ロロル

湖城マコト

ロロル

「またロロルか」


 最近、7歳の妹の様子がおかしい。

 学校から帰って来ると、赤い色鉛筆を使って画用紙にカタカナで、「ロロル」と書き始めるのだ。

 言葉の意味は分からない。小さな子供のやっていることだし、そもそも意味なんて無いのかもしれない。

 子供のお遊びと言えばそこまでだけど、妹の「ロロル」に対する執着は異常だ。

 今だって、画用紙は妹の書いた大量の「ロロル」の文字で埋め尽くされ、真っ赤に染まっている。


「そんなにたくさん『ロロル』と書いて、どうするんだい?」


 一心不乱に「ロロル」と書き続ける妹に、思い切って尋ねてみた。

 兄として、妹に起こった異常を見過ごすわけにはいかない。


「後でママにあげるの」


 妹は手を止め、画用紙を裏返した。白の面積の方が多い裏面には、中央に大きく黒字で、「ママへ」と記されていた。


「何でこれを母さんに?」

「ママが嫌いだから」

「……ああ」


 心当たりはあった。

 数日前、妹は母さんに小さな失敗を咎められ、こっぴどく叱られてしまった。

 母さんは癇癪かんしゃく持ちのきらいがあり、些細なことでもすぐに激怒する。僕や父さんも、何度怒られたか分からない。

 子供ながらに理不尽さを感じたのだろう。母さんに叱られた直後、妹は父さんの書斎に駆け込み、数時間引きこもった。

 父さんの説得で書斎からは出て来たけど……その翌日から、妹は画用紙に「ロロル」と書き始めた。

 

 妹の言葉を聞いた今なら何となく理解出来る。「ロロル」で埋め尽くされた画用紙は妹なりの、母さんに対する細やか反抗ということなのだろう。


「ところで、『ロロル』というのは、どういう意味なんだい?」

「パパの真似」

「父さんの?」

「うん。前にパパのお部屋で、これを見つけたの」


 そう言って、妹はシールや缶バッチを収納している銀色の缶ケースから、しわくちゃになった和紙のような紙を取り出し、僕へと手渡した。

 

 この前というと、妹が父さんの書斎へ引きこもった時のことだろうか?

 しかし、妹は父さんの真似だと言っていたけど、そもそも父さんは何故、「ロロル」なんて文字を?


 そんなことを考えながら、しわくちゃの紙を開いてみると――


「うわあああ!」


 驚きのあまり、紙を手放してしまった。

 これは確かに父さんの字だ、母さんの名前もしっかりと記されている。

 だけど、これは……。

 

「ほら、パパも『ロロル』って書いてるでしょう」


 紙に書いてあったのは、「ロロル」ではなかった。


 大量の「呪」という字だ。




 了

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