第10話 助ける理由

 ことの始まりは戦いが終わってすぐのことである。

 私は兵士たちに連れられ城に戻ろうとしていた。道中ではまさしく聖女という恰好をした私を見て国民が騒ぎだしていた。恐るべき軍勢がどういうわけか撤退して、その凱旋ともいうような列の中に伝説に聞く聖女らしき人物がいればそうもなるだろう。

 私としては見知らぬ大勢から拝まれるような対応になんともくすぐったいものを感じていた。


 しかしその途中、私は目茶目茶にされた街並みからどうしても目を離せなかった。そこには泣きながら親を探す子どもの姿や一心不乱に倒壊した建物を掘り起こす男の人たちの姿、怒声をあげながら指示を飛ばす兵士たちや怪我の手当てをして回る女性たちの姿があった。

 確かに戦いはひとまず終了したが、戦いの後に残るものは惨状であった。


(リアルだもの……そりゃそうよね)


 テレビの中なら次の週には破壊された街は元通りに戻っていることが殆どだ。何十メートルもあるビルが崩れても、地割れが起きようとも、話が進めば何事もなかったかのように平和な日々が訪れている。

 それが所謂メタ的な理由であることぐらい私も知っている。

 しかし私の周りで広がる光景は創作ではなく、現実なのだ。一週間経てば元通りになっているわけじゃない。


「あっ!」


 突きつけられる悲惨な光景を眺める最中、私は崩落する建物を見つけてしまう。脆くなっていたのだろう、音を立てて瓦礫が滑り落ちていく。その真下には作業を続ける大勢の人々がいた。

 悲鳴が鼓膜を叩きつける。私の周りを囲んでいた兵士たちは咄嗟的に私を庇おうとしていた。


「ラミネ、行くよ!」

「えぇ、ちょっと!」


 しかし私は兵士を押しのけ、思わず列から飛び出していた。右肩に乗っかっていたラミネは私の突然の行動に驚きの声を上げたが、構うものか。私はラミネを掴んで自分の胸に押し込もうとする。


「もう!」


 私の意図を感じ取ったのかラミネが体の中に吸い込まれて行き、左腕にブレスレットが出現する。

 

「聖着!」


 コールと共に私はソウルメイカーへと姿を変える。今回はポーズは省略だ。

 一瞬の変身、銀色の閃光となったソウルメイカーは崩落する瓦礫を受け止めていた。瓦礫は大げさな音をあげながら端のいくつかが崩れていくが、下敷きになりかけた人々は無事だった。

 それでも五メートルはあろうかという大きさだ。彼らは思わず顔を伏せ、体を身構えていた。しかしいつまで経っても衝撃が襲ってこないことを不思議に思ったのだろう、ゆっくりと瞳を開けると、そこには瓦礫を支えるソウルメイカーの姿が映り込んでいることだろう。


「大丈夫!?」


 私は彼らに呼び掛けたのだが、殆どの人たちは唖然としていた。

 そこは民家だったらしく、撤去作業を続けていた人々の中には小さな子どもの姿もあった。

 私は大通りにその大きな瓦礫をゆっくりと置き、改めて彼らへと視線を向ける。


「聖女様!」


 後ろから兵士たちが駆け寄ってくる。その言葉に反応を示すように唖然としていた人々が大きく目を見開いて改めて私を見た。

 「これが聖女?」というような顔だ。彼らはソウルメイカーの戦いを目撃していなかったのだろう、いきなり現れた銀色の鎧に明らかな警戒心を抱いていた様子だった。兵士がこちらに駆け寄ってこなかったら悪い意味で騒がれていたかもしれない。


『聖女らしくよ』


 ラミネはいきなり小言だ。

 「わかってるわよ!」と左腕にぼやきながら、私は咳払いをして、マスクの中でぎこちない笑みを浮かべながら、


「さぁ、早くここから離れるのです」


 と努めて聖女らしくたおやかな声を出した。ちょっとうわずっていた。だってそんな話し方なんてこの十七年したこともないんだから仕方ないじゃん。

 それでも彼らは表情を明るくさせて、私に頭を垂れながら何度も感謝の言葉を投げかけてくれた。

 殆ど勢いで飛び出してしまったが、こうも感謝をされるとやはり恥ずかしい。だけどあの状況を見捨てるという選択肢は思い浮かばなかった。


 それはもちろんソウルメイカーという力を得られたからの余裕だというのは私個人もなんとなくだが理解している。

 ちょっと前の私なら何もできないまま茫然としていたに違いない。けれども偶然とはいえ憧れのヒーローと同じ姿、同じ力を得てしまった以上、何もしないというのは彼らに顔向けできない恥ずべき行動だ。ヒーローは戦うだけにあらず、時として身を挺して人々を守らなければならない。

 そう思った瞬間、私はもう行動を起こさずにはいられなかった。


***


「体中がいたーい!」


 以前にあてがわれた部屋は戦いの余波で見事に吹っ飛んでいたらしく、私は新しく用意された部屋についた途端、ベッドにダイブした。うつ伏せのまま、クッションのようにふかふかな羽毛の高級布団に寝転がりながら私は叫んだ。

 全身の筋肉痛はかなりのものでちょっと立つのも辛い。パンパンにむくんだ太ももや二の腕はぴくりとも動かしたくない。


「当たり前でしょ、どこの世界に国中走り回って瓦礫撤去する聖女がいるよの」


 ラミネの呆れた声が後頭部から聞こえる。ちょこんとラミネが私の後頭部に座り込んでいるようだ。

 あの後、私はソウルメイカーの姿のまま出来うる限り、瓦礫撤去と救出を繰り返していた。これでわかったのはソウルメイカーに変身している間はどうやら私の基礎体力はいくらか向上しているようで、多少の疲れはあっても問題なく作業を続けられていた。


 しかし実際に体を動かすことに変わりはないようで、いざ変身を解くと、つけが回ってきたかのように全身を筋肉痛が襲うのだ。

 日頃の運動不足……というわけじゃないと思う。戦闘行動に力仕事、果てはガランド国の端から端を行ったり来たりで、動き続けていたのだ。その分の疲労が押し寄せてくるのはわかりきったことだったのだ。


「だって助けなきゃって思ったんだもん」


 全身は痛いが後悔はない。うぬぼれるわけじゃないが、私のおかげで多くの人たちを助けられたと思うとこの痛みも勲章のように感じる。

 結局陽が傾くまで作業を続けていた私は遂にソウルメイカーの補助すらも超える疲労を感じ、ぶっ倒れてしまったのだ。

 慌てた兵士たちが急ぎ私を担いで城に戻り、そして今に至るのだ。報告を聞いたクードゥー王は聖女に何かあってはいかんと大騒ぎして、その他の業務よりも優先して私の為に色々と手配をしてくれたらしい。


 部屋には飲み物や軽食が準備されていたし、この高級な羽毛布団ですらそうなのだ。別にこれが受けたいから人助けをしたわけじゃないのだが、してくれるというのならありがたく受け取るまでだ。特に布団は良い。


「まぁ、なんとなくあなたが召喚された理由がわかったわ」


 ラミネは私の後頭部から離れるとすぐ右隣りに降り立った。もぞもぞと私もそっちの方に顔を向ける。


「え?」

「きっとそういう突発的な行動を取れるからよ。力を手に入れたからっていきなり人助けなんてできる子なんていやしないわ。それができるから聖女になれたのよ」


 そんなもんだろうか?

 あんな行動をとった理由は、ヒーローたちに憧れていたからというのもあるが、私としてはあまり悲惨な状況を見ていたくないし、泣いている顔を見続けるのはなんとなく嫌だったというのもある。あとはもう勢いだ。


「聖女は人々の安らぎと希望になる存在。ちょっと見た目はアレだけど、あなたは立派な聖女の素質があると思うわよ」

「聖女ねぇ……私はスーパーヒーローの方がいいけど……そういってもらえるなら、悪い気はしないわね」


 それでもちょっと慣れない。ヒーローとしての姿、喝采を浴びる自分、聖女という期待、そして謎の軍団との戦い。まだ一日と経っていないのに立て続けにことが置き過ぎて私はちょっと混乱していた。

 褒められて嬉しいという感情もあれば今後どうなっていくんだろうという不安や恐怖もある。だけど今はそれ以上に疲れが私の体を支配していた。


「失礼します」


 そんな折、ノックと共に女性の声が聞こえる。この声は確か、メイドさんだ。私の世話係を申し付けていた五人組の一人の声のはず。


「どうぞー」


 動きたくない私は、寝そべったまま返事を返す。

 ドアが開かれるとメイドさんがぺこりとお辞儀をして、「湯あみの準備が整ったのですが……」と伝えてくれた。

 湯あみ……つまりお風呂!


「うそ、お風呂あるの!」


 その衝撃的な事実に私は思い切り体を起き上がらせてしまった。

 当然、全身に鈍い痛みが走る。


「だだだ!」


 そして崩れる。なんとも間抜けな行動にメイドさんはぽかんと口を開けていたが、慌ててこちらに駆け寄ってきて、「だ、大丈夫でございますか! い、医者を!」と言ってくる。

 大丈夫です、ただの筋肉痛です、ご心配なさらずに。私はそう伝えながらゆっくりとベッドの淵に腰掛けた。

 いやまさか、お風呂があるとは思わなかった。


「あら、クードゥーも粋なことをするわね。せっかくだし、頂いてしまいなさい。その疲れ、寝るだけじゃ取れないでしょ?」


 ラミネは微笑みながら、私の右肩に乗る。まさかついて来るつもりかしら?


「驚かないでよ。このガランド城の浴場は他じゃ見られないぐらいに豪華なんだから」


 ほらほらと私の髪の毛を引っ張るラミネ。やっぱりついてくるつもりだ。

 だけどまぁ、いい。まさかお風呂に入れるとは思っていなかった。

 私は即答して、心を躍らせた。

 乙女である以上、お風呂は外せない。汗くさいのはちょっと恥ずかしいから。

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