4 不運がもたらす新たな道

 カヤと別れた俺だったが、ホントは後ろ髪を引かれる思いでダンジョンを出てテントに戻ったんだ。

 テントには恐る恐る入った。だって時間も時間だったし、言い付けを破ってダンジョンに侵入した俺をてっきり皆が怒って待っていると思ったからだ。しかし俺の叱られる覚悟は肩透かしに終わった。まだ皆は帰って来ていなかった。


 無謀な行動がバレずに済むと思えばホッとしたものの、何かが不安を掻き立てた。


 第六感的なものと言われればそうかもしれない。

 真夜中までダンジョンに籠るのは珍しくなかったし、親父たちの強さを疑った事はなかったが、俺の中で居ても立ってもいられないような焦燥が膨らんで、夕刻の空の下ダンジョンへと取って返していた。また迷うかもしれないなんて考えなかった。

 木の根に足を取られ転びそうになりながらあてもなくダンジョン内を駆けた。

 一つ言っておくと、途中カヤとは会わなかった。


 あ、この先で何か……。


 少し走ったところで、俺の直感が訴える。

 もうかなり疲れていたが、まるで導かれるように足に力を入れて踏み込んで角を曲がって――…………。


 …………………………

 ………………

 …………

 ……


 ……――気が付けば、青空をバックに俺を覗き込んでいた親父が奇跡でも見たように両目を潤ませた。


 視界の中の親父の仲間の皆も似たような表情で俺を見下ろしていた。

 砂の地面に座り込み涙と鼻水でぐちゃぐちゃの不細工顔になった親父の横では、同じく座り込むカヤが俺をじっと見つめていた。


 どうしてカヤが一緒にいるんだろう。


 感情の起伏の薄い彼女にしては意外なくらいにしっかりと俺の手を握り締めている。


 親父とは対照的に、その目に涙はなかったが。


 そもそも一体全体どうしたって言うんだろう?


 ジャングルダンジョンはどこに?


 同じ砂漠でも見えない場所まで離れたんだろうか。


 聞けば、俺は魔物と遭遇して深手を負ったらしかった。生死の境を彷徨ったみたいだが、カヤと親父たちのお陰で助かったんだとか。


 その時の事を俺自身は何も覚えていなかったが……。


 そしてそれが原因なのか俺の経験値はゼロになり、親父は勇者を辞めた。


 カヤとは以来会っていない。


 いつどうやって別れたのか、今どうしているのか、病み上がりだったのと怪我のせいで心身共に疲弊していた俺は親父に負ぶわれて帰りの砂漠地帯を抜けたらしい。

 意識がぼやけて何故だか耐え難い眠気に襲われる中、俺に的確な時間感覚はなかったものの親父の背中の温もりは何となく覚えている。


 また明日、と約束した。


 だがそれは果たされなかった。


 それでも、たった一日だったが、彼女は確かに俺の友達だった。






 ずきずきジンジンと物凄く頬が痛い。

 ダイスたち三人に暴行された時以上の痛みだ。

 親父との鍛練の日々で痛みには結構耐性のできた俺にとって久しぶりの痛み起因のマジ気絶だった。

 一般的に言って攻撃を受けた際の意識維持は本人の気力や訓練によるところが大きい。同じ瀕死の重傷を負っても、意識の有無は戦闘時においては生死に直結する。もし魔物との戦闘中だったら俺はとうに殺されていただろう。

 だからこそ俺は痛みによる意識喪失をほとんどした事がなかったし普段からしないように心掛けていたって言うのに……。


 あのツインテール、何て恐ろしい女だよ。


 ……って言うか、どうして蹴りなんて入れられたんだ!?


 両の瞼を持ち上げぼんやりとした視界が落ち着くまで何度か瞬きをした。


 物の輪郭がはっきりしてくるとここが見慣れないどこかの事務所だとわかる。


 書類や物が雑多に置かれている。

 近くに喫茶店でもあるのか、コーヒーを焙煎する香ばしさとメープルシロップのような甘い香りが漂ってくる。

 痛みや不安すら一瞬和らぐその上質な匂いを嗅ぎながら、俺はしばらく長椅子に横たわっていた。


 ……だって、体を起こせない。


 え、何でこんなロープでぐるぐる巻きにされてんの!?


 長椅子にぎっちりと括りつけられている状態では何もしようがない。緊縛のプロの仕業なのか指一本すらねじ込む隙もないだろうキツさだ。

 ところで、壁を挟んだ隣から聞こえてくるガヤガヤとした喧騒はもしや香りの出所か?

 マジで喫茶店があるのか?

 とは言え、敵のアジトのど真ん中かもしれず助けを呼んでいい状況なのか確信が持てない。しばらくそのまま耐えていると見える位置のドアが開かれた。


 現れたのはあの世にも恐ろしいツインテールの女だった。


 俺はトラウマになりかけの記憶に青くなる。

 首をもたげている俺に気付いて向こうは鬼のような形相になる。美少女台無し。まあ初対面の時からそうだったっけ、ハハッ。

 彼女の後ろにも女性が二人いたが、詳しく観察している心の余裕はない。

 ズカズカ近付いて来た恐怖の女王……じゃない、何故かメイド服を着ている少女は、頭のひらひらした白いカチューシャをかなぐり捨てるように外してその手に握り潰した。


「やあーっと起きたのね。待ってたわよこの泥棒!」

「泥ぼッ、いてっ、……くっ。人違いっ、だっ!」


 喋ると痛い……が、冤罪は勘弁だしで我慢する。


「トボけたって無駄よ証拠は上がってるんだから。あなたがアイテムばかり狙ってダンジョンに潜ってる奴だってことはとうに知れてるのよ。大人しく罪を認めたら?」

「つ、み……罪いいい!? 所持上限個数は、きちんと守ってたはずだ!」

「範囲内だったわよ――って上限とかそういうことじゃないわ。とにかくあなたのおかげでこっちが大っ迷惑なの。レアアイテムもない下級ダンジョンで宝箱目当てに潜る奴なんて、稀に見るって言うか初めてのケースよ」

「それだけが目的じゃなくて、経験値稼ぎに行ってたんだよ!」

「言い訳する気? コーデルハウンド一匹も倒せないくせに?」

「な!? み、見てたのかよ!」

「見てたわよ。怖気付いたの? それとも魔物相手に情け? な~んてそんなわけな――」

「――情けをかけちゃいけないのか?」


 思わず睨むと、彼女は不可解そうに片方の眉を上げた。

 わかってはいたが他の冒険者たちと変わらない反応に、八つ当たりにも似た苛立ちが湧く。

 きっと彼女も何も知らないんだろうな。


 だが少なくともギルドは知っているはずだ。


 魔物から経験値を得る方法が、彼らを倒すだけじゃない事を。


 なのにそれが全く周知されていないのはどうしてなのか。


 おそらくは冒険者の成長効率を重視しているからだ。


 特に、コーデル王国は世界有数の冒険者育成国家。


 優秀な冒険者には国を挙げての衣食住の他、装備や資金面での手厚い支援制度だってある。それくらい育成に力を入れているこの国で、成長効率の悪い俺みたいな方法を推奨するはずがなかった。


「情けも何もないわよ。そもそもレベル1の敵に逃げられるなんて信じられないわ」

「それは……」


 急激に湧き上がる猛烈な劣等感。

 上級ダンジョンに行くくらい彼女は強い。

 それに比べて俺は未だにレベル1から抜け出せない。

 俺は俺のやり方を変えるつもりはない。

 だが弱者の自覚が顔面を赤く染めた。


「冒険者の端くれなら魔物を倒して稼ぎなさいよ」

「俺は魔物を殺さない。好んでそうした事もない。仲良くなって魔物から経験値を分けてもらうんだ。アイテムに的を絞ったのは生活費のためだ」


 大方情けない男の弁明にでも聞こえたのだろう、少女が嘆息した。


「魔物からもらうですって? あなたねえ。もっとマシな嘘考えたら? 魔物を従属させるならわかるけど、無条件に仲良く友達なんて聞いたことないわよ。それ以前にあなたきっと冒険者に向いてないのよ。取り返しのつかない大怪我する前に、今のうちにやめた方がいいわよ」

「…………」


 信じていない彼女は厳しい目で俺を見て、俺の一番痛い所を突いた。


「……冒険者をやめればいい? 何だよそれ。関係ない奴が簡単に言うな」


 ――家出してまで飛び込んだこの世界を簡単に諦められるわけがない。


 そもそもこんなわけのわからない拘束状況は何だ。

 ダンジョンでのアイテムは早い者勝ちだし、上限を守って取得していて何で非難されないといけない?

 ようやく理性が理不尽さに思い至り、それは俺の神経を逆撫でした。

 糸口の見えない日々の中で溜まっていた真っ黒な心のおりが、急に掻き混ぜられ腹の底からぐるぐる沸々と怒りと共に競り上がる。


「俺の何がわかる。宝箱の中身だってそっちからすればほとんど利用価値のない安価な物ばかりだろ。必要な俺が取って何が悪いんだ」

「は~ああ。これだから逆ギレする奴って嫌なのよね! そうやって自分の所業を棚に上げて他人を非難するんだもの」

「俺は違法な真似はしてない。そっちの方が自分の所業を棚上げしてるだろ。この拘束だってそうだ。何の説明もなく暴力で人を追い込む非常識があんたのやり方なのか!?」

「はあ!? 何ですって!? 常識のない奴に言われたくないわ!」

「ちょっとカレンちゃん落ち着いて」

「こっちが冷静になんなくてどうすんのさ」


 宥める柔らかで高い声とハスキーな声が俺の耳に届いた。

 同じ制服を着たフェロモン系ショートの少女も、肌の濃い肉感的な女性もそれぞれ違ったタイプの美人。

 普通なら眼福だと喜ぶところだが、今はそんな気分でも場合でもない。


「常識って……ホント何なんだよ! ――たかだか宝箱だろ!」



「たか、だか……?」



 ゴオッと音がしそうな勢いで、彼女の殺意にも似た威圧感が膨れ上がった。


「何? もう一度言ってみなさいよ……え?」

「う……っぐぅ……っ」


 彼女は俺の言動が余程気に入らなかったのか、もう喋るなとでも言うように顎を掴んできた。彼女の五指がまともに俺の頬肉に食い込む。

 顎を砕かれるかと思う指圧の強さ。

 真上から射るような目で凄まれて、どうする事もできない。


「カレンちゃん!」

「カレン!」


 二人が焦った声で制止に動く。


「――カレン!」


 その時だ。

 厳しさを孕んだ男性の声が割って入ったのは。

 叱責の声に俺を締め上げる少女は全身を震わせた。

 コツリと、誰かの靴底が木の床を叩いた微かな音が聞こえた。

 誰だ?


「マスター……」


 当事者のツインテ少女が肩を萎縮させてバツが悪そうな声を出す。手を放し俺からゆっくりと離れた。

 マスター?

 辛うじて視線でその正体を捉える。

 品の良さそうな一人の中年男性が立っているのが見えた。





 シンプルデザインの草色エプロンに腕まくりされた白いシャツ、長い脚をより細く見せる黒っぽいスラックスという格好はまさに喫茶店のマスターで、襟足がさっぱりした茶色い頭髪は額を幾らか出すように前髪が一部後ろに撫でつけられていて清潔感を感じさせる。

 丸縁の薄い眼鏡をかけているのがまた彼の服装にしっくりきていた。

 まあ俗に言うイケおじというかナイスミドルというかダンディな優しいオジサマってやつだった。

 第一声は張った声だったが普段は物静かそうに見える。


「それで? リリアナにアシュリーまで。一体どうしたんだい? そのとても酷い怪我をしている少年は? まさか君達がやったのかい……?」

「「これはカレン(ちゃん)が!」」

「ぜ、全部じゃないわ。あたしがやったのは頬んとこの一撃だけよ。他の青あざとかは最初からあったもの」


 俺の顔面の一番酷い怪我を指して彼女が潔白を主張した。

 男性は溜息をつくと俺の傍まで来て屈み込む。


「済まないね君」

「え? あ、はい、あ、いえ」


 そう言うや丁寧な手つきで手際よく俺のロープを解いてくれた。俺の見立て通りの落ち着いた声は妙に俺の耳に馴染んだ。優しそうな人の声は時に親しみを覚えるのかもしれない。


「ちょっとマスター!」

「カレン、黙りなさい」


 穏やかな口調でぴしゃりと命じられ、彼女は押し黙った。


「……ええと、ありがとうございます」


 男性からはにこりとされながら、俺は起き上がって体の具合を確かめる。

 まだここがどこで俺はどういう立場なのか把握できたわけじゃないが、とりあえずもう身の危険はなさそうだ。

 動けて無事?な俺を見ながら男性はホッとしたように膝を軽く叩くと腰を上げた。


「カレン、説明してくれるね? 彼を拘束した理由は?」

「こいつが宝箱を取りまくってた迷惑な奴だったからよ」

「彼は決まりを破ったわけではないだろう? そんな違反者の報告は上がってきていないよ。それに一方的に暴力で押さえつけるのは良くないことだと、それは君自身もわかっているはずだ。リリアナとアシュリーも年長者としてカレンの暴挙を止めるべきだろうに」

「ですよねマスターすみません~。止めようとしたんですけどお~間に合わなくてえ~」

「悪かったよマスター。ちょっと面白そ……おほん、気付いたら手遅れでね」

「なっ! 裏切り者おおおーっ」


 寝返った二人へ主犯は動揺の叫びを上げ、不貞腐れた。


「だって、我慢ならなかったのよ。本当にアイテムを必要としている人がいたらって思ったら」


 あ……。


 俺は言われて初めて気付いたその可能性に目を見開いた。

 今まで自分の事ばかりで思いも至らなかった考えだ。


「カレン。少なくともコーデルダンジョンは安全だよ」

「……ええそうね。わかってる。わかってるわよ」


 リリアナとアシュリーという名の二人も何だか複雑そうな眼差しで項垂れるカレンというらしい少女を見ている。


「改めて、うちの者が申し訳なかったね。少し暴走してしまうところがあってね。できれば赦してやってほしい。君の気の済むまで謝罪もさせよう。治療もこちらでする。無論、私も謝るし」

「い、いえ謝罪なんてとんでもないです。その、俺の方こそカッと来ちゃったし考えが足りなくて……」


 物腰の柔らかい彼が中和でもしているのか、俺の憤りや何やかやを薄れさせてしまっていた。


「申し遅れたが私はウォリアーノ。ここに隣接している喫茶店の店主をしている。差し支えなければ君の名前を教えてもらっても?」


 一瞬、躊躇した。


 イド・ラルークス。


 ――ラルークス。


 この姓を聞いてこの店主や女性たちは気付いてしまうかもしれない。

 俺が元勇者の関係者だと。


「ああ、無理にというわけではないから固くならないでほしい」


 男性は苦笑した。

 俺はちょっと俯いてから、顔を上げる。

 違うだろ。親父がどうとか、自分の目指す先には関係ない。

 どころか俺自身が一歩躊躇う事で自ら親父を貶めているのだと気付いて、自分を恥じた。


「――イドです。イド・ラルークス、と言います」


 喫茶店なんてやっているからにはただでさえ広く情報が入って来るだろう。

 しかし彼は余計な言葉は何も口にしなかった。


「イド君、か。よろしく」


 ただ、シックな佇まいで僅かに頬を緩めただけだ。彼に従うのか他の三人も何も言わなかった。

 その後、冒険者用の回復薬で怪我を治してくれようとしたが俺は断った。これくらいなら我慢して自然治癒に任せようと思う。教訓も兼ねて。

 それでは申し訳が立たなかったのか、ウォリアーノさんはせめてものお詫びにと店のシロップのたっぷりかかったふわっふわのパンケーキを御馳走してくれた。

 口の中も痛かったし早く家に帰りたかったのは現物を見るまでだ。見たらもう食欲に負けた。後はまるで王様が食べているようなパンケーキの味に、俺は夢中になって口と手を動かした。


 ちょうど食べ終わる頃、一人で一旦店に戻っていたウォリアーノさんが再び事務所に姿を現した。


 どうやらちょうどお客が切れたのをいい事に店を閉めたようだ。

 片手に銀のトレーを持った彼は長椅子に腰かける俺の目の前のローテーブルに、ゆっくりとソーサーとコーヒーカップを置いた。上品だ。コポポポと注がれる香ばしい焦げ茶色の液体に自然と視線が向く。


「こちらもどうぞ。実は割と評判なんだよ。コーヒーは苦手じゃないかい?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「良かった。必要ならミルクと砂糖もあるからね」


 ああ、にこりとするウォリアーノさんに和む。

 しかしながら別方向からひしひしと感じる圧に心の底からは気を緩められない。

 その特異点でありローテーブルを挟んだ向かいの長椅子に座るツインテ少女は、先程から渋面を作ったままこっちを見ない。見ないのに凄く意識されているのだけは感じるよ。


 俺は、俺の言葉でブチ切れた彼女の言葉が頭から取れない。


 本当に宝箱が必要な誰か……か。


「ところでイド君はここのダンジョンの宝箱に詳しいのかい? とすればどの程度だろうか?」


 ウォリアーノさんからおもむろに訊ねられ、質問内容をやや意外に思いながらも俺は反射的にシャキンと背筋を伸ばして居住まいを整えた。

 書き物をしていたフェミニンなリリアナさんと読書をしていたセクシーなアシュリーさんが、気になったのか視線をこっちに向けてくる。


「いやあの、詳しいと言う程ではないです。下級ダンジョンの半分未満の、地下10階までしかまだ行けてませんから」

「それでも宝箱の位置は把握している、とか?」

「ええとまあ、そうですが」


 薄ら怪訝にする俺を眺めウォリアーノさんは人好きのする笑みを浮かべた。


「マスター、こんな奴持て成さないでさっさと叩き出しちゃえばいいのよ。どうせこっちが面倒を被るんだから。迷惑にも宝箱を回る効率のいいルートだって開拓してるみたいよ」


 悪あがきのように吐き捨てられたカレンって子の口撃に、俺は気が咎めてしまって自然と俯いた。こっちにも反省すべき点があると思えば全面的に彼女を責められなくなっていた。

 ウォリアーノさんはゆっくりした動作で彼女の横に腰かけると、膝に両肘を載せ指を組み思案するようにしてわざわざ正面から俺を見つめた。


 テーブルのコーヒーから上がる薄い湯気の向こう、そうすると喫茶店の優しいマスターの顔が薄れ思慮深い賢者のような印象に変わった。


「イド君に一つ提案があるのだけれど」

「提案……ですか?」


 実は金払えって言われるのかもと内心身構える俺に、ウォリアーノさんはツインテ少女を一瞥してから真っ直ぐ俺の目を見つめてきた。そして――……。


「その経験を見込んで君を我が社にスカウトしたい」


 とのたまった。


 俺はポカンとした。


「是非カレンと組んでもらいたい」

「はあああっ!? 冗ッ談じゃないわよ何であたしがこんな奴とッッ!?」


 彼女は激しくツインテールを揺らし立ち上がって猛抗議。

 リリアナさんとアシュリーさんはビックリ眼でウォリアーノさんを見つめた。


「実はうちの会社は特殊な業務故に慢性的に人手不足でね。仕事柄大っぴらに募集もしていない。これも何かの縁だ、君が働いてくれたら大助かりなんだ。勿論お給料も君がアイテム換金で稼ぐよりは断然いいと思うよ。仕事が早く終わった時はダンジョンで過ごすなり自由にしてくれて構わないし、どうかな?」

「……え、何をする仕事なんですか?」


 初対面だし会って間もないしで慎重にならざるを得ない俺へと、ウォリアーノさんはやや間を溜めてから、得意げに答えた。



「コーデルダンジョン全般における宝箱の補充、――つまり、アイテム管理の仕事だよ」



 俺は初めて聞く業務内容に目を丸くした。


「そんな仕事があるんですか!?」

「まあ、王宮の重鎮やギルドの上層部は知っているけれど世間には秘密だからね。普通の人は放っておいてもダンジョンの魔法的な力が宝箱を満たすと思ってるんじゃないかな。現に王都の外のダンジョンはそういう仕組みが大半だしね」

「……俺も漠然とですがそう思ってました」

「我々の仕事は数多いる冒険者を、ひいては将来の勇者や英雄を支える大事な仕事だ。ダンジョンに入る限り、当然我々自身も冒険者でなければならないし、イド君なら適任だと思うんだ」


 その時、何故か俺の心に光明が射した気がした。

 未知への好奇心が久しぶりにむくむくと首をもたげた瞬間だった。


「じゃあ今まで俺が取ったアイテムは、全部ここの皆さんが込めてくれてたってことですか?」


 呆然と呟く俺へと、ウォリアーノさんもリリアナさんもアシュリーさんも口元ににやりとした笑みを浮かべて頷く。

 ただ一人、ツインテールの彼女だけが苦虫を噛んでしまったような顔付きで俺を睨んだ。

 だがそうか、そうだったのか。


「い、今までありがとうございました!」


 咄嗟に口から出たのはそんな感謝の言葉。

 こういう、冒険者を支える裏方の仕事をしてくれる誰かがいたおかげで俺はこの街で食らい付いて来られた。

 それを改めて実感した。

 言った俺自身もだが、皆もちょっと驚いたように瞠目する。


 ――やってみたい。


 現状に固執しているだけじゃ前途は開けない、何か今までと違う挑戦をしてみなければこの体質の謎も解けない気がした。


「そのお誘いお受けします。よろしくお願いします。精一杯頑張ります!」


 深々と頭を下げた。

 顔を上げて、ウォリアーノさんを、リリアナさんを、アシュリーさんを、――そして不貞腐れる金の髪の少女カレンを、期待の目で見つめる。


「じゃあ決まりだ。こちらこそよろしく頼むよ。イド・ラルークス君」


 微笑むウォリアーノさんが差し出す手を握り締める。

 怪我の功名だろうか。

 そうしてこの日、俺は知られざる裏方業への第一歩を踏み出した。

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