第22話 真実

 スーツがレッドアラート、緊急事態を示したその瞬間、私の体は凄まじい衝撃と共に吹き飛ばされていた。


「がっ!」


 胸部への一撃。メキメキとクリステックアーマーが軋み、その内側にいる私の肉体は衝撃によって大きく揺さぶられる。内臓全てをシェイクされたんじゃないかという強烈な一撃!

 スーツによる耐衝撃吸収機能を駆使しても、目の前が真っ白になりかけた。


「砕く勢いだったのだけどね」


 邪王……いや、ダークメイカーは突き出した右拳を見つめながら具合を確かめるように開け閉めしていた。

 このぉ、余裕見せてくれちゃって!

 とはいえ、私は未だに体がしびれていてうまく動かすことができない。肺の中の酸素が全部強制的に吐き出された……とでもいいのか、ほんの一瞬だけ呼吸ができなかった。それが混乱を招いて、動作を遅れさせていたんだ。


『くるわよ! 備えて!』

「わかってる……!」


 ラミネの悲鳴がうるさかったが、そのキンキン声が今は目覚ましになってくれている。ぼんやりとする思考を振り払うように、私は勢いよく立ち上がり、ソウルウィングを展開。

 が、それと合わせるようにダークメイカーも背部スラスター『ダークウィング』を展開していた。


「うおぉぉ! ソウルナックル!」

「フン、ダークナックル!」


 お互い、加速に乗って拳を突き出す!

 私は当然全エネルギーを右拳に集中させた。青白い光に包まれた拳は次第にクリスタルを纏い、それをグローブとして装着する。

 対するダークメイカーは赤黒い光を放出しながら、その右拳に黒々とした尖った結晶を纏っていた。


「ぬうぅぅぅ!」

「フッ!」


 衝突! そして破砕音!

 私たちの拳は空中で激突した。その瞬間、お互いの結晶が音を立てて砕けるが、構わず拳を突き出す。

 今度はスーツの拳と拳がぶつかり合う!


「まずい……」


 状況は芳しくない。

 一瞬の拮抗の後、徐々に私はダークメイカーに押し込まれていた。そうはさせまいと意地でも拳と腕を突き出すが、ガクガクと力負けして震えている。しかも肩が外れそうになるぐらい痛い。筋肉の繊維が千切れるんじゃないかという激痛までやってきた。

 それでも歯を食いしばって耐える! 


「頑張るじゃないか。えぇ?」


 ダークメイカーはクックッと喉の奥で小さく笑っていた。相手もマスクをしているせいで、表情は見えないが声音からして余裕なのがわかる。むこうにしてみれば対して力を入れていないとでもいうんだろうか。

 こっちは必死の形相で、奥歯をかみしめながら、全身を踏ん張っているというのに、この差だ。


『ぐぅぅ……とんだ化け物ね』


 ラミネも苦しそうな声を上げていた。ブレスレットからはラミネの魔力が続々と流し込まれていた。彼女もまた限界以上に力を振り絞ってくれているようだが、結果はこれだ。

 正直、こいつの底が知れない。邪王、魔王と名乗るだけの力はあるということだ。軍勢をまとめ、その頂点に立つ存在……


「そぅれ、もっと力を入れてみなさい」


 それはダークメイカーにしてみればほんの少し力を入れた程度の動作だったのかもしれない。けれどたったそれだけの動作で、私は地に伏した。ドドッと背中に凄まじい衝撃! 骨のような地面が砕け、陥没する。私の体はそのままめり込んで、腕も足もぶらぶらと勢いに任せて揺れていた。


「聖女様!」


 離れていたはずのアナの悲鳴が酷く近く聞こえる。スーツ、マスクの収音機能のせいだろうか。

 しかもこっちに駆け寄ろうとしてくる音音まで聞こえる。


「こっちに……くるんじゃない!」

「聖女様!」


 ビクッと肩を震わせてアナは立ち止まる。

 私は全身が痛くて泣き出しそうになりながらも声を張り上げて、飛び立った。体が痛くでもクリステックスーツは無事だ。表面に多少の傷があれどどこも損傷していない。流石の防御性能だ。それを使いこなせていない自分が腹立たしい所だけど。

 十数メートル飛翔した私は両腕を突き出し、ダークメイカーへと向ける。

 ダークメイカーはというと顔だけをこちらに向けて佇んでいた。

 あぁもう、その余裕の態度本当にムカつく!


「クリスタルシュート!」


 最大出力!

 直径一メートルのクリスタルを生成し、それをぶん殴ってダークメイカーに打ち込む。ドッと加速し、空気を切り裂きながらクリスタルの結晶がダークメイカーに迫る! 

 ダークメイカーは避けるということはせず、クリスタルの直撃を受けた。


「えぇ、えぇ、わかってましたとも」


 キラキラと結晶が砕け、破片が舞い散る。

 ダークメイカーの傍には私が撃ちだしたのとお同じ大きさの真っ黒なクリスタルが浮かんでいた。ふよふよと浮遊するそれは一瞬にして矢じりのように変形すると、ものすごい勢いで私に向かって放たれる!


「あぁぁ!」


 避けようとしたが、遅かった。まさに光速ともいえる一撃は見事に直撃して、再び鋭い痛みと衝撃が私の肉体から感覚を奪う。私は朦朧とする意識の中、自分が落下していくのが分かった。

 どさっと地面に落下した私は痙攣する指や足を何とか抑えつけようと踏ん張ってみるが、力が入らない。

 マスク内のモニターにはアーマー破損の表示が狂ったように何度も流れていて、同時に装着者のダメージも教えてくれていた。

 骨は折れていない。内臓も無事、けど気が遠くなるような痛みと衝撃。

 気が付けば私は涙を流していた。痛みのせいだ。

 そりゃそうだ、私はちょっと前まで普通の女子高生だったんだ。殴る蹴るをやってるような子じゃない。痛みに耐えて生活するような女の子じゃなかったんだから。


「うっ……くぅ……」


 酷く重たく感じる自分の体をなんとか動かす。あぁもうちょっと動くだけで痛い、息をするだけで痛い。そもそも呼吸をするのがしんどい。


「どうしたの? 歴代の聖女はまだ気合があったのだけど?」


 コツ、コツとダークメイカーが歩み寄ってくる。それまでに何とか態勢を立て直す必要があったのだけど、私の体は痛みで震えて、うまく力を入れることができなかった。

 気が付けば奴は私の目の前にした。

 ダークメイカーはその場に膝をついて、くいっと私の顎を持ち上げる。ダークメイカーの鋭い眼光が睨みつけてくる。角度によっては嘲笑を浮かべているように見えるダークメイカーの仮面。実際、こいつは今、そういう風な表情を浮かべているんだろう。

 またクックッと喉で笑っていた。


「まぁけど、その力は凄まじいと思う。あなたのその力、戦士の記憶……素直に賞賛に値するよ。実際、力だけなら歴代で一番だろうね」

『あなた……さっきから歴代の聖女を知っているような口ぶりだけど……一体何者なの……』


 ブレスレットの宝玉の点滅はかなり弱々しい。聞こえてくるラミネの声もかすれていた。彼女も相当なダメージを受けているみたいだった。


『あなたのあの姿……あれは伝説に聞く三代目聖女の姿にそっくりだわ……最悪の戦争をその身を捧げることで終結させた悲劇の聖女……』


 三代目聖女?

 それはこの世界で聖女について質問した時に随分と歯切れの悪い回答が返ってきたことを思い出す。世界の崩壊を防ぐ為に犠牲になったという話だったはずだ。


「随分と懐かしい話。ざっと三百年ぐらい前かしら? そうよ、精霊。あなたの予想通り」


 一瞬だけ、ダークメイカーは変身を解いて、少女の姿になった。金髪の聖女……ニコリと笑みを浮かべているけれど、その瞳は暗く、冷たい。

 これが女の子がする顔なわけがない。中身は化け物だ。そうでなきゃただの笑顔で怖いなんてプレッシャーが出るわけがない。


「この肉体は滅んだ我の肉体に変わり、三代目聖女の肉体を頂いた。初代によって滅ばされた最初の肉体、二代目によって浄化された邪竜の肉体……力を失っていた私は三度目にして最高の肉体を手に入れたというわけさ」


 そして再びダークメイカーへと変身して、私の首を掴み、持ち上げる。

 く、くるしい……じたばたともがいては見るがそれで拘束がほどけることはなく、しかもダークメイカーの握力はどんどんと強くなっていた。


「そして四度目……今度は最高の力を手に入れた。四代目聖女、君の力だ。精霊によって与えられた加護。どの時代の聖女も素晴らしい力だったが、全ては守りの力。私を封じ込め、肉体を消すことが出来ても、殺すことはできなかった。だが、君は違う! 君は初めから破壊の力だ! 魔を打ち砕き、消滅させる力! だが『力』とはいとも簡単に正邪を変える! 実に簡単だった。聖女の力を我が力として取り込むべく、三代目の肉体を得る必要もなかったようだ」

「気持ち悪いこと言ってんじゃないわよ……!」

「むぅ!」


 私はソウルブレードを手にして、ダークメイカーの顔面を思い切り打ってやった。

 ダークメイカーはたまらず私を手放し、顔面を覆う。

 バチバチと火花が散り、ほんのわずかだが奴の仮面に傷が入る……が、斬り裂かれた仮面の内側から爬虫類のような鋭ものに変化した瞳が私を睨みつけていた。

 その瞳が見えたのはほんの一瞬であり、斬り去れていた仮面は結晶に埋め尽くされ、そして元に戻った。

 自己修復機能まであるのか……本当、『原作通り』の性能ってわけね。


「さっきからべらべらと……黙って聞いてたら、あんた……ずっと負けてきてるだけじゃない。それを自慢げに、語ってバカみたい。あんたは聖女に三回も負けてる癖に、いちゃもんつけて今度は女の子体を奪う? 気持ち悪いのよ、邪王が聞いてあきれるわ」


 言った後で私はせき込んだ。まだ完全に息が戻っていなかったのだ。

 だけど私は構わず言葉を続けた。まだ体はふらついているし、頭は酸欠でガンガンする。ソウルブレードを杖にして、なんとか体を支えながら、私は立ち上がっていた。


「女装趣味の邪王なんかに、ソウルメイカーが負けるわけがない。さぁここからが本番よ。地霊邪王……」


 

 

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