独占欲

 明亜あくあは、私と一緒にいる時は、他の女友達の影を微塵も感じさせなかった。

 私だけを見て、私だけを想って……どこまでも真摯だった。

 あの日以来、一緒に過ごす時間が増えた。

 それだけでも、思い切って好意を伝えてよかったと思った。

 でも、付き合えているわけじゃない。

 明亜の正式な恋人は、百合花ゆりかお姉様だ。

 それは、とても辛いし悔しいけれども……仕方がない。

 二人っきりになれれば……明亜は私の心を満たして余るほど愛の言葉を囁いてくれるのだから。

 周囲に秘密の逢瀬を重ねて、4ヶ月が過ぎた頃……。

 年が明けて、家族全員で初詣に行った時のこと……。

 神社でハトに餌を、蓮花れんかと一緒になってあげていた時。

 誰かの甲高い声を聞いて振り返ると、百合花お姉様と英梨花えりかお姉様が険しい顔をして口論していた。

 餌をついばむハトに夢中になっている蓮花を横目に、二人の会話を聞いた。


「どうして、お姉様のような人が、あんな不誠実な男をお付き合いしているのか理解出来ません! 今すぐ別れて下さい!」

「いい、英梨花?

 明亜とのお付き合いを続けるかどうかは、私が決めること。

 あなたが決めることじゃないわ」

「明亜は……簡単に手に入る恋人を遊具のように楽しんでいます。

 一つ一つの遊具に、その場限りの真剣さを見せ……そして次々と試していく。

 そういう男なのです! お姉様! 奴の言葉を信じないで!」

「――――明亜の恋人は、私だけです!

 明亜は、恋人と友人、その境界線をきちんと引いている人です!

 いい加減な事を言わないで下さい! とても不愉快です!」

「お姉様、ちょっと待って! 私の話を聞いて!」

「もう何も聞きたくありません! これ以上は……もう……」


 百合花お姉様が、こっちにやって来るのを見て、慌てて蓮花の方を見た。

 蓮花は、ハトにまとわりつかれて、半泣きになっていた。

 ハトを追い払いながら、私は百合花お姉様の言葉を、ずっと考えていた。


 その日から、百合花お姉様は塞ぎこむ事が多くなった。性善説を信じて、人を疑う事を知らなかったお姉様が、恋人の明亜の浮気を心配し始めたのだった。

 自信満々に言い返したものの、やはり平然とはしていられなかったようだ。

 疑わしく思えば、些細な事も気になってしまうもの。

 いつも穏やかに過ごしていて悲しみにも苦しみにも耐性のないお姉様は、思わず私まで心配してしまうほどストレスで、おかしくなってしまった。

 精神的に不安定になった百合花お姉様と会わなくなった明亜は、私と会う回数を増やしてくれた。他の女友達よりも、私の方が断然、会う時間は多かった。

 それが、とても嬉しかった。私は、他の子は違う。特別なのだ。

 しかし、そうしていたら英梨花お姉様に、すぐに気付かれてしまった。


「何をしているの!?」

「……英梨花お姉様。ドアをノックして下さいませんこと?」


 私の部屋で肩を並べて、くつろいでいたら見つかってしまった。

 私達を、まるでゴキブリでも見るかのような目で見ている英梨花お姉様。


「明亜! あなたは、お姉様と、お付き合いしているのではないの!?」

「……もちろんそうだよ」

「なら、どうして茉莉花と一緒にいるの!?」

「何がいけない? 別に一緒にいてもいいだろう?」


 英梨花お姉様は、すぐに私に矛先を変えた。


「付き合うのを止めなさいと言ったのに……!」

「私、前に言いましたよね?

『お姉様が何を言おうとも、私は彼と付き合うのをやめたりしない』と」

「……あなた達は……最低よ! 最低だわ!!

 お姉様が苦しんでいるのに、平然とこんな非道なことをして」

「私達に何をしろと?

 百合花お姉様に関わるな、と明亜に釘を刺したのは英梨花お姉様ですよね?

 今更、心の支えになれ、と命令なさるつもりですか?

 大体……人の恋愛事情に口出しするなんて、おかしくありませんか?」

「私はっ……家族のことを思って」

「だから、それは英梨花お姉様の自己満足だと……もう何度言わせるのですか? 英梨花お姉様が余計なことさえ言わなければ、百合花お姉様は思い悩んで気を病むこともなかったのに……どちらが最低なのか」

茉莉花まりか……それ、本気で言っているの? あなたは、いつからそんな」

「いつまでも、幼少時の記憶を振りかざさないでくれますか?

 私は、もうすぐ14になります。いつまでも子供扱いしないで下さい」


 せっかくの甘美な時間を邪魔された私は、怒り心頭に発していた。

 この際だから、言いたいことを全て言うつもりで、口を開いた。


「それに、世間一般の良識で、恋愛の自由を奪わないでくれますか?

 どんな人であれ、人を好きになることは悪いことではないはず。

 先に百合花お姉様が付き合っていただけの人を、純粋に好きになっただけで、最低呼ばわりとは……英梨花お姉様。もう少し、恋愛についてお勉強なさったらいかがですか? 別に、明亜は百合花お姉様と婚約も、結婚もしていない。

 まだ恋人関係でしょう? この状況は、きちんと彼の心を、繋ぎ止めておかなかった百合花お姉様自身の失態でしょう? 奪われて悲しむのなら、奪われないように努力すれば良かったじゃないですか? 私は、努力しました。

 明亜に好きになって貰えるよう、色々努力しました。

 だから、こうして一緒に」

「――――もういい」

「話している途中で遮らないで。だから」

「もういいって言ってるでしょ!?」


 英梨花お姉様は、絶叫すると部屋を出て行った。


 私は、言いたいことを吐き出した衝動で、息苦しくなっていた。

 ドアを睨みつけていた私を、明亜は後ろから優しく抱きしめてくれた。

 そのぬくもりを温かく感じながら、私の中の独占欲は膨れ上がっていった。

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