第4章:光希もライフプログラムワークスに行く模様です

第32話:俺も来ちゃった♪

 それから、一週間が経過した四月二十六日のこと


 十四時五分 ライファンド・ロンティアビル八階フロア


「はーい、みんなー! 元気―!? 連絡事項があるから、全員ちゅうもーく!」


 クリエイターたちが仕事をしている中で、菊池が突然大声で全員に声をかける。

 パソコンの画面に集中していた楓は、突然の菊池の声に驚き、ペンタブを上空に浮かせ、デスクの上に落としてしまう。

 菊池の声には慣れたつもりでも、やはり突発的な声にはまだ慣れぬ楓。

 楓はエレベーター側にいる菊池の方へを顔を向ける。


「さて、全員……よし、有給組以外は全員おるな」


 菊池は周りを見渡して確認すると「うん」と頷くと、振り向いて「こっちや」と誰かを手招きする動作をする。

 どのポジションの人が入るのだろうか――と、楓が考えていると、視線の先に、予想外の人物が現れる。


「……っ!」


 その姿を見て、楓は思わず驚いた。

 なぜなら――


「えー、今日から期間限定でアサインすることになった、皆おなじみの光希です」

「ども、僕です。よろしくお願いします」


 光希が、菊池のプロジェクトにやってきたからだ。


「(えっ……何っ!? ペンタゴン・ユニックスで仕事をするって聞いていたのに、どうしてライフプログラムワークスにいるの!?)」


 突然のサプライズに、楓は驚きを隠せずにいる。


「皆知っているからわざわざ説明する必要もないと思うけど、ウチのプロジェクトの立ち上げからプリプロ版完成まで企画で携わってくれた光希や」


 菊池はそう言って、光希の肩をパンパンを叩く。


「どうも、その節はお世話になりました。半年ぶりくらいですかね」


 光希はニコニコと周りに向かって挨拶をすると――


「おい光希ぃ〜、儲かってるかー?」

「うるさーい! 儲かってたとしても俺は絶対儲かっているって言いませーん。お金の話しちゃう何てお下品でちゅよ!」

「彼女できたか―?」

「はいそこ〜! 俺には二次元の嫁が数百人いるんですぅ〜! スマホも画像一覧にいつでもスタンバっているんですぅ〜!」


 光希を知っている人達が、冗談交じりで光希に話しかけるも、それを慣れた様子で光希は受け流し、全力回避している。

 その姿はまるで、昔から光希のことを知っている親友がじゃれ合っているような、少し子供じみたコミュニケーションだった。


「はいはい、そういうのは後でじっくりやってええから――」


 周りの冗談に対し、菊池がビシっと指摘を入れる。

 そして「こほん」と小さく咳払せきばらいをして、菊池は説明を再開した。


「光希にはベータ版完成までの間、シナリオとか説明文とかのテキスト部分をメインで作成してもらうことになっているんや。短い期間かもしれんけど、また光希をよろしゅうな!」


 菊池が言うと、周りはパチパチと拍手をして、光希が再びプロジェクトに戻ってきたことを歓迎する。


「改めて、皆さんよろしくお願いします。他のプロジェクトにも参加しているので、実際に出社するのは週に一回とか二回ほどではありますけど……」


 光希は補足するように言う。


「どっぷり参加してもらえへんのは残念やけど、しばらくの間はうちのメンバーの一員やから、またよろしく頼むな!」

「おまかせください!」


 光希は右手を心臓に捧げ、菊池に宣言をする。


「うむ。よろしい」


 光希の宣言に深く頷くと、菊池は肩を叩き、そして光希の背中をそっと押した。


「んじゃあ、解散。みんな、邪魔して悪かったな」


 菊池は両手を振って言うと、皆に仕事に戻るように指示をする。

 その言葉を聞いた各々は、デスクの方へを身体を戻し、止めていた作業を再開させる。


 皆は何事もなかったかのように仕事に戻るが、興奮が冷めない楓は、そのまま光希の方へと近づいていき――


「ちょ、ちょっと光希くん! どうしてここに……?」


 と、一週間ぶりに会った光希へと問いかける。


「どうしてって……菊池さんが言ったとおり、仕事に参加することになったから来たんだよ。聞いていなかったのか?」

「いや、もちろんちゃんと聞いていたけど……普段はペンタゴン・ユニックスにいるって話だったから……」


 会社と会社を二股しているということに、疑問を抱く楓。


「もちろん、ペンタゴンで仕事しているけど――それはあくまで一つという単位の契約にすぎないから、開いている時間があれば、そりゃ他の仕事を埋めるよ」


 楓とは対象的に、光希は平然とした表情で言う。


「楓ちゃん。光希のやつ、こう見えて仕事に関しては生真面目やから、周りからの信頼で仕事のオファーが結構多いんや」

「えっ……あの面倒くさがり屋の光希くんがっ!?」

「……面倒くさがり屋って、おい」


 菊池の言葉に驚く楓。

 そのリアクションを見た光希は、肩をすくめて「やれやれ」と呟く。


「ははは……気持ちはわかるが――でもな、光希は上辺の評価が全てっていうやつには好かれんタイプやけど、キチンと向き合うと、そこらのやつよりよっぽど人間が出来ているっていうのが分かってくるようになるんやで」


 菊池は光希の頭をくしゃくしゃとかき回しながら言う。


「(確かに……第一印象は、なんだかチャラそうな印象だったけど、普通に光希くんって面倒見がいいっていうか、根本的に人がいいというか……)」


 菊池の言葉を聞き、楓は改めて光希のことを思い浮かべて評価する。


「……というわけだ、楓。どうだ、俺すごくないか?」

「う、うん……そうだね」


 今できる最高のスマイルでアピールする光希だが、髪の毛がグシャグシャになってしまっているせいで、どこか説得感が薄れてしまい、楓の反応は薄い。

 そんな決めポーズを光希がとっていると、菊池が「はいはい」と言いながら光希の肩を叩き――


「光希ぃ……時間がないんやから、こんなところで油を売らずに、早速仕事や……! 今日はフルでいるんやろ? たっぷりお姉さんと楽しもうや」


 と、菊池も今できる最高の悪人顔で、光希の肩を組む。


「ひぇっ……そ、そうですねぇ……確か、そんな話をされたような……」


 菊池の表情に怯え、光希は大量の汗をかき、視線を逸しながら言う。


「光希ぃ……今日はなぁ、偶然にも会議室Aが終日空いているらしいんや……これが、どういう意味か分かっているよなぁ……?」

「……っ!? さ、さはぁっ……!? どういう意味でしょうねぇ……はははっ!」


 光希の流す汗がさらに増加して、来ている服をじんわりと濡らす。

 そんな光希の頬に垂れる汗を、菊池はぺろりと舐めると――


「大丈夫や……お菓子もジュースも、そして何よりあたしも一緒にいるからな――マンツーマンで今週締めのシナリオの部分、一緒に頑張っていこうな……」


 そう言って、菊池は光希の肩をガッチリと固定したまま、会議室Aの方へと向かっていった。


 二人が会議室Aの中に入り、扉がガチャンと締まると、先程まで騒がしかった開発現場が、一気にシーンと静寂の世界へと包まれた。


「ああ……そうかぁ、今週末にプロデューサーに、シナリオの大体の流れを確定させるって話を菊池さんがしていたから、光希さんが呼ばれたんだね」

「あっ……箱岡さん。いつの間に……」


 菊池の席の前で、ぽつんと立っていた楓の後ろから、いつものニッコリとした表情で、箱岡が立っている。


「光希さん……マジ、ファイトです……!」


 箱岡の後ろには、ペンタブを持ったままの涼子が立っており、両手を合わせ、会議室Aに向かい「なむ〜」と、合唱をしている。


「あ、あの……光希くん、蛇に睨まれた蛙のように硬直していましたけど……」

「大丈夫大丈夫。菊池さん、表情というか気迫はもの凄い人だけど、一応は光希さんのことを悪くするつもりはないだろうし」


 箱岡は表情を変えずに、光希の安全を予想する。


「マンツーマンで姉御がシナリオの企画を出し、それを光希さんが書き起こして、それを更に修正の意見を姉御が出して、それを書いてという無限ループが始まるだけだから、大丈夫です……」

「(それは大丈夫と言うのかな……)」


 涼子のコメントに楓は心の中でツッコミを入れる。


「まあ、我々デザイナーにはどうすることも出来ない部分ですからね。数時間後に光希さんが元気な姿で出てくることを祈りましょう」


 箱岡は言うと、はっはっは……といつもの落ち着いた笑いをしながら、マイペースに自分の席へと戻っていく。


「あっ、わたしも仕事に戻らないと……思いついたイメージが消えちゃう……」


 涼子も箱岡に続くように、トテトテと自分の席へと戻る。

 そうして、菊池の席の前にポツンと一人残された楓だったが――


「(まあ、二人が言うなら……多分、大丈夫なのかな……?)」


 と、一抹の不安は抱きつつも、光希が安全であることを信じて、自分の席へと戻っていく。


 ………

 ……

 …

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