第42話 団結せよ女神たち

 内部統制が上手くいかない場合、指導者は往々にして外敵を作ろうとする。

 そうする事で内部の不満を外部に向け、いがみ合っていた者同士さえをも同じ方向に歩かせる。古来より用いられてきた古典的な手法だ。


 俺は一歩進み出る。


「分かりました。ですが、皆さんの要望で一つだけ一致している点があります」


 当然と言えば当然だが、其々が元の地域に帰りたいのである。


「それは、元々治めていた地域の奪還です。そうするために必要な事はただ一つ、魔族の塔とやらの破壊です」


 俺の言葉に、東西南北の女神たちから怒気のこもった視線が向けられた。


「そんな事は分かっている。言われずとも、当たり前だ」

「今さら何を仰っているのか……飽きれて物も言えませんわ」

「ふむふむ。確かにそうですが、そんな事は分かり切っていますね」

「馬鹿なのか!? 流石は女神ヘステルが連れて来た助っ人だ。無能だな!」


 そんな女神たちに向かい、一切臆す事なく言葉を投げかける。


「当たり前で分かり切っているならば、何故そうしないのですか。私に言わせれば、そのほうが余程無能であり、飽きれて物も言えませんよ」


 この発言に、東西南北の女神が一斉に敵意を現した。

 そして口々に俺に対して否定的な言葉を投げかけてくる。


 狙った状況に持ち込む事に成功した。

 今まさに、東西南北の神々の代表者が一致団結している状況である。


 本来であれば魔族や魔王こそがその外敵であるわけだが、その外敵に向かうための団結力を欠いている以上、もっと身近な外敵が必要である。


 それがこの俺だ。


「分かりました。それでは、皆さんが仰る通り私が無能なのか、それとも私の言うように皆さんが無能なのか、明日はっきりさせましょう」


 俺は一つの提案を投げかける。


「明日、この時間。魔族の塔を破壊するための策を持ち寄りましょう。皆さんの出す案が優れているのか、それとも、私の出す案が優れているのか。それについて感情論を抜きに語らうとしましょう」


 俺は笑顔で締めくくる。


「だってそうでしょう? より精度の高い作戦を選択すれば、皆さんの希望が叶う。元いた地域を取り戻せるわけですから」


 南の神はふむふむと頷き、西の神も小さく腕を組んで考え始めている。東の神は南と西の神の様子を注意深く伺いながら、最終的には『まあいいか』といった雰囲気の表情を見せた。

 だが北の神だけは噛みついてきた。


「それでもし、貴様の出した案が採用されなかったのならば。貴様はどうする」


 描いたストーリー通りの着地点である。


「そうなったら素直に謝罪します。そして採用された案に私の存在が必要であれば、全力で挑みます。もし私の存在が不要ならば、潔く元の世界に帰るとします」


 北の神がニヤリと笑う。


「いいだろう、乗った!」


 俺も内心ニヤリと笑うも、それを表情には出さずに丁寧に言葉を並べる。


「それでは作戦立案に先だって、必要な情報があれば何でも聞いてください。私の持っている情報は全てお渡しします」


 俺の力量、ヒナの力量、どちらも不確定要素であるが、必要とあらばこの場で披露しても構わないと思っている。

 そして何より、魔族の塔の破壊に用いる事が最善であろうルココのバズーカ砲。

 東西南北の女神たちが俺達という駒をどう使おうとするのか、それには大いに興味を惹かれる。

 だが恐らく、それらの情報を求めてはこないだろう。


「不要だ。女神ヘステルも貴様も、我々からすれば所詮は余所者。太古よりこの世界を総ていた我々が知り得ていない情報を、貴様らが所持している可能性は皆無」


 北の神がそう言うと、女神たちは挙って同意を示した。

 そして西の神が口を開く。


「女神ヘステルとて、この空間を作り維持するために力を消耗させ尽くしていらっしゃる。戦力として見る事はできませんわ」


 南の神がふむふむと頷いて同意を示し、その意を述べる。


「そうですね。魔族の塔の破壊、それはこの世界を知り尽くした私達だからこそ出来る。あなた方を過小評価するつもりはありませんが、現段階ではどう考えても私達こそが戦力です」


 東の神が満足そうな笑顔で言う。


「そうだな。いっちょ暴れまわって塔をぶっ壊してやるよ」


 ここまでくれば、後は任せておけば本当に魔族の塔を破壊してくれそうな気もするが、出来うる限りの万全を期すべきである。

 女神たちが反撃する気配すらないこの状況こそが、魔族にとっての油断となる。今こそ万全たる策を以て、乾坤一擲、魔族の塔を破壊すべきなのだ。


「分かりました。では私は女神ヘステルと共に策の立案に当たります」


 俺の言葉に、北の神が鼻で笑う。


「ふん。勝手にしろ」


 言うなり背を向け歩き出す。

 その北の神を追うように、其々の女神も歩を進めていく。


「この際、協力して策を考えませんこと?」

「そうだな。あの助っ人無能野郎の策よりも劣る策なんて出したくない」

「ふむふむ、そうですね。東西南北の神がその英知を集結させれば、出来ない事なんてありません」

「あんたら、それなら最初から……いや、いい。それはもう言いっこなしだ。よし、今夜は徹夜で作戦会議だ。どんな綻びも見せない完璧な策ってやつを考えてやろうぜ!」


 その神々の背を見つめる女神ヘステルは、表情に驚きを隠せずにいた。


「ついさっきまであの調子だったのに、随分な変わり様ね。神野威、貴方、しばらく会わない間に随分と女の扱いが上手くなったじゃないか」

「これでも一応、社長なもんでね」


 まあ、社員一人の会社では全くもってマネジメント能力など必要としない。ましてやその社員が里琴ちゃんであるから尚更だ。

 幸運にも自走型の優れた人材を一人雇用できた俺は、経営者として幸せ者だと言い切れる。無論、男としても。


「さてさてさて、チーム『バッドエンドバスターズ』も作戦会議と参りましょうぞ」

「その変な名称、やめない?」

「エー!? 変ですか? どこら辺が? じゃあヒナたんはどんなチーム名がいいと思いますですか?」

「……カミノイ、さっさと始めましょ。この煩いのに付き合っていたら疲れるわ」

「ガーン、ガビーン、ガビョーン! 冷たく『疲れる』とか言い捨てられたのはこれで何度目でしょうか……その度にボクの心は深く抉られて傷つくわけですが、そんな事はお構いなしなヒナたんの言動もまた捨てがたい要素であるから悩ましい。これはカッコ涙なしでは語れない話でありますぞ?」


 いつもの意味不明なやり取りを始めた二人を頼もしく思いながら、俺は女神ヘステルと頷き合う。


「欲しい情報が沢山ある。いこう」

「ふふ……神野威、なんならベッドの中でどうだい? 昔のように肌を合わせながら情報を交換しようじゃないか」


 妖艶な眼差しを向ける女神ヘステルと俺との間に、ルココが両手を広げて立ちふさがった。


「ダー! ちょっと油断するとコレですよ危険が危ない。いいですか宜しいですか、ボクはカミノイ様とヘステル様が再び大人の関係にならないよう監視役を仰せつかっておりますからな! 無論、リコさまからで御座いますぞ!」

「そうね。この世界のバッドエンドを覆す事と同じくらい、カミノイを守る事も大切。勿論、色ボケ女神からもね」


 二人の反応がさぞ可笑しかったのだろう。

 女神ヘステルはひとしきり笑うと、優しい笑顔を向けた。


「そうかいそうかい。リコから派遣された護衛が付いてるんじゃ諦めるしかなさそうだね。それじゃあ大人しく、普通に作戦会議といこうじゃないか」


 俺は苦笑いを浮かべ、女神ヘステルへ要望を出す。


「北の島々の図面が欲しい。各島の大きさや距離を知りたい。それから、東西南北の神々が保有している戦力や、その能力なんかも教えてもらいたい」

「いいわ、こっちへ。お嬢さんたちもいらっしゃい。頼りにしているわ」


 こうして神々と俺達は二手に分かれ、魔族の塔破壊に向けた絵を描き、明日それを競い合う。

 だが結果は既に見えていると言っていいだろう。

 俺とヒナの能力はともかく、ルココのバズーカ砲の存在さえ知らない神々には、最大目的である塔の破壊に対する決定打が不足するはずなのだ。

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