【外伝】第3.5章:光希は何かに集中している模様です

補足EP03:その頃、光希は

 十三時五分 鈴蘭の里


 一方その頃、光希は鈴蘭の里でコーヒーを飲んでいた。


「…………」


 光希は二人と別れた後、午後にペンタゴン・ユニックスに行く用事があるからと、魔の新宿駅というダンジョンを抜けて、鈴蘭の里へとやってきた。

 鈴蘭の里は、今日も平常に十三時台はガランと空いており、光希は一人、静寂とした店内を満喫している。

 長かったモーニングラッシュの山場を超えて一時の休息を手に入れていた進は、ネクタイを第二ボタンの位置までゆるめて、カウンターの奥の席で足を組みながら座っている。


「……なあ光希。テーブルの上にあるナフキン入れを補充するから取ってくれ」


 だらけた体勢でゲーム雑誌を読んでいる進は、視線を変えずに光希に話しかける。


「…………」


 だが、いくら待っても光希からの反応がない。

 気になった進は、雑誌から目を離して、光希がいる方へと目をやる。


「…………」

「うん、いる……よな? あれは光希だもんな……」


 視線の先にいるのは、いつもの角席でくつろいでいる光希。

 進は改めるまでもなく、あの席に座っているのが光希であるということを確信する。


 たまたま集中して気づかなかったのだろうか……と予測した進は、今度は光希を見ながら、声が届くように声をかける。


「おーい光希、聞こえているか? ナフキン入れ、テーブルにあるだろ?」


「…………」

「…………?」


 進は大きめな声で光希へと声をかけたつもりだったが、それでも反応はないことに疑問を抱く。

 気になり、進は光希に近づいて見てみると――


「…………」


 そこには、集中してスマートフォンを触っている光希の姿があった。

 なんだ、スマホに集中していただけかと理解した進は、


「おいおい光希く〜ん、座りスマホですか〜? 別にマナー的には全くもって構わんけど、俺という話し相手がいながら、そんなコトされちゃ寂しいじゃねえかよぉ〜!」


 と、光希が気づくように、大きな声でわざとらしくねた様子をアピールする。


「…………」


 ――しかし、進の精一杯の自己アピールさえも、光希にスルーされてしまう。

 一体、どうしてスルーされてしまうのだろうか――進は考えても分からず、今度は普通に光希へ話しかけることにした。


「おーい、光希」


 光希の右肩をトントンと叩きながら話しかけるも――


「…………」


 やはり、反応がない。


「もしかして……こっちかっ!?」


 進はつい最近覚えた事例である、耳にうどんが垂れたイヤホンをしている現象では、と疑うも――


「…………」

「……いや、付けてねえな」


 光希の耳の穴には、うどんも耳栓も装着されていないことを確認する。

 一体どのようにしたら気づいてくれるのだろうか、進は顎に手を当て、目を瞑りながら考える。

 十秒弱ほど進は考え抜き、やはり光希には『アレ』が一番聞くだろうと判断する。


「……手伝ってくれたら、コーヒー……無料……」

「…………」


 それは、光希に『無料』という、とても素敵な言葉を耳元で囁くことだ。

 さすがの光希も、お金には反応するだろうと高をくくったが――


「…………」

「…………」


 高をくくった、が――


「…………」

「……ま、マジか! あの光希が、金に反応しない……だと……」


 進の甘いささやききにさえも、反応が――


「……はっ! な、何か……素敵な言葉が囁かれたような気がしたんだが……」


 ……あった。

 それを見た進は、


「なあ、光希」

「……ん? ああ進さん、いたんですね。何の用ですか?」


 平然とした表情で言う光希に対し――


「……お前は、やっぱりお前だな」


 そう言って、頭をぐしゃぐしゃとかき回しながら、進はテーブルの上にあったナフキン入れを回収した。


「…………?」


 光希は、何で進に頭をグシャグシャにされたのか分からぬままに、ぽかんとした表情を浮かべていた。


 ………

 ……

 …


「……それで光希。そんなに集中してスマホを見つめて何してんだ?」


 ようやく反応してくれるようになった光希に対し、進はタバコを吹かしながら訊く。


「えっと……ショッピングサイトを見ていまして、つい集中しちゃっていました」


 光希は「あはは……」と笑い、頭の後ろをきむしりながら言う。


「……ああ、ショッピングサイト? ケチな光希にしちゃあ、随分と珍しいところを見ているじゃねえか」

「確かに、めったに見ないですね。つい買いたくなっちゃいますし」


 進の言葉を肯定する光希。


「ただ、今回はちょっと……久しぶりに買い物をしようと思いましてね」

「へぇ……何は欲しいんだ?」


 久しぶりの買い物と聞き、光希のショッピングに興味を抱く進。

 しかし――


「まあ、その……大したものじゃないですよ。ネットで売っているシャンプーを購入するだけですし」


 進の質問に対し、どこかぎこちない様子で返事をする光希。


「……ん? そうなのか?」


 しかし、進はその様子に気づいていないのか、キョトンとした表情で返事をする。


「まあ、髪の毛にハリが出るシャンプーをお望みなら、いつでも紹介してやるからな! 一時期ストレスで抜け毛がひどかった時に役立ったやつとか、夏の暑い時期にミントの力でスーッと気持ちよくなるやつとか、いろいろ試したからな!」

「あはは……それは、頼もしい限りです」


 進の気迫に押されながら、空笑いをして反応する光希。

 言葉ではシャンプーを買うと言っているものの、実際にスマートフォンに表示されていたのは、別のショッピングサイトで………


「(こればっかりは、バレたら恥ずかしいからな……)」

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