第11話 私にそんな趣味はない!

「お、おぉ!」


 メイドさんに案内された大浴場はまさに極楽であった。「必要かそれ?」と言いたくなるような豪奢な調度品にピカピカに磨かれた大理石の床と壁、浴場独特の暖かで湿った空気はあれど湯気はなく換気も行き届いているらしい。

 メインである湯船に至っては下手な市民プールよりも大きいし、ライオンやら翼の生えた狼のようなモンスターの彫刻が贅沢にお湯を流し込んでいる。まさにアニメなんかでよく見る光景だ。そんな夢のようなものが私の目の前に広がっていた。


「ガランド国の初代国王がどうにも風呂好きだったらしくてね。王位についたその日から苦節五年をかけてこの大浴場を完成させたらしいわ。地下の温水を汲み上げる為だけにあちこち掘り返したり、各国が技術を買い占めたりもしていたなんてのはこの国じゃ有名な話なのよ」


 そんな説明をするラミネはいつの間にか小さなタオルで体を覆っていた。うまい具合に羽とタオルが干渉しないようにズリ下げて巻かれたタオル姿はちょっと煽情的だ。三十センチという小ささであるが、ラミネの体は所謂スレンダーボディで整っている。それにツリ目で金髪という顔立ちは美人だ。


「それから数千年は経つけど、王族の風呂好きは脈々と受け継がれているみたいでねぇ。あれこれ改装しながら今に至るわ。地霊邪王が襲ってこなければ城下町にも結構良いお風呂があるんだけど……」


 ラミネはウキウキとした表情で説明を続けていた。私以上に風呂を楽しみにしていないかこの精霊?

 だがそれにしても顔も名前も知らない初代国王様、よくぞやってくれました。私、あなたになら忠誠を誓いそうです。ラミネの説明曰く初代国王の政策によってガランド国は結構清潔感を大事にする国柄らしい。意外なことだが手洗いうがいなども徹底しているとのことだ。

 驚くべきはそれを伝えたのがなんと二代目聖女に仕えていた勇者だという。勇者は英雄である同時に聡明な知恵者だったらしく風呂の提案もさることながら衛生概念をくどくどと説いたとか何とか。

 なる程、勇者様もよくやった。キスをしてやりたいぐらいだ。


「んで、あなたいつまでその恰好なの?」

「あぁ、そうだった。テンション上がってついつい……」


 こんな異世界の地で風呂に入れる。そんなことだけでも私のテンションはマックスだ。勢いあまって聖女衣裳のまま、浴場がどんなものかを見たくて今に至る。湿った空気のせいで肌に衣裳が張り付いていた。どちらにせよ汗だくでニオイもついているようなものだったが。

 私が脱衣所に戻ると既にメイドさんが新しい衣装を用意してくれていた。この脱衣所も中々に豪華でスーパー銭湯並みの休憩所なみの広さを誇っていた。今は人がいないが、通常であれば王族、許された一部の貴族や親衛隊が疲れを癒すのだという。


 どうにもこの国はきちんと男女の浴場がわかれているらしい。それも勇者様がこれは必ずと提案したものらしい。勇者よ、お前は日本人か。しかし、混浴は私もちょっと御免だ。

 とにかく偉大なる先代たちのおかげで私は今、大浴場を独り占めできるのだ。こんな贅沢なことはそうそうない。

 私ははしたないとわかりつつも衣裳を脱ぎ捨てて、速攻で浴場に戻っていった。


「桶もある……これってもしかしてシャワー? すんごい、ちょっとしたレジャー施設じゃん」


 見れば見る程、どこかで見たようなものがずらりと並んでいる。


「風呂の技術だけは世界一と言ってもいいわ。お歴々の精霊様たちも楽しんでいたみたいだし」

「はぁーこりゃ凄いわ」


 さてと、関心するのはこれぐらいにして入浴だ。クードゥー王の計らいで風呂場には私とラミネ以外はいない。外にはメイドさんを含めた数名の使用人が控えているが入ってくることはないらしい。

 案内されている道中、メイドさんは「聖女様は人々の為に奮闘してくださったと聞き及んでいます。どうかゆっくりと疲れを癒してください」と言ってくれた。

 やはり人助けはするものだな……とか何とか言っている間に私はだだっ広い湯船に体を沈めた。少し熱いがそれも良い刺激になる。爪先からゆっくりと、そして肩が浸かるまで。


「あぁ……幸せだ……」

「本当ね」


 私の前にはラミネが浮かんでいた。スーッとお湯の流れに身を任せて揺蕩うラミネはなんとも気持ちよさそうだった。


「ふんふーん……」


 熱が体中を包み込んでいくのを堪能しつつ、お風呂といえば鼻歌だ。

 半ば無意識のうちに私は十八番のヒーローソングメドレーを流していた。


「なぁにその歌、聞いたことないメロディね」

「えへへーかっこいいでしょ? 私の世界じゃ色んなヒーロー、英雄たちに歌があるのよ。どれも心を震わせる最高に熱い歌よ。何なら歌ってあげましょうか?」


 普段は人前でそんなことなどできやしないのだが、ラミネはあれだ、まさに一心同体となりソウルメイカーとなったからなのか、抵抗はなかった。今なら白黒時代の古ーいマニアックなヒーローソングまで歌えそうだ。というか歌ってやりたい気分だ。


「結構よ。風呂はゆっくりと静かに体を癒す場所よ……」

「おばあちゃんみたいな事言うわねぇ……」

「そりゃあ人間と違って長生きですもの。まぁ精霊としては小娘もいい所だけど」


 聞けばラミネはもう百年は生きているという。故に国王であるクードゥーも幼い頃から知っているし、兵士から国民に至るまで彼女にとっては子どもの様な存在らしいのだ。


「しっかりと疲れを癒しなさいよ。今生の……とは言わないけど暫くするとこの浴場に使う温水も飲料水に転用することになるかもしれないんだから」

「え、なんで?」


 温泉の成分は体いいからとかそういう問題ではなさそうだ。


「地霊邪王が侵攻してきたんだから、本来ならこの国は戦時下よ。準備のし過ぎなんて言葉はないわ。まぁけど、今はそれは考えなくてもいいわ。難しい話が将軍たちにでも任せておきなさい……聖女の仕事はもっと過酷になると思うから……」

「そう……過酷ねぇ……」


 戦争。私の故郷日本じゃもう遠い過去の出来事で、私自身も教科書でしか知りえない存在だ。だから、ラミネが戦時下なんて言葉を使ってもどこか外の出来事のように感じ取ってしまう。

 それでもその一端を私は体験したのだ。地霊邪王の軍勢と剣を交えた事実を私は今一度思い出していた。ソウルメイカーに聖着し、ソウルブラスターを放ち、怪人と戦った……今朝のことがあれで終わりであるはずがないのだ。


 だとしても、今はラミネの言う通り疲れを癒すまでだ。どうしようかなどと考えてもわかるわけがないし、今は流れに身を任せるしかない。私はずるずると体を滑らせてチャポンと湯の中に体を沈めた。

 ぶくぶくと息を吐き、二秒経って浮かび上がる。体を脱力させてラミネと同じように湯の上に浮かんだ。

 そんなものすごくリラックスしている空気の中、何やら脱衣所が騒がしい。


「ん?」


 メイドの声が聞こえる。なにか慌てている様子だ。湯に浮かんだまま、私はそちらに意識を傾けた。

 それと同時に何とも元気な声が大浴場に響いた。


「聖女様! お体を流します!」

「ぶべっ!」


 現れたのは真っ白なレース状の衣裳を着たアナだった。

 思わず私はお湯の中に沈んでしまい、いくらか飲み込み、ついでに鼻の中に逆流していく。かなり痛い。

 一瞬だけ溺れかけたが、それでも浅い湯船のおかげで私は体を起こすことができた。しかしその頃には既にアナの何とも言えない、すっごく綺麗な柔肌が急接近してきていたのだ。


「あ、アナ……姫様!」

「はい、アナです!」


 アナはにこにこと屈託のない笑みを浮かべている。


「ちょっとアナ! あなた何してるのよ!」


 私と同じように溺れかけたのかぜーぜーと荒い息をしているラミネが私の肩によじ登りながら叫んでいる。

 一方のアナははてなを浮かべたような顔をして、「何と申されても、聖女様のお疲れを癒そうと思って」と答えていた。

 アナはすぐさま「うふふ」と愛らしい笑顔を浮かべて縁に座り込んだ。そして両手を広げてまるで私を手招きするように「さぁ、いらしてください」と言ってきた。

 それはなんというか、ものすごくアブノーマルな気がするんですよ、お姫様……私はある意味、今日一番の衝撃を受けることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る