Track #12 Phantom of the Opera

Lato di Eisernen Jungfrau


 ナミアの部屋の空気が揺れた。何かが現れる気配がする。思わず身構える。そして部屋の一部から黒い霧のようなものが立ち込め渦を巻いた。風が猛烈に強くなり俺達を吹き飛ばそうとする。一際強くなったのを耐えるとそこに誰かがいた。そいつが言葉を発しながら近づいてくる。


―――


  なるほど、お前も創り出したか。


  痛みにうなされながらも、負の流れを断ち切ろうと。


  穿たれた穴を埋めようともがきながら。


  それらなのに私達には、未だに鬼が潜んでいる。


―――


 詩を朗読するように、謎かけの様に言葉を発しながらそいつは近づいてくる。


「まさか、お前が……?」

「そうだ! この女が魔女ラヴェンヌだ!」


 ナミアが身構える。彼女は姿を目にしたことがあるようだ。剣を手に構える。だが、動揺は隠せていない。


「なぜ……なぜ、この場に現れることが出来るんだ!? こんなことが出来るなら、なぜ今までやらなかった!? お前は一体何なんだ!?」


 ラヴェンヌは立ち止まり、口を開く。


「先ほど、私の名を呼んだだろう? 私の名を理解し、私を必要とした者が呼べば、私はその者の所へ現れることが出来る。今までそれをやった者がいなかった、というわけだ」

「な、なにを……?」


 その時部屋の扉が勢いよく開かれた。


「これは!?」

「な、なんなの!?」


 そこに居たのはエアリエルとミクスだ。俺達の状況を見て呆然としている。何かの異常を感じて駆け付けたのか。


「ほぉう、お前か」


 ラヴェンヌはエアリエルを見て呟く。そしてミクスに視線を向け、


「そして、お前だな」


 ラヴェンヌは腕を動かす。思わず俺は動いた。持っていた剣を振りかぶる。だが、ラヴェンヌは俺の方を向かずに腕を動かし、風圧で俺を吹き飛ばした。

「ガッ……」


 壁に叩きつけられ呻く。


 ラヴェンヌはその力を扉の近くに居る二人に向け、二人を近くに引き寄せ空中に固定した。エアリエルを見て呟く。


「お前が、あいつの『クリーチャー』だな。これほどの均整を保ちながら顕現させ続けるとは。恐るべき男だ。お前は何故に人の許に留まっているのか?」

「私は、彼の『魔力』によって生み出されたからだ。あなたも同じではないのか? あなたの『クリーチャー』とやらを従わせているのは何ですかね? 女の智慧に戸を立てれば、智慧は窓からやってくるもの」


「ふん。まあ、その通りだな。だが、今はこのお嬢さんと話さなければならない。鍵穴も塞ぐので、煙突から舞って出てもらおうか。あなたも」


 そう言うと、ラヴェンヌは力を振るってエアリエルとナミアを部屋から放り出した。そして部屋の中が黒い霧で満たされて行く。


Cote de Sommernacht-Fee


 部屋から勢いよく放り出された我々は、廊下の壁に叩きつけられた。私はひらひらと舞いながら地面に降りたが、ナミアは床で悶えている。私が近づく時にはもう立ち上がっていたが。そのまま扉に向かうが、


「くっ! 開かない!?」


 拳で叩き、体当たりし、剣で攻撃するが、扉はビクともしない。次第に壁が黒いものに覆われていく。うかつに触っては危ないと見たようだ。彼女は離れ、速足で歩きだす。歩きながら私に言った。


「エアリエル、セルロイド・ヒーローズの全てに連絡を。最重要の事態だ。全力で魔女を討つ。私はランケ将軍とリーグ師に報告をして援軍を求める!」

「ええ、承知しました」


 そうして我々は別々の方向へ。


 だが、あの魔女は恐らく善人だ。もしかすると……



 昔から『時』こそが全ての裁き手、その『時』に全てを委ねましょう。


Kant van Rollende Steine


 真っ黒な霧の中に灯が一つ。魔女が私の傍に佇み話しかけている。


「あなたが、彼をこの世界に呼んだんでしょう?」

「ええ」


「この世界は、あなたが創ったの?」

「何を言ってるの?」


「私が感じたものを言ったまで。あなたから見えるものを言葉にしてみた。あなたの傍にいる人の苦しみを和らげたいと願った。現実はそう簡単には変えられない。ならばせめて、大切な人が夢の中でくらいは安心を感じて欲しいと願った。夢の中では楽しい思いをして欲しいと。夢の中では自らの欲望を好きなように出して欲しいと」


「きっと、違う。私に宿った誰かの想いはそうだったかもしれない。でも、それに完全に応えることは出来なかった。どこかに存在する世界に、別の世界の一部が宿ってこんな形になったんだと思う。だから、私もミクスという一人の人間。この世界は、この世界だよ」


「なるほど」


 そう言うと光が強く大きくなった。そのまま魔女は歩き出す。ついてくるように促され、私も歩き出した。


Lato di Eisernen Jungfrau


 真っ黒な霧に覆われているが、光が近づいてくるのがわかった。魔女ラヴェンヌとミクスだった。二人は俺の傍に座り、魔女が俺に話しかけた。


「あなたも戸惑ったんでしょうね。急に別の世界に放り込まれて。だが、不思議なほどの適応力を発揮した。何故かそれは今までもあったように思った」

「……その通りだ」


「私はあなたより少し長くこの世界に居たというだけ。あなたがあのエアリエルを呼び出したように。私の様々な模索から魔物達が生まれてしまった。私は魔物達を受け入れ、共に生きる覚悟だった。その為に僻地に拠点を構えた。だが、いつのころからか魔物達が何かに導かれるようになった。調べてみると、魔物達を統率するような存在を見つけたわ。そいつはアイズミックと名乗っていた。だが、彼女の事を私は知らない。どう? 何か思い当たることは無い?」

「ああ、あるな」


 俺はナミアと共に経験した数々の事を話した。あのリルム・ジョットノウンの事もだ。


「やっぱりね。これが争いの原因だったのね」

「あんたも苦労してたのか?」


「そういうこと。どうにか魔物達を押さえて来た。みんなが戦うわけを探っていた。きっと『私がどうにかしたい』と願ったことが、私の名前に共鳴する条件の一つだったのね」

「……なあ、俺はどうすればいいんだ? あんたは、すごく良い人に見える。この先、戦えそうにない。今までの戦いのことも凄く辛く感じて来たぞ」


「そうね……あなた達が異世界の知識で学んだように。私もそれから知識を得た。きっと『赤い領域』のようなところはこの世界にいくつか存在するんでしょう。私が得た知識は、『痕跡を消すこと』『痕跡を残すこと』『そこから物語を生み出すこと』」

「物語?」


「気付いてみれば大したことじゃなかった。一つの事物から世界を創り出すほどに想像を膨らませる。それはエネルギーだということよ。象徴的な出来事の前後を想像する。それが世界を形作る」

「??」

「つまりね、休戦と共闘のお願いをしたいの。その為に一芝居うって欲しい」


 俺はその後も話しつづけ、その提案を呑んだ。



Cote de Sommernacht-Fee


 王宮に向かって続々と勢力が集結していく。もう蟻の這い出る隙も無い。セルロイド・ヒーローズは魔女討伐の為に考えられる手段を全て用意している。兵士達も覚悟を決めている。後は部屋へ踏み込むのみ。


 そんな時だった。ナミアの部屋が爆音と共に吹き飛ばされ、黒い何かが首都の上空を縦横無尽に飛び回っている。ナミアは驚きながらもそれを攻撃しようとする。弓を構えるが動きを止めた。よく見ると、その黒い何かにウィックが掴まれている。どうやら、魔女とウィックが戦っているようだ。ウィックに当てないのは至難の業だろうが、そのように命じ、兵士達はそれに従った。


 弓や、魔術で上空の魔女へ攻撃を放つ。それが効いたのか魔女は地上へ落ちた。衝撃で風が巻き起こる。ナミアはウィックの許へ駆け寄ろうとするが、兵が多すぎるので上手く近づけない。落ちた地点にはウィックと魔女ラヴェンヌが立っていた。二人は話している。我々は相当に離れた地点に居たが、二人の声が鮮やかに聞こえてきた。


「見られてるのはいい気分じゃないだろ?」


 と、ウィックが口にした。


「私にどんな罪がある?」


 と魔女も答える。


―――


ウィッカーマン : 悪い友達を持ったな。


ラヴェンヌ : 世界に目を向けてみろ。混沌だ。科学 "Science" だの、情報技術 "Information Technology" などと言う話じゃない。全体の連関をそれぞれが見失っている。それは、お前がすべきことをしていないからだ。だから頼りになる友人に頼った。


ウィッカーマン : それなら、お前は俺を眠らせておくべきだったな!


―――

 そう言ってウィックは魔女に剣を振るった。その後、衝撃と光が私達を襲い、私達は気を失った。

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