3 突然の理不尽少女と砂漠ダンジョンの不思議少女

 イドから有り金を巻き上げた後、ダイスたち三人は勇者の食堂に戻るとテーブルに陣取って仕切り直しのように頼んだ酒をがばがば飲み始めた。


「っかあ~うめえな。今日の臨時収入は思った以上の実入りだったよな。まーだこんなにあるぜ」

「ですね、イドの奴案外持ってましたね。さすがは坊ちゃん目の付け所が良い!」

「だろだろ~。今夜は飲むぞ~!」

「「はい!」」

「にしても地味に宝箱漁ってるだけでこんなに稼げるなら、わざわざオレらも魔物相手に戦闘しなくてよくねえ?」


 堪え切れない可笑しさと高揚に三人はげらげら笑い、ダイスが抓んだ巾着を振って硬貨音を確かめる。


「坊ちゃん、魔物と戦わなきゃ経験値をもらえませんて」

「そうですよ。大体宝箱の場所なんて把握してませんし、いちいち探すのも手間ですぜ」

「ああ、そう言われりゃそうだよな。まあでもこんなになるくらい集める根気っつうかアイテム探す執念ってちょっと怖くねえ? さっきもしつこく抵抗してきやがって気味悪かったしよー。まっ蹴散らしたけどな、がはははっ」


 どっとお付きの二人からも嘲笑が上がったところで注文していた料理の大皿が運ばれてきた。彼らは直前までの会話も忘れ歓声を上げる。


「――へえ、宝箱漁り、ね」


 沸き立っていた三人のテーブルにトンと手を突き、一人の女性が彼らの会話を遮った。

 豊満な体つきの褐色美女――アシュリーだ。

 偶然席が近かったために会話が聞こえ、リリアナにカレンを任せてきたのだ。

 細いが健康的な腕とミニから伸びる長く艶のある脚、平均以上のバスト。その上の彫りの深い美貌。どこをとっても魅力的な彼女は、キョトンとする三人組を順繰りに見つめる。


「私もご一緒していいかい?」


 極上の美女から相席の申し出に、彼らは赤ら顔でにやついた。下心見え見えの下卑た笑みを隠しもしない。


「いいぜ今日はオレら気前がいいんだ。あんたも好きなもんじゃんじゃん頼んで良いぜ!」

「ああそうかい? 嬉しいねえ。じゃあ遠慮なく」


 美女アシュリーは一つ空いていた席に腰を下ろすと大ジョッキを注文した。すぐに運ばれてきたそれを一気に飲み干した様を目をまん丸くして見つめた三人は、ハッと我に返って拍手喝采を送った。


「あはははいいぜ姉さん、そうこなくっちゃなあ! へへへへ」


 腰に回そうと伸ばされたダイスの、指をわきわきとさせた手。


「はい次はあんたの番。酒に強い奴って好きだよ」


 しかしその手にジョッキを握らせて、アシュリーは艶然とした試すような微笑を向けた。それを皮切りに、発奮した三人は誰が一番酒に強いか勝負を始める。しかも酒の手が止まりそうになると料理を手ずからアシュリーが口に運んでやるので、舞い上がった男たちは調子づいて天井知らずに飲み続けた。


「――へえ、じゃあそのイドって子が宝箱ばかりを狙ってダンジョンに潜ってんのね。リンゴみたいな頭の、元勇者の息子……ね」


 確認の問い掛けに「ふぉうへふぅそうですう」と頷いた最後の一人がテーブルにごちりと音を立てて突っ伏した。因みにダイスは一番初めに酔い潰れていた。

 三人が三人、完全にテーブルに沈んでいる。

 アシュリーは席を立ち、夢の中でうわ言を呟く男たちを見下ろすと、不愉快そうに目元を歪めた。


「ふん、他愛ないね。私はね、入れ物に物を詰めるのだけは大得意なんだよ。――それが胃袋でも宝箱でも。それに自分の食事代くらい自分できちんと払いな」


 手には小金の入った巾着を持っている。

 先程彼らが戦利品のように弄んでいた物だ。

 彼女は男たちの財布から取り出した彼らの飲食代と自分の財布からの飲食代をきっちりその袋に入れてやると、口をしっかり結んだ。この店は前払い制なので既に代金はイドの巾着袋から支払われていたためだ。

 そうしてから一部始終を見守っていたリリアナへと目配せすると、カレンを連れてもう関係ないとばかりに店を後にするのだった。






 俺のダンジョン復帰は中二日挟んでの三日後だった。

 傷が痛くて一昨日は朝から晩まで、昨日は大事を取って半日ベッドの上にいたが何とか夕方には自由に動けるまでに回復していた。とは言えまだ顔に青たんもあるし体のあちこちだって痛む。しかし生活費を稼がないといけないから老骨に、いやまだ若いが鞭打たないとやっていけない。


「防具の新調は先延ばし決定だよなあ」


 盛大に溜息をついて肩を落とし、トボトボと街路をダンジョンへと向かった。

 防具は壊れてしまえば替えがないのでこれまで以上に大事に扱わないといけない。

 その反対に、武器である棍棒の方は壊れたら次は無謀にも剣にしようかなんて目論んでいたものの、その機会はなさそうだった。生憎と傷一つない。

 残念ながら親父が止める程に俺には剣才はなかったらしいが、やっぱり剣には憧れる。

 統計的に冒険者の半数以上は剣を主体武器としているって話だし、刀剣類はオーソドックスな武器だ。


 とは言え俺の主な武器はここ五年ずっと棍棒だから剣法とは異なるだろうし、浮気はしない方が無難だろうか。


 受付を済ませ「今日こそは魔物と心を通わせるぞ」なんてまた意気込んで、俺は一人ダンジョンに足を踏み入れた。






「――えッうそ例の容疑者ってあれなの?」

「赤い頭に目は青って聞いたけど、青かどうかはここからじゃわかんないね。まあでもあの目立つ色の髪って特徴は合ってるし、剣や弓が主流の昨今には珍しい棍棒を装備してるから間違いないと思うよ」

「カレンちゃん、あの人知ってるのお?」

「ううん、ちょっと喋ったことがあっただけ。でもあんなドン臭そうなのが犯人だなんて冗談でしょ?」

「まあ犯人かどうか、ひとまずは様子を見てみるしかないね」

「そうだねえー」


 こっそりとダンジョン前の大広場の植木の陰から赤毛の少年を見つめる三対の目があった。

 カレン、アシュリー、リリアナの三人は下級ダンジョン入口を張っていたのだ。

 昨日一昨日は今日からの張り込みのためにやや前倒しで仕事を片付けたのだが、こうも張り込み初日にして見つかるとは運が良い。

 少年が下級者用の地下ダンジョンに入ったのを見計らって彼女たちは尾行を開始した。






「はあー、今日もアイテム集めか」


 落胆のただ中にいる俺は、今日もまた散々遭遇した魔物に振られ続けて諦めた。


「しかし入ってるか? 一度取ったら五日から長くて十日はそのままだからなあ。この前は特にいっぱい取っちゃったし、今日は無駄足かもしれないなー」


 ダンジョンアイテムは滾々こんこんと湧き出でる泉の水とは違う。


 時間を空けなければ再獲得はできない。


 コーデルダンジョンはきっちり決まった周期があるわけではなさそうだか、何度も同じ場所の宝箱を取っているとベストの収集タイミングが見えてくるというものだ。


 加えて、一度誰かがアイテムを持ち出した宝箱は魔法的な制約が掛かっているのか、いくら力押しで蓋を閉じようとしてもビクともしない。

 だから蓋を開けてがっかり~な展開はない。開けてびっくり~なミミックは上級ダンジョンにしかいないのでその点も安心だ。

 尾行者がいるなんて思いもしない俺はとりあえず宝箱の様子を見てみるつもりでダンジョン通路を奥へと進んだ。


 ――結果。


「うわあ、最短記録だ。三日目でまた入ってるなんて!」


 再び閉じられていた宝箱の数々を見て、俺は大いにはしゃいだ。

 今まで三日で埋まっていた例はなかったからだ。


 一体どうして……と考えて、そもそも俺は宝箱がどうやってアイテム封入状態になるのかその過程を知らないし、瞬間を見た事もないのだと思い至った。


 宝箱には散々お世話になっておきながら今更だ。


「宝箱って頑丈だし、そういえば何でできてるんだ? 鋼? それとも実は古代のレア金属オリハルコン?」


 本日一つ目の箱を開け毒消しを入手した俺は、道具袋にそれを仕舞いながら疑問を浮かべる。

 しかしぐるぐるといつまでも考えているわけにもいかず、次の場所へと向かう事にした。

 もしかしたら他の場所の宝箱も、と期待を胸に。

 結果は……。


「嘘だろ、ほとんど全て元通りだなんて!」


 俺はぎりぎりまで詰め込んだ道具袋を肩に掛けると、新たな発見に足取りも軽くダンジョンを出た。その足でソルさんの店に直行だ。

 王都で唯一俺の現状をよく知るソルさんにだけは、ダンジョンでのちょっとした出来事や変化を報告している。彼からも有意義な情報をもらったりするので、持ちつ持たれつな部分も多い。

 まあ、俺の方が色々とお世話になっているのは否めないが。


『オレに息子がいたらイドくらいかと思うと放っておけなくてなあ。それに一生懸命だからよ、自分の駆け出しの頃を思い出して余計力になってやりたくなるんだよ』


 いつだったか俺に良くしてくれる理由を尋ねたらそう言われた。

 彼にはきちんと話しておきたくて元勇者の息子って事実を伝えた時も『周りの声なんざ気にすんな! 父親とイドは別もんだろ』って非難するでも軽蔑するでもなくむしろ励ましてくれた。

 ソルさんはホント人相とバンダナがビミョーなのにいい人過ぎる!

 大広場は俺と同じようなダンジョン帰りの冒険者たちが悲喜交々ひきこもごもな顔で歩いている。


 頬に感じた微かな風にふと顔を上げた。


 朝に入って今はもう夕闇迫る空。


 一番星が早々に輝いている。


 どこか憂いを感じさせる群青色の空を流れゆく暗色の雲は、端がまだ明るい。日没とほぼ同時の閉場の鐘ももうすぐだ。


 今日も一日が暮れてくなあ……なんてしみじみと黄昏時を味わっていた、そんな時だった。


「――ぜ~んぶ見てたわよこんッの泥棒猫おおおーーーーッッ!!」


 刹那、背後から見覚えのある金髪ツインテ少女が回し蹴りを繰り出してきたのは、肩越しに視認できた。


 だがそこまでだった。


 ドガーンと、爆発かと思われるような殺人的打撃音が上がった。

 顔面直撃、脳天まで響く衝撃に意識が吹っ飛ぶ。

 アイテム分で元の体重よりもだいぶ重くなっているはずなのに、両の踵が宙に浮いた。


 は……え? 何、だ……これ……。


 訳がわからないまま周囲の慄きの視線を一身に集め、俺は石畳に沈んだ。






 ダンジョン攻略とは、主に冒険者の仕事であり有名パーティーが未踏破のダンジョンを攻略した際には話題になったりと憧れられる言葉だが、地形構造や生息生物の種類、アイテム類やその位置など、その内実は地味で地道で事細かい正確な情報を求められる実地調査に他ならない。

 巷で売られているダンジョンマップの大半は、冒険者たちが行った調査結果をギルド側が買い取って作成したものだ。


 一つのダンジョンを隅々まで完全攻略するだけでも一財産が築ける他に、一番初めにダンジョンボスを倒した者には世界に一つと言われるようなレアアイテムを入手できる特典もあり、冒険者たちはこぞってまだ見ぬダンジョンを目指す。


 五年前の十歳の年に大怪我をして療養するまで、俺は親父と親父の仲間と世界各地のダンジョンを巡っていた。


 怪我をした前後の経緯は実はよく覚えていない。


 ただ、俺はあの日、親父たちととあるダンジョンにいた。


 コーデル王国が乗る大陸の南端に広がる渇雨かつうの地と呼ばれる広大な砂漠。

 雨の全く降らない熱く強烈な青天の下、右も左もどこを見ても砂しかない只中に座するダンジョンは、何と深緑色の大きな葉を茂らせた幹の太い熱帯林に覆われていた。

 砂漠のオアシスというよりも、場違いのジャングルって表現がぴったりだった。

 緑の蓋も同然の天井に覆われたその内部は、大小の根が地表を這い複雑に絡み合い、入り組んだ迷宮そのものだった。


 ダンジョンを中心にした広大な砂漠内部への転移魔法が全く使用できず、砂漠をひたすら歩いて辿り着くだけでもひと苦労する大型ダンジョンは、魔物のレベルも高くまだ誰も最奥まで進んだためしの無い高難度のそれだった。


 この頃では俺の性質を尊重してくれてか、魔物との遭遇時少なくとも俺の前で問答無用の先制攻撃をするような戦闘は行われなかった。


 まず初めにした事と言えば「友情交渉」だった。


 魔物に仲良くなれるか働きかける俺の行動を勝手にそうと呼ぶだけで、ちゃんとした名前があるのかは知らない。

 そして大事なのは戦闘になる前に試みる事だ。

 仲良くなれれば攻撃はしてこないし、その上で経験値を分けてもらえる。

 ただし、決裂した相手はまず間違いなく襲ってくるから、そんな時は戦闘に突入した。

 その頃はまだ俺も心が痛みつつも魔物に引導を渡してやれていた。


『あーこりゃ寝てねえと駄目だな』

『ええーやだー』

『ええーやだーじゃねえよ。大人しくしてろ。旅の疲れだな。今回は随分歩かせたからなあ~』


 親父がテントの寝袋の中で頬を真っ赤にする俺を覗き込んで言った。

 例によってこの未知なるダンジョンでも友情パワーを発揮するはずだった俺だが、その日はなんと体調不良による留守番だった。


『俺も行きたい~っ』

『駄目だ』

『うー……父さんのケチ』

『へいへい。ケチでも何でもいいが今回は諦めろ。無理した結果旅先でぽっくり逝く奴だって世の中には結構いるんだぞ。お前もその一人になりたいのか?』

『……なりたくない』

『だろ。なら言うこと聞いて体を治すのがお前の今回の役割だ。誰か来るとは思わねえが、念のためテントに防護魔法掛けとくからな。安心して寝てろ。後はそうだなー、氷嚢に状態保存の効力も付加しておくか。変える手間が省けるしな』


 とうもろこしの穂色の金髪がライオンのたてがみみたいに見える筋骨逞しい親父は、難なく二つの魔法を展開すると俺の頭をくしゃりと撫でテントを出て行った。


 久しぶりに髪の毛を乱されて、頭に片手をやって撫でつける。

 気恥かしさと残念な気持ち、そして思わぬ高熱を出した未熟な自分への腹立たしさで一杯だったが、俺に体調回復以外に道はなく、目を瞑って不満諸々を呑み込むと苦しい眠りへと落ちた。治癒魔法は主に怪我に対する魔法で基本的に風邪には効かないからどうしようもなかった。

 前日にようやくこのダンジョンまで辿り着いた俺たちは、時間も遅いので翌日から探索するつもりで入口近くにテントを張ったのだが、長旅の疲れか俺だけがダウンしたってわけだった。


 どれくらい眠ったのか、ふと目を覚まし体調がだいぶ良くなっていたので親父が用意してくれていた木の水筒から水を飲むとテントから顔を出してみる。青天。端的に言えば猛烈に暑かった。遮る物がないせいか直射日光じりじりで一分もいたら焦げそうだった。


 陽の高さからして昼時か。


 探索に行きたいがもう少し寝ているべきかと、眩しさに細めた両目を未練がましくダンジョン入口にやる。


『……。いや、もう大丈夫。治った。だから皆を追い掛けよう』


 この時の俺は、親父たちのダンジョン探索には必ず道しるべが付けられていて、それを追えば平気だと高を括っていた。

 このダンジョンの熱帯林の成長速度と世代交代が恐ろしく速く、木肌に付けた印もそれほど経たず内側に吸収されてしまうなんて知らなかった。

 結果は火を見るより明らかだ。


『――ど、どうしよう完っ全に迷った』


 地面自体が薄ら発光しているのか不思議と明るかったダンジョン内部。

 俺は顔面を蒼白にしながら棒立ちになっていた。

 いつもならすぐに見つかる道しるべは一つとして見当たらず、その最初の一つを探すうちにどんどん奥地に入り込み、帰り道もわからなくなってしまった。

 ジャングルのどこを曲がっても見通しても同じようにしか見えない。

 しかも迷ったと知って動転して散々歩き回ってしまった。


『父さんからはこういう時は動くなって教えられてたのに、すっかり抜けちゃってたよ。足だってもうくたくただしどうしよう……』


 足の裏が痛くて、傍の凸凹として盛り上がった太い木の幹を背に蹲る。途方に暮れたまま両膝を抱いた腕の中に顔を埋めた。へとへとだった。ポケットにはろくな非常食にもならない幾つかの飴玉オンリー。また熱が上がったらどうしようかと心配にもなる。こんな場所で体調悪化で動けなくなったら冗談抜きにアウトだ。


 蠢くジャングルの只中で、はあと溜息をこぼす俺は、この時まで不思議と一体の魔物とも遭遇しなかった事に疑問を抱いていなかった。


『誰でもいいから、誰かいないかなあー……』


 はあ、と希望もなく何度目の溜息をついた時だろう。


『――何、してるです?』


 聞こえた声に顔を上げる。

 そこには自分と同年代だろう少女がいた。

 長い白髪がダンジョン内で吹く微風に靡いている。

 俺はビックリして視線も体もしばし固まっていたが、乱れた呼吸が落ち着くように自然と気持ちは平静さを取り戻した。

 どうしてとか、誰とか、疑問が頭の中で駆け抜けたものの、やっと誰かに出会えた安堵に駆け寄っていた。


『ええと、こ、こんにちは。君も冒険者?』

『……』

『あ、いや俺別に怪しいもんじゃ……』

『……』

『俺はイド。父さんたちとこのダンジョンの探索に来たんだ』

『……』

『父さんたちを探してたんだけど……見かけてないよな?』

『……』

『もしかして君も迷ったの?』

『……』


 表情も不動で一向に返答の一つももらえなかったが、心細さから解放された故の大胆さなのか、俺は特に気にせず彼女の手を取って歩き出した。


『君も迷子だよな。だったら一緒に行こうよ』


 こんな所に一人で居るのだからと勝手にそう決めつけた。幸い拒絶もなく大人しく俺に手を引かれてくれた彼女は、案外無表情ではないらしく(と言ってもほとんど顔面筋が動いてはいなかった)、とても不思議そうに繋がれた手を見て何度も瞬いていたっけ。


『さっきも言ったけど、俺はイド。君は?』

『カヤール』

『カヤール? じゃあカヤだな』

『……』


 一瞬微妙な顔をされた気がした。だが親父譲りのずぼらさで気にせず俺はガキ大将がそうするように意気揚々とダンジョンの道を闊歩した。仲間を見つけた気分で疲れも一時的に吹き飛んでいたんだ。何事も気持ちって大事だ、うん。

 その後散々無鉄砲に彼女を連れて歩き回り、しかしどうしても出口には辿り着けなかった。


『ご、ごめん、余計迷った。出口わかんないや……。お腹も空いたし。父さんたちも見つからないし……』


 と、ここで俺はそう言えばとごそごそとポケットを漁ると取り出した数個の飴を掌に載せた。


『カヤもお腹空いたよな。あげる。美味しいよ』


 彼女は無言で受け取るとどうしていいのか皆目わからないと言うように、自分の手の上の飴を見つめた。俺が包んであった紙を外して口に運ぶと、彼女も真似て口に含んだ。


『む……!?』


 一瞬にして彼女の頬がピンクに染まった。

 死んでいたような瞳も輝きが五割増し。

 そうして全ての飴を黙って口に放り込み味わって、ようやく彼女は言った。


『出口なら、知ってるです。早くそう言えば良かったのに』


 そうしてカヤは俺を出口まで案内してくれた。


『うひゃあもう夕方だー。ありがとうカヤ。君も近くにテントか何か張ってるの?』


 カヤは首を横に振ってダンジョンの奥に引き返したから慌てて追い掛けた。


『待って待って。仲間はやっぱり中にいるんだ?』

『仲間はいない、です。うちはずっとここで一人』

『え?』


 自分と変わらないような子供がまさかって思った。

 もたもたと次の言葉を迷っているとカヤは踵を返して離れて行く。


『あっカヤ!』


 ピタリと、歩を止める彼女。

 何を言うかわからないままに呼び止めてしまった俺。


『ええと、その、あのさ…………――また明日!』

『……』


 彼女は、しばしの空白の後、こくりと頷いた。

 その顔は相変わらず変化がないようでいて、しかし少しだけ微笑んだように見えた。

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