彼と彼女はお互い好きでしょうがない 第二話「あんパンにはあんがはいってる」

 大学の夏休みに入った目白めじろ真紀絵まきえ天野あまの然一ぜんいち


 前回紹介した通り、二人はバカップルである。


 当然の如く、真紀絵は然一のアパートへ直行した。バスで最寄の駅まで向かい、首都圏へ走る快速列車に揺られ二時間。彼女は五月にあった大型連休以来の再会に心弾んでいた。


 何泊するか決めていないけど、ルームメイトが帰ってくるまで一ヶ月はある。同棲気分を味わえる。いいえ、新婚気分かも。慣れない人ごみの中、彼女は顔を緩めていた。



 無事、二人は再会を果たした。

 腕を組み真紀絵は見知らぬ都会を歩く。然一も嬉しそうに大学生活について話した。


「夕飯どうしようか?」

 スマートフォンの画面を見ながら然一は言った。

「今夜は私が夕飯作るよ」

 笑顔全開で答える。

「真紀絵の手料理久し振りだなぁ。楽しみだ!」


 料理の腕前は二人とも大学生とは思えないほど上手で美味しい。真紀絵は母親と仲が良く、いつも一緒に料理をしていたし、天野は片親だったので家事はお手の物だったからだ。


 お互いがお互いの手料理を所望する関係だ。


 然一のアパートに入り、彼女は冷蔵庫へ真っ直ぐ向かった。


「今日は何を作ってくれるのかな?」

 然一は冷蔵庫の中を確認する彼女に言った。


「う~んっとね。よし。決まりました!」

 冷蔵庫にある食材で美味しい料理を作る。これが本当の料理上手なのだ。


「なに? なに?」

「ヒ・ミ・ツ」


 真紀絵はそう言うと、然一をダイニングテーブルに座らせた。彼が座る位置は台所を背にする形だ。


「出来てからのお楽しみ。だから、振り向いちゃ駄目だよ」

「わかった。匂いと音で何を作っているか当てみせるよ」


 そうして、料理が始まった。



 卵を割る音がする。混ぜる。フライパンを扱う音。

 軽やかな包丁さばきを聞きながら、然一がテーブルの上にある買い物袋を手にする。

 

 袋の中には真紀絵が来る前に買っておいたパンや調味料があった。勿論、要冷蔵の物は入っていない。

 彼は袋から拳ぐらいの宇治抹茶蒸しパンを出す。


「真紀絵。宇治蒸しパン食べる?」

「うじ虫パン?!」

 悲鳴に近い上ずった声に、焦りながら然一は返した。


「蒸しパンだよ。蒸し!」

「ちょッ! 虫って何よ!」

 彼の背後に彼女の気配がする。そして安堵した声色が届いた。


「あぁ~。蒸しパンね。蒸しパン」

 覗き見る真紀絵はちょっと頬を膨らませた。


「もう。なんでパンの名称って紛らわしいかなー」

「そう?」


「そうよ! メロンパンって形だけで、メロンは入ってないんだよ!」

「たしかにそうだけど……」


「カニパンも同じッ!」

「あ、はい」


「鶯パンも鶯入ってないしッ!」

「もし入ってたらチキンパンだね」


「もう、信じられない」と言い残し真紀絵は台所に戻った。

 まぁ、たしかにと思い耳を澄ませる然一。パッキンと缶詰めを開ける音。

 何かを焼いている。香ばしい匂いの中にかつおダシ?

 

 然一が答えを出す前に完成した料理がテーブルの上に出された。


「お待たせ。然一が当てる前に出来ちゃった」

「さすが手早いね。これは親子丼だね」


 光沢のある黄色くトロっとしたものが丼の上にある。白い湯気に乗せられ美味しそうな香りがした。


「あれ? でも冷蔵庫に鶏肉あったかな……」

「お肉はシーチキンで代用したのよ!」


「あ……。真紀絵さん……」

「何?」


「実はですね。とっても言い難いのですが……」

「え? 何?」


「シーチキンはまぐろのお肉なんです……よ……」


「えぇえぇぇッ!」



 お決まりの如く、目白真紀絵は白目を剝き掛けた。 



 今日も二人は幸せ。



                         END

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バカップルのやりとり ゆうけん @yuuken

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