーの一撃でこちらに吹き飛ばされてきた。さながらゴルフのバンカーショットの如しである。


「……ッ!!」


 息を吐くと同時に両足を固定。軸にして上半身だけをネジのように回し、飛んでくる劣種レッサーの頭に狙いを定め、掌底。

ゴルヴァ流の浸透勁である。技の反動を脚から地面にかえすのがコツだ。


「ブギッ……」


 頭蓋に勁を流し込まれた劣種が鼻から最後の息を吹き出して絶命した。色々試してみたが、こいつにはこれが一番効果的だった。でも内臓が潰れるとどうしようもないらしい。


「よくわかんねえがベンリなもんだなぁケンポーってのはよぉ。俺ァどうにもこの金属劣種メタルレッサーがニガテでよ、やれなくはねえがエモノにガタがくるんで困ってたんだよ。実際オメェが来てから助かってるぜ、マキア」


「……まあ、芸は身を助くってとこですかね。こんな用途は想像してなかったけど」


 足元で動かなくなった人型の金属を見て、呟く。

 地下二階でも面食らったが、まさかここまで素っ頓狂な生物だとは。


「ふぅ、そっちも終わったみたいねマキア。数が減ったのは助かるけど、こうもヘンテコ生物ばっかりだと別の意味で神経使うわー」


 俺とブラスの後ろで他の劣種の相手をしていたリミが、一息つきながら背を伸ばす。その後ろには全身が水のように透き通った劣種が、体内の水分を沸騰させてグズグズに溶けかかっていた。この水塊劣種ジェルレッサーは俺たち打撃組では本当にどうにもならないので、リミの魔法が頼りなのだ。


「ホントになあ。10人以上の集団パーティ迷宮ダンジョンに挑む条件ってのが、まさかこういう意味だとは……」

「ねー。地下に住んでるってだけでこんなになるものなのかしら。正直、こいつらが私達と同じ生き物かどうかも怪しく思えてくるんだけど」


 リミが半固形を通り越してほぼ液体になった水塊劣種から引くように距離を取る。いやソレ溶かしたのはアナタなんですけどね?

 だが、気持ちは分からなくもない。


「まさか、俺達の足元にこんな奴らがウヨウヨしてたなんてなあ……」


 言いながら、思わず天井を見上げる。不思議なことに、このダンジョンは階を降りるごとに天井が高くなる。そのせいで、天井はもはや暗闇に紛れて薄ぼんやりとしか見えなくなっていた。


 地下四階。


 ディープ・フォレスト・ウルブズの第一パーティと合流した俺達、


 闇精種ダークエルフのマキア。

 白精種エルフのリミリディア。

 狐变化フォックステイルのラーシャ。

 樹霊人ゴーレムのホルン。


 以上4名は順調に地下二階、地下三階を攻略し、この階層まで降りてきていた。

 まあここに来るまでには色々あったのだが……




 まず地下二階を攻略するにあたって、リミは例の「灼熱爆華庭園フラワリィ・フレアガーデン」とかいう危なすぎる魔法は使えなくなった。使うと単純に出禁になるからだ。対応を迫られたリミは、即席で新たな魔法を編み出した。

 灼熱爆華庭園の粒子をもう少し大きくして範囲を前方に絞った魔法、「炸裂烈華スプレッド・レイ」である。一言で言えば炎のショットガンだ。

 射程は10m程度だが、その分威力は上々。頭に当てれば吹っ飛ぶし、胴に当てれば穴が空く。

 これが見事にハマり、リミは劣種相手に堂々立ち回れるようになった。

 最初こそおっかなびっくりだったが、キルスコアを伸ばすほどテンションを上げていき、しまいには逃げる劣種を追い回して吹き飛ばすことに快感を覚えるようになっていた。

 その姿は、さながらホラー映画の殺人鬼だった。


「ほらほら、どうしたのもう逃げないの~?そんな隅っこに固まっちゃって、そっか仲間を盾にしようとしてるんだね~?でも無駄よファイアー!いえーい、トリプルキル!よーしだんだんコツが掴めてきたわ!この調子でドンドン……あれ、みんな、そんな離れてどうしたの……?」


 引くわ。

 なんでお前のアクセルはフルスロットルしか無いの?



 そのようにして俺達は地下二階を無事攻略し、地下三階へと向かうことになった。



 「お前はさあ、ホントそういうとこだよ昔っから。毎回俺が巻き込まれっしさあ」

 「それはアンタが毎回そこにいるからじゃない、なんでか知んないけど」

 「おまっ、そういう事言うか!?俺がいなきゃ何回死んでたと思ってんだよ!」

 「しーにーまーせーんー、リミリディアちゃんは美少女だから死んだりしないんですぅー」

 「いい加減にしろお前ら、これはピクニックか?」

 「良いじゃないですかにぎやかで。仕事とはいえこんな薄暗い所、毎度気が滅入って仕方ないですからねぇ飲まなきゃやってられませんよンギュンギュンギュ」

 「むしろ飲まねえタイミングがあんのかよ旦那は」

 「そういえば見た事がないな、飲んでない所」

 「私、寝ながら飲んでるの見たことあるわよぉ。なんで零さないのか不思議だったわぁ」

 「いや不思議なのはそこなんですかね?」

 「はいはい、お喋りはそこまでじゃ皆の衆。もうすぐ三階に着く。他の面子は慣れておるのじゃろうが、マキアとリミリディアはこれが初めてじゃ。しっかり気を入れ直して」

 「だーいじょうぶ大丈夫、楽勝よ!覚醒した天才リミリディアちゃんに不可能はないんだから、三階もパパっと攻略しちゃうわよ!」

 「あっ、おい待てリミ!」


 未だにぶち上がったテンションを維持しているリミが、抜け駆けしようと一人で三階へ飛び出した。

 後を追うように俺も階段を駆け下りる。

 狭い階段を抜け降り立った先には、広大なフロアが広がっていた。

 そこそこの幅の通路で構成された迷路状の二階とは違い、三階には一定以上の空間の広さと高さが確保されているようで、ある種の居住性を備えていた。

 ここは言うなれば、玄関ホールとでも言うべきか。


 その玄関ホールの入口部分で、リミが道を塞ぐように棒立ちになっていた。


 「うおっとあっぶねえ!おい何やってんだリミ、ぶつかったらどうすんだ!」


 リミは俺の注意には答えず、ただゆっくりと前方を指差した。




 そこには、身長10m程の巨大な劣種が立っていた。



 「……え?」


 全く想像もしていなかった光景を前に、俺とリミは完全にフリーズした。

 戦うどころか、動くことすら出来なかった。


 ゆっくりと巨大劣種の右足が上がり、その足の裏がまるでひさしのように俺達の周りに影を作る。それでもまだ動けない俺達をそのまま押しつぶそうと


「うおオッシャアッ!!!」


 猛烈な勢いでブラスが飛び出し、巨大劣種の左の向う脛に戦鎚をぶち当てる。

 その巨体の重量を無視するかのような、凄まじい突進。


 軸足に一撃を食らった巨大劣種がバランスを崩し片膝を付く。

 そこにザッパ団長と鳥人ちょうじんアスターが飛び掛かり、急所を潰す。

 団長が喉、アスターが両眼を切り裂いた。


 「這い回れ。あるがまま、あるがまま、私の声を求め導け。啜る水は私の血。食らう生命いのちは私の息吹いぶき。私の欲するそのままに、己の牙を濡らしたもう――樹精侵蝕ドライアド・イロージョン


 祈祷師シャーマンのポロンポさんが謡うと、迷宮の壁をすり抜けるように大木のような太い根が四方から出現して、巨大劣種に絡みついた。

 床に拘束され、更に命を吸い上げられるかのように弱っていく巨大劣種に、破戒僧のシャルダンさんが優雅に歩み寄る。そして手にした錫杖の先端を巨大劣種の額に押し当てると、囁くように呟いた。


 「主よ、この生命にやすらぎを。――天命楽土エリシオン


 巨大劣種とシャルダンさんの体が白く光り始た。そして巨大劣種の光がシャルダンさんの光にゆっくりと吸い込まれていく。

 死の間際に瀕した人の魂を、苦痛なく天へと召し上げる僧侶の祝福である。

 本来は末期病の患者などに使われる神聖術であり、使用には教会の許可と対象の同意が必要なはずなのだが、破戒僧には関係ないらしい。

 最後まで抵抗するかのように強張っていた巨大劣種の体から力が抜け、ゆっくりとその目が閉じられてゆく。

  

 都合一分。いや恐らく三十秒も無い。

 俺とリミが正気に返る暇もなく、一瞬で巨大劣種は仕留められた。


 未だに呆然としている俺とリミの前に、ザッパ団長が立つ。

 やれやれ、とでも言いたげな表情で俺達の顔を眺めてから、団長が短く息を吸った。


 「気を付けえぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」


 迷宮中に響き渡るような団長の号令に当てられ、俺とリミは反射で直立不動の姿勢を取る。そこでようやく俺達は我に返った。


 「想定外の事態に直面した程度でいちいち呆けるな。目の前に何が立ち塞がろうとも、即座に最適の行動を取れ。それが戦士の心得というもの。それが出来ないのは、己の最善が己に染み付いていない証だ」


 「……ウス」

 「すいません……」

 「まぁまぁ団長しょうがないですよ、降りていきなりヒュージに出くわしたらびっくりもしますってゴブゴブゴブ」

 

 一仕事終えたと言わんばかりに懐から銀のスキットルを取り出し、酒を呷りながらフォローに入ってくるポロンポさん。


 「……ヒュージ?っていうんですか、このでっかいの」

 「うん、そう。巨身劣種ヒュージ・レッサーだね。二階には普通の劣種しかいないけど、降りていくごとにバリエーション豊かになるんだよゴキュゴキュ。例えばホラ」


 ポロンポさんが指差した先の暗闇に、何かが蠢いているのが見える。

 薄く見える眼の光で劣種なのは分かるが、ぼんやり見えるシルエットがどうも人型のそれではない、よう、な。


 「……うっげぇ。虫?」

 「ひぃぃっ!?」


 もぞもぞと暗闇から歩み寄ってきたその劣種は、先端こそ人型の手と頭であるものの、そこから伸びる胴はムカデのように長く、脇から規則正しく左右均等に人間の脚が生えていた。……いや、よく見ると全てが脚ではなく、半分は腕だ。

 腕・脚・腕・脚の順に交互に並んでいる所を見ると、どうやら何体かの劣種が数珠繋ぎになっているらしい。


 「百足劣種センチピード・レッサーだねゴクゴク。力はそれほどでもないけどスピードがあるし、絡み付かれると厄介だよ。なにせ、数が多いからね」


 その言葉を裏付けるように、何体もの人間ムカデが床に、壁に、天井に、渦巻くように這いずり回り、少しずつこちらに近づいてきている。……確かにアレにたかられたらどうなるかは、ちょっと想像もしたくない。


「リミ、やるぞ!呑まれる前に叩かねえとやべえ!」

「いやいや無理無理無理、生理的に無理!っていうかあんなのどこをどうやって!」

「今言われたばっかじゃねえか、よく見ろ!!火ぃくれ!」

「え、あ、そっか」


 その一言であっさり気を取り戻したリミが、俺の籠手ナックルに魔杖の先端を付ける。


魔精付与エンチャント!」


 魔杖から発した赤い光が籠手の魔石に灯り、紅く輝く。

 その輝きはそのまま光熱へと転じ、炎のゆらめきのように空気を歪めた。


「ハァッ!」


 飛び掛かり、勢いのままに拳を先頭のムカデの顔面に叩き込む。

 手応えが素手の時より圧倒的に軽い。まるで豆腐を打ち抜いたみたいだ。

 その感覚は誤りではなく、ムカデの頭部は粉々に砕け散っていた。


「七分の力で振ってこれかよ、助かるけどなんかおっかねえな…‥」


 これぞミルミス謹製の魔石籠手ジュエル・ナックルの機能。

 装甲は薄めで軽さ重視、しかも覆われているのは腕部と手の甲までで、指と掌は剥き身になっている。一見、攻撃力が期待できなさそうな作りに見えるが、この籠手のかなめは手の甲に取り付けられた魔石にある。

 この魔石は俺の術理に同調し、一時的に精霊力を蓄積することが出来るのだ。

 体に直接宿らせるのではない分、同調率は烈山白虎れつざんびゃっこに劣るがその代り身体へのダメージはゼロ。ノーリスクでこの威力を振るい放題である。


「リミ、そっちはどうだ!」

「問題ナシ!動きがワンパターンだから狙いやすいったら!」


 ばずん、ばずんと物騒な音を立てながら炸裂烈華スプレッド・レイでムカデの頭を吹き飛ばしていく。

 そう、結局いくら体が長かろうが手足が多かろうが、頭は一つ。

 そこを叩けば止まるのは普通の劣種と変わらないのだ。

 リミの横にはブラスとアスターが並び、お互いをフォローし合いながら確実にムカデの数を減らしていく。

 この状況で突撃するのは無謀、陣形を組んでの迎撃戦が最適解ってわけだ。


「ふむう、ケツを叩かれてようやく冒険者らしい動きができるようになってきたではないか。これはちとわらわが甘やかしすぎておったかの?」


 弓形ゆみなりの陣形の最右翼、腕をブンブン振り回してムカデ達を粉砕していくホルンの肩に乗り、非常にリラックスした様子でラーシャが宣う。時折、手にしたクロスボウで気まぐれにムカデの頭を射抜いたりしている。


「えっなに、なんか色々ずっけえんだけど。そんなん持ってたの?」

「前衛ばっかおっても仕方ないしの、こっちの方がちょうど良いじゃろ」


 なにか釈然としなかったが、結果としてはラーシャの言葉通り前衛・後衛のバランスが取れた陣形が成立し、程なくしてムカデの群れを全滅させることが出来た。


「ふぅーっ、なんとかなったか……」


 ちょうど魔石のエンチャントも消えていた。任意で排出が出来ないのが難点だけど、まあその辺は使い手の慣れと工夫だろう。

 戦闘態勢を解いて体を伸ばしていると、ふいに後ろから頭に手を乗せられた。


「……団長」

「最初はどうなるかと思ったが、立ち直りの早さは中々だった。まあ及第点と言ったところだな。以後も精進を怠らぬように」

「オス!」


 完全に子供扱いなのだが、何故か今はそれが無性に嬉しい。

 ……思えば、前の世界ではこんな風に、頭を撫でられた事は無かった気がする。

 あの碌でなしの親父も、可哀想な母も、俺が幼い時にこうしてくれたのだろうか。

 もう、思い出すことも出来ないけれど。


「だが、この程度を捌いたくらいで気を抜くなよ。ここにはまだまだ面倒な連中が大量に跋扈しているからな」

「えっ、まだなんかいるんすか、ここ」

「そうねぇ、三階層だけでもあと二十種類くらいはユカイなのがウヨウヨと。なんか気がつくと新種が増えてたりもするらしいけど?」

 

 思わすウンザリした声で聞き返してしまったところに、全員の治癒ヒールを掛け終わったシャルダンさんがしなだれかかってくる。この人は、なんでこう酔ってもないのにスキンシップが過剰なのだろうか。


「二十種類って、例えば」

「ええと、蝙蝠劣種バット・レッサー蜘蛛劣種スパイダー・レッサー齧歯劣種マウス・レッサー甲殻劣種クラブ・レッサー。それから……」


 なんかもう、ネーミングだけで想像できるけどしたくないような。


「あと、その中でも特に厄介なのがアレね」


 と、言いながらシャルダンさんがダンジョンの奥を指差す。

 すると、ズシリ、ズシリと重量感のある足音と共に何かが歩み寄って来た。

 なんかこの流れついさっきもあったんですけど。


「まあ、ここはそういう修羅場だってことだ。二階層よりは少ないが、その分面倒が次から次へと押し寄せてくる」


 アスターが前に歩み出る。羽と一体化した左腕を前に翳し、右に天高く剣を掲げる。その様はさながら闘牛士である。

 暗闇にゆっくりと新たな劣種のシルエットが浮かび上がる。

 もはや人とは思えないほどに太く短い、前足。

 その前足に支えられるように浮かぶ、妙に奥行きのある巨大なヒトの顔。

 そして、その中央にせり出すのは、あばらを寄り合わせたような螺旋模様の長い角。


角獣劣種ライノ・レッサー。コイツはオレの得意な獲物でな。ここはひとつ、後輩に手本ってやつを見せてやろう」

 

 中央にアスターを残し、全身肌色のサイを取り囲むように全員が散る。

 鳥人とサイ人間の一騎打ち。

 人の形を得た鳥とサイの形をした人間が、松明に照らされ対峙する。

 どこからか風が吹き込み、炎が揺れて両者の影を歪ませた。

 その一瞬に、鳥人の剣と人獣の角が交差する。

 鳥は烈風のように美しく舞い、人は怪物のように暴れ狂った。

 

 闇を切り裂くように交差を繰り返す二つの影を見て、俺は思わずにはいられなかった。

 何故、

 

 



 

 



 





 

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前世で人を殺したら罰として転生先がダークエルフになった 不死身バンシィ @f-tantei

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