姉←→妹

寝る犬

姉←→妹

 俺は妹派だ。

 でも俺には姉しか居なかった。

 両親は3年前に事故で他界。

 しかし俺は天才的な頭脳を持っていて、弱冠7歳にして特許を40ほど取っており、ライセンス契約した電気機器メーカーからの収入で何不自由のない生活が出来ていた。


 姉は俺にも輪をかけた天才で、なおかつ病的に可愛い文学少女だった。

 8歳で小説家デビュー。

 コミカライズも自分でしてしまい、爆発的な人気になったその作品は、周辺グッズの売上だけで軽く俺の収入を上回った。


 姉は俺をかわいがってくれたが、やっぱり俺は妹がいい。

 そもそも姉は妹向きの顔をしている。


 姉の10歳の誕生日に俺は、世界でまだ誰も成功させていないコールドスリープ装置を作り上げ「サプラ~イズ!」と一言。姉を凍結睡眠させることに成功した。


 どこぞの大学教授や科学者を名乗る凡才共が、俺のコールドスリープ装置の理論を理解できる訳もなく、それから12年。


十歳とおで神童、十五歳じゅうごで才子、二十歳はたち過ぎればただの人」

 とはよく言ったもので、働かなくても食うに困らない自堕落な生活は、俺をただの(金はたくさん持ってる)ヒキニートに変貌させていた。


 その日は俺の20歳の誕生日だったが、俺は何事もないようにポテチを頬張りながらアニメを見ている。

 ふと、コールドスリープ装置の解除理論が頭に閃いた。


「……あ? ……あー。なるほど」

 ポテチの粉をスウェットの裾でこすり落とすと姉の部屋へ向かう。

 可愛らしいピンクの扉を開くと、そこにはゴウンゴウンと唸りを上げるコールドスリープ装置『氷点下くん壱轟いちごう』が鎮座していた。


 スイッチを幾つか操作してレバーを微調整。ここんとこが天才の天才たるゆえん、適当にいい感じのポイントを見つけられるのだ。


――ちんっ


 氷点下くん壱轟から間の抜けた音がしてドアが開く。


「……ゆうちゃん?」

 懐かしい、10歳の姉の声だ。なんて可愛らしい。


「みあ、俺だよ。ゆうだよ。おはよう」

 俺は手を広げてみあを迎える。


「ゆう!? ……お兄ちゃんダレ? ……ゆう! ゆう! 助けて!」

 みあは警戒して氷点下くんから出てこない。


 俺は事の顛末をみあに話して聞かせた。

 元々天才だ。話を理解するのは早い。


「じゃあ、お兄ちゃんがゆうちゃんなの?」


 ……お兄ちゃん……なんていい響だ。


「ゆうちゃん!」

 みあは俺に抱きついてくる。ちょうどみぞおちの辺りに顔が激突してちょっと痛かったが、ぜんぜん大丈夫だ。


「ゆうちゃんは、妹が欲しかったの?」

「うん、それにみあは絶対に妹向きの顔してるもん。俺は間違ってなかった」

「そっか、じゃあこれからはお兄ちゃんって呼ぶね! ……お兄ちゃん!」


 うはうはだ。これこそ全人類の求める憧れの機械、姉妹化マシーンだ。


「おにいちゃ~ん」

 超絶可愛らしいみあが腰の周りをぐるぐる回る。この無意味な行動。小さい子供。妹だなぁ。


 突然みあは力いっぱい俺を押し倒す。


「おいおい、みあ。まだ10歳なんだからそんな事は、まだまだ早い――」

 俺の言葉が終わらない内に、氷点下くんのフタは閉じられた。


「あれ? 氷点下くんの中?」

 事態が飲み込めず、尻餅をついたまま呆然とする俺を、小さなガラスの窓からみあが覗きこむ。


「お兄ちゃん。私ね、双子の弟が欲しかったの。二卵性のね。だから、10年位眠っててね。同じ年になったら、開けてあげる。サプラ~イズ!」


(10年位経ったらだと? そうしたら10歳から20歳という最高の時間が失われてしまうじゃないか!)

 抗議しようと立ち上がろうとしたが、催眠ガスの充満した氷点下くんの中は快適だった。

 どんどん眠くなる……


 10年後、俺とみあはふたりとも二十歳、兄妹の一線を越えてあんな事やこんなことが出来る歳だ。

 またそれも楽しみだ。俺も少し眠ることにしよう。


 薄れ行く意識の中で最後に見たのは、みあが書き始めた「ショタ弟←→イケメン兄」と言うタイトルの小説だった。


 10年後……楽しみだ……今度はもう少し……二人の時間を楽しみたい。


 あれ? 氷点下くんの解除の仕方……教えたっけ? ……まぁ……いいや……


――――(完)

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