第3話 聖女ってなぁに

「お召し物はこちらとなります」


 私の目の前にはリアルなメイドさんがいた。曰くひとまずの世話かがりということであてがわれたのだ。

 もとの世界ではメイド喫茶という存在もあったし、お決まりというべきか学園祭の出し物でメイド姿を披露したこともある私にとってはあんまり特別な感じはしなかったけど、こうしてリアルなメイドにお世話される体験はなんだか新鮮である。


「……なんかやらしい」


 私はメイドから真っ白な修道着のような衣裳を渡された。それはふちに金や銀の刺繍が織り込まれており、全体的にゆったりとしたものだった。どんな体形であっても帯を締めれば着られるように考えているのだろう。一見すると清楚の一言……なんだけど、ちょっとこう胸元が空き過ぎじゃないかしら? 谷間を強調しろとでもいうのかしら? だとしたら相当なセクハラだ。


 いや、もしかしたら過去の聖女たちはみんなこんな感じだったのかもしれない。アニメじゃよく見る姿だ。まさかこんな世界までもそんなルールに縛られているとは……

 どちらにせよ着るものが寝巻しかないのだから、私はしぶしぶとその衣装を受け取る。足元なんかスリットはいってないかこれ?

 とんでもない『変身』をして見せて王様たちを驚かせた私は、意外な事に厚遇されていた。てっきりと「貴様は聖女ではない!」みたいな感じで追い出されるかと思ったが、どうやらそんなことはないようだった。


 それでも王様たちはかなり戸惑っていたけれど、私が世界を救う聖女であることに変わりはないということで、国賓並みの扱いを受けている。客間の一室もかなり豪華でソファーもあれば、何に使うのかわからない壷やどこかの風景でも描かれた絵画が飾られている。メイドさんも一人ではなく五人がずらりと並んでいて、食事の用意もされていた。

 そんな空間の中で、未だにピンクの寝巻姿の私はなんとも不釣り合いなのである。


「はぁーしっかしなぁ……」


 真っ白な衣裳の裏表を見ながら、私は溜息をついた。


「聖女になれとか世界を救えとか、冗談にもほどがあるわよ」


 ところでこれというのはどうやって着るのだろうか。上からすっぽりとかぶればいいのか? しかしよくみるとこの衣裳は一枚の布だけでできているようで、色々と折り曲げたり、しめたりしないいけないらしい。

 助け船として先ほどのメイドさんに声をかけようとすると、「冗談なのはこっちよ!」と甲高い声が響いた。小さな妖精……精霊ラミネの声だ。


「何よあの姿! 聖女じゃないじゃない! 私は騎士を召喚したつもりはないわよ!」


 ぷんすこと頬を膨らませて、怒りの表情を浮かべるラミネ。どうやら感情によって髪や羽の動きに変化があるらしく、今のラミネは金髪を逆立て、音がする程に勢いよく羽ばたいていた。

 ピロンと音を立てながらラミネが私の鼻先に立つ。


「いえ、それ以上になんであんなのが創造されるのかしら。こんなの異常よ、先代様からそんな話聞いたことすらないわ!」

「そんなこと言ってもできちゃったものは仕方ないじゃない……あ、すいませんこれ着せてもらっていいですか?」


 イメージしろと言ったのはそっちだし、その通りに作る方が悪いのだ。私は悪くない。

 私がイメージしたのはやはりというかこの世界では見たことのない鎧らしく、王様も兵士たちも警戒を解いたあとは物珍しそうな視線を向けてきていた。


 まぁ私がイメージしたのは鎧じゃなくて『ソウルメイカー』の『クリステックアーマー』なのだが。

 『ソウルメイカー』とは元いた世界で放送されていた特撮番組だ。宇宙で生成される特殊合金とそれから発せられる特殊なエネルギーで活動するヒーローで、宇宙からの侵略者であるヤシャ一族との壮絶な戦いを描いた……まぁもう見れないわけだが。


 ともかく私、一ノ瀬明香は十七にもなるのだが、どうにもこのヒーローものというものが好きらしい。理由なんてない。かっこよくて強い存在は女の子の憧れだ。他の人たちはそれがイケメン俳優とかになるのかもしれないが、私はそれがたまたま特撮ヒーローだったってだけだ。


「いい? 聖女というのは神聖なものなのよ! それをあんなわけのわからない姿にして……!」


 ぷりぷりとラミネが怒っているのを聞き流しながら、私はメイドさんたちの力を借りてやっとこの修道着を身に着けた。あちこちスースーするのは別にいいのだけれど、生足とか見えてないかしらこれ? というか脇とかもろ見えなのはどうなのよ。趣味か? 王様の趣味か? それとも聖女はこういうものなのか? 教えてくださいよ先代様方。


「ちょっと聞いてるの?」


 えぇい、聞いてる聞いてる。わけがわからないとか何とか言ってるのはわかっていたわ。


「ソウルメイカーよ」

「は?」

「あの姿はソウルメイカーっていうの。私の世界でやってる……あーまぁ演劇の中の勇者の姿よ」


 テレビ番組といってもこの世界じゃ伝わらないだろうし、私は適当に言葉を濁した。多分これが一番わかりやすい説明のはずである。


「あぁ……そう……とんだ聖女候補を呼んじゃったみたいね、私」


 納得はしていないが、取り敢えずはといった具合にラミネが溜息をついた。


「そりゃ悪うございました」


 だって私、聖女って柄じゃないもの。

 私は脱いだピンクの寝巻を畳みながら、私はそう言ってやった。


「本気じゃないでしょそれ」


 じろっとラミネが睨んでくる。

 金色のドレス姿だというのにこのラミネという妖精……精霊はなんとあぐらをかいている。神聖だなんだという前に自分の神聖さというか世間一般に対するイメージを崩そうとするのはやめないかな。口が悪いのはキャラとしては結構ありきたりなのだけれども。


 そういえば『ソウルメイカー』にも口の悪いマスコットキャラがいたなぁと思いだす。まぁあっちはエイリアンという設定なので、かなり作り物感あふれる毛玉の宇宙人だったが。


「はぁ……お許しください、お歴々様方……私はとんでもない失敗を犯したようです……この罪は一生をかけて償っていく所存でございます……」


 なんだかあてつけがましい演技でラミネが呟く。


「まぁいいわ。それで、そのソウルメイカーとやらに憧れてあんな姿になったということは、とにもかくにも聖女として世界を救うことは出来るって認識でいいのかしら?」

「んー……どうだろ?」

「あのねぇ!」


 ラミネのキンキン声が鼓膜を揺さぶる。耳鳴りまでしてきた。

 私は耳を抑えながら、「だってそういう話は好きだけど、当事者になるだなんて思わないじゃない!」と反論してやった。


 だってそうでしょう? 誰しも物語の主人公に憧れはすれど、実際にそんな人生を送ってみたいかと言われれば絶対に違う。

 ドラマみたいな恋愛は憧れるが、あんな面倒臭い劇的展開はリアルじゃ胸やけするし、戦う主人公たちはかっこいいけれど、あんな痛い目に合いたいなんて人はいない。ありていに言えば覚悟が追いつかないのだ。いざ空想が現実になれば心が躍る反面、戸惑いも生じるものだ。


 かくいう私が今まさにそれなのだ。「お前は今日から悪と戦う戦士だ!」なんて言われて「はい、わかりました!」と言えるのは物語の主人公ぐらいなのだ。それができるから彼らは主人公たりえるのだから。


「戸惑いも嘆きも捨てなさい。別に私はあなたを困らせる為に召喚したわけじゃないの。そういう天命なのよ、あなたは」

「天命? 私が大好きな特撮……演劇が見られなくて、しかも元いた世界に戻れないのもぜーんぶ神様の仕業っていいたいわけ?」


 とんだ神様だ。会うことがあれば一つ二つ文句を言ってやる。そういえば、この手の異世界召喚ものには大抵『神様』のような存在が出てくることが多いイメージだが、私の場合はそうじゃなかったな。この精霊のラミネがそうだと言われればそうなのかもしれないが、神様にしてはちょっと威厳がない。


「信じる信じないは自由よ。聖女の召喚は殆どランダム……誰が召喚されるかなんて、それこそ呼んでみないとわからないもの。少なくとも過去三人の聖女はあんなわけのわからない鎧姿じゃなかったようだけど……」

「わけわからんいうな。私の好きなものだぞ」


 洗練されたメタルボディの良さがわからぬ奴め。過去の聖女様方が一体どんだけファンシーな姿をしていたのかは知らないが、私のイメージする聖なる心と強き意志を体現した姿は『ソウルメイカー』なのだ。


 まぁそれはいい。流石に存在も概念も知らないものを押し付けるのはちょっと大人げない話だ。

 それよりも問題なのは今後である。このまま進めば恐らく私は「世界を救う」事になるらしい。具体的な話はまだされてないが、冷静に考えれば「戦う」ことになるのだろうか?


「ねぇ、聖女聖女って言うけど、具体的には何するの? 神様に祈りをささげればいいの?」


 私の中の聖女のイメージはこんなものだ。宗教的な話は全くわからないが、なんか凄いことした女の人に贈られる言葉だったと思う。聖女でピンとくるといえば『ジャンヌダルク』だが、あいにくと私は彼女が最後、処刑されたこと以外は知らない。この人、何をやったんだろう。もう少し歴史を勉強しておくんだった……特撮の超古代文明の年号と名前はすらすらと答えられるけど。


「祈りはそうね、それに近いことはあるわ。聖女は名のとおり、聖なる存在。悪しき存在を消し去り、人々に光をもたらすものとされている。時に聖なる力をもってして魔を滅し、時には傷を癒し、その溢れる慈愛により人々を守ってきた……聖女とはただそこにいるだけで荒れ果てた世界を輝かせるのよ」

「へー凄いじゃん」

「何他人事のようなことを……とにかく聖女とは悪しき存在に対する力であると同時に人々の安らぎ、希望の象徴よ。戦いだけならばら聖女をしのぐとされた勇者の存在も確認されているけど、重要なのは力じゃない。人々の心のよりどころとなることなの。それこそが聖女の大いなる奇跡の力となるわ」

「大いなる奇跡?」


 必殺技のようなものだろうか? 人々の心を受けて、パワーアップする的な話は大好きだ。限定的な強化形態はわくわくする。


「なにその顔……」

「へっ?」

 

 いかん、いかん。ついお約束展開を妄想してにやけてしまったようだ。


「フン。とにかく、大いなる奇跡というのは過去三回において全く異なる結果を出してるから、一概には言えないけれど、そうね……伝説が語るには世界の闇を永劫に封じめた結界を作り出し、世界を救ったというのが初代聖女の奇跡よ。二代目は邪竜の毒によって死した大地を清めたともされたし、この時は聖女を守る勇者がいたのだけれど、その勇者の死を奇跡によって復活させたとも聞くわね。三代目はよくわかっていないのだけれど、その身を世界に捧げ、今も崩壊を食い止めているとからしいわ」

「なんか最後がきな臭いんだけど……」

「愚かな話だけど、三代目聖女の頃はこの世界は動乱の世だったわ。人の国同士の争いはもちろん、闇を復活させようとする連中もいて、相当だったらしいわ」


 話を聞いていると「らしい」ばかりでこれまた具体的な話が見えてこなかった。ラミネが付け加えるには「三代目の戦乱の時に貴重な資料も当時を知るものもいなくなった」かららしい。

 ラミネの何十代も前の精霊も消滅してしまってほとんどが口伝としてしか伝わっていないのだとか。

 とにかく、戦いは避けられないようだ。今現在、私がこんな厚遇を受けているのは恐らく首を縦にふらせようとしているのだろう。それぐらいの考えはなんとなく思いつく。

 はぁ……どうしたもんかなぁ。このまま流されるまま流されて、戦いだなんだに巻き込まれるのは、ちょっと勘弁だなぁ……などと思っていると部屋の外が何やら騒がしい。


「アナ様! お待ちください!」


 野太い女性の声が聞こえる。それとは別に部屋の前で警護兼見張り役の兵士も慌てたような様子だった。

 そして、なんだなんだとぼんやり眺めていた扉が勢いよく開かれる。

 その先にいたのは一人の女の子だった。

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