第21話 その名はダークメイカー

「ハハハ!」


 金髪の少女……地霊邪王は私たちに姿を見せるや否や突然笑いだした。

 声は、女の子だ。顔立ちは北欧系というんだろうか、肌は白くて、金髪、青い瞳が特徴的で鼻も高い。

 邪王はそんな可愛らしい女の子の姿形で、無邪気に笑った。

 まるで朝、友人と出会った時に見せるような笑い方……どこまでも自然な笑顔。


「へぇ、直に見てみると確かに不思議。うん? なにその鎧。この数世紀、息をひそめて人類の武具を見てきたけど、そんな形は見たことがないわ。不思議な鎧ね」

「あ、そう。理解してもらわなくても結構よ」


 アナを抱き寄せながら、私はソウルブラスターを構える。びったりと銃口は少女、邪王に向けている。ロックオンも完了済だ。

 見た目、口調、仕草、どれをとっても邪王は『女の子』だ。


「正直、見た目人間のあんたに武器を向けるのってキッツいけど、そんな見た目で惑わされると思ったら大間違いよ。むしろ、よくある展開なのよ。敵の親玉の正体がまさかの……なんてね」

「あら、別に驚かせるつもりでもなんでもないのよ。これが、正真正銘、今の私の体。あなたたちが地霊邪王と呼ぶ、私の肉体。まぁ確かに拝借したものなのは確かだけど、私にしてみれば優れた肉体であれば獣でも構わないのよ」


 邪王は銃口を向けられてるというのに涼やかな表情だ。

 しかも自然体のまますっと私たちの近くまで歩み寄ってくる。


「……!」


 引き金を引く。躊躇いはない。

 少女の姿をしていても奴は地霊邪王だ。それは既にソウルスコープでわかっている。奴の体内からはとんでもない量のエネルギーが検出されているのだ。

 エネルギーの正体は不明だ。まぁ魔力、とでも言えばそれで十分だろうけど、ケタ違いだ。あの竜の地霊騎士も中々の力を持っていたけど、邪王のそれはもうゲージ一本分レベルで違う。


「おや」


 カツンと光線が見えない壁に阻まれる。

 やっぱ効かないかぁ。


「随分と勇ましい。聖女は心清らかなものがなるはずだけど……」

「言ったでしょ。見た目程度で驚かないって」

「ふぅん。そのつもりはないのだけど……」


 邪王はやれやれと言った具合に溜息をついた。

 それは本当に自然な仕草だった。聞き分けのない子どもにお手上げだという親のように、困ったような表情を作り出す。

 その瞬間だった。


「うっ……」

『いつの間に!』


 目の前には邪王の美人な顔があった。仮面越しではあるが、鼻先がくっつくぐらい近くにいる!

 アナは怯えた顔で邪王を見ていて、私に力強く抱きついて来る。私もアナを抱きしめながら、右手で邪王を払おうとするのだけど……


「あら、乱暴ね」


 がっちりと腕を掴まれてしまった。

 しかも引くも押すもできない! いやそれだけじゃない、徐々にだけど体が脱力していくのを感じる。不味い、なんとかしないと……!


「ソウルフィールド!」


 超加速現象化でここを斬り抜ける!

 私は全てがゆっくりと遅延した世界の中で右腕を引き抜こうとしたのだけど……


「面白い手品」

「嘘!」


 邪王は何ら変わりなく動いていた!

 そんな、ソウルフィールドの加速についてこられるっての! こいつ、加速能力持ちか!


「空間を歪めているわけではない。なるほど単純な加速というわけ……いや、それだけじゃない。何か未知のエネルギーを感じる……ふむ……」

「にゃろ!」


 考えふける邪王に隙を見出した私は膝蹴りを放つがそれもまた片手で受け止められてしまった。こいつ、ふざけた見た目のわりに強い!

 そうこうしているとソウルフィールドの効果時間が途絶えてしまう。

 もう! ボスが強いのはいいけど、これはちょっと厄介だわ。どこかこの世界の敵の事を見下していた所があったけど、こいつは別格だ。かなりやばい。


「ほんと、凄い力。やっぱり、聖女の力は素晴らしい」


 ググッと私の腕をつかむ力が強くなる。クリステックアーマーが軋む程のパワーに驚く。戦車砲の一撃だって耐える装甲なのよ! それを軋ませるですって!

 しかも気持ち悪いことに邪王がぬっとその顔を私の傍に近づける。近い、くるな。


「特にあなたのその特異な力……本当に素晴らしいわ……だから……」


 クスクスと小さな笑みを浮かべながら、邪王の顔が迫る。

 そして、マスク越し……奴の唇が重ねられる。まるで恋人への口づけのように、私の、ソウルメイカーの仮面、その頬に手を添え、ゆったりとした動作で、奴はキスをしてきた。

 その瞬間、私の体は金縛りにでもあったかのように動けなくなる。指一本すら動かせない。


『貴様、一体何を!』


 違う。動けないだけじゃない!

 何かが……私の中から何かが吸い取られていく……脱力感が私の全身を苛む。


「こ、の!」


 体は動かなくても思考は働く。そしてクリステックアーマーの機能の大半は思考操作が可能だ!

 肉体が動かないならオートメーションでスーツを動かす。補助動作程度の簡易的な動きしかできないが、それで構わない。


「おや」


 ドンッと私の右拳が付きだされ、少女の顔を打つ。オート操作によるパンチを放ってやった。流石の邪王もそれを予測は出来なかったのか、まんまと顔面に直撃を受けたのだが、はっきりといって手ごたえはなかった。

 現に邪王はぴんぴんとしていて、殴られた頬を摩ってはいても傷一つ付いていない。


「ぐ、は……!」


 一方の私は奇妙な感覚だ。ガクガクと全身から力が抜ける。

 エイッと気合を入れ直せば、何とか立ち上がることができるが、体がむずがゆいというかこそばゆい感覚が走ってなんとも 気持ち悪い。


「聖女様!」

「だ、大丈夫……アナ、下がっていて」


 駆け寄るアナに強がりを言って、後ろへと下がらせる。近くにいても危険なだけだ。

 フッ! と息を吐き、足腰に力を入れて構える。大丈夫、動く。


「何されたの……体に力が入らないし、なんか抜き取られた感覚がするんだけど……」


 仮面越しとはいえ、いきなりのキスに実はちょっと驚いている。別に意味もないのに、私はぐしぐしと口元を拭きとるようにした。


『わからない……けど、確かに邪王は私たちから『力』を吸い取った……量は微々たるものよ。魔力を少し、持ってかれた……』

「明らかにそれだけじゃない気がするんだけど……」


 邪王が、実はそういう趣味でした……なんてバカな話で終わるわけがないのはわかりきっている。

 その証拠にソウルスコープ越しに映る邪王の様子は何かがおかしい。顔をうつむかせて、肩を細かく震わせながら、奴は笑っていた……


「ふ、フフフ……ハハハ!」

「悪役特有の突然の高笑いってわけ?」

「いえね、面白いと思ったのよ」


 邪王は笑いすぎて浮かべた涙を指で拭いながら、また笑いだす。


「なるほどね、そう……それがあなたの力……その原動力というわけ」


 ニコリ、と笑みを浮かべる邪王。その表情は屈託のない少女そのものだ。

 だけど、私は蛇に睨まれたなんとやらという感じで、強烈なプレッシャーを感じていた。冷や汗がぶわっと噴き出してくる。


「闇着」

「それは……!」


 ぽつりと邪王が呟いた言葉に私は聞き覚えがある。

 だって、その言葉は……!


「うわっ!」

『何よこのでたらめなパワー!』


 刹那、邪王から放たれる衝撃波。両腕をクロスして耐えたものの、わずかに後ろに押し出されてしまった。

 邪王からは黒々としたオーラのようなものがわき上がっている。いや、それだけじゃない。


「嘘でしょ……」


 私の視線の先で、邪王は右腕を大きく振り上げ、『ポーズ』を取っていた。何かを握り潰すように拳を作り、力を込め、打ち下ろすように振り払う!

 たったそれだけのシンプルなポーズだ。直後、邪王のひらひらの聖女衣裳が衝撃にあおられて大きく捲れる。シュルシュルと衣服がほどけていき、少女のような邪王の肉体が見え隠れする。

 そして、衣服が完全に宙へと舞い上がった瞬間……そいつは姿を現した。


『ソウルメイカーに似てる……なんで、邪王が!』

「あ、あぁ……聖女様!」


 怯えるラミネとアナ。


「そんなの、ありなの?」


 私も私でかなりの衝撃を受けている。

 だって、邪王の姿……それは……


「なるほど、これが今代の聖女の力……というわけか」


 全身を覆う漆黒の宝石の如く輝くメタルスーツ。背中には悪魔の羽を模したバインダー、胸に描かれるのは地獄の業火、そしてスーツよりもなおも暗いマスク……その目の部分、ゴーグルに凶暴な赤い瞳が灯った。

 それはいわば黒いソウルメイカー……そう、間違いない……


「ダークメイカー……」


 ソウルメイカーと対をなす悪の戦士。

 劇中で、ヤシャ一族が作り上げたジャアクリステックアーマーを纏う最凶最悪の戦士……そしてソウルメイカーの終生のライバルである『ダークメイカー』。

 それが、邪王の、姿だった。

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