第2話 聖女……ではない!

 いきなり私のことを『聖女』だなんていうクードゥー王はダンディズム溢れるフェイスで微笑んでいたが、微笑はすぐに消え、真剣そのものと言った顔を作った。それだけでも場の空気はどことなく重くなる。この部屋全体が妙に暗いにもその感じを加速させていた。


(あー、あー……なる程? そういう? そういう感じ?)


 かくいう私は『召喚』とか『聖女』とか、そのあたりの言葉で大体の流れを掴んだ。

 これはあれだ、物語でよくある奴だ。

 なる程、聖女ね。聖女……一体私のどこにそんな要素があるというのだ。


 私こと一ノ瀬明香は普通の女子高生だ。認めたくない話だが、浮いた話の一つもないし、男の子から告白されたこともない。かといってこちらから告白するなんてこともないのだが。

 成績は中の下。文系はなんとか、理数系は壊滅。英語は捨てさった。スポーツは出来ないこともないが、運動部に勝てるわけもないし、平均的な女子学生そのものである。


「あの、聖女ってなんですの? 私、自分でいうのもなんですが、どこにでもいる一般階級の娘なんですが……」


 ここは誤解があってはならない。無理難題を押し付けられる可能性もある。それにこの展開、なんとなく嫌な予感がしていた。

 というか、クードゥー王は思い切り「国を救え」などと言ってきた。これはまずい。とてもまずい。


「この数千年の間、聖女が出現したのはたったの三回。中には奴隷の身分だったものもいたそうよ」


 ここで小さな妖精ラミネによるいらないフォロー。

 彼女の言葉にクードゥー王も頷いている。


「聖女に選ばれることに身分は関係ない。清らかなる心と強い意志がある者が選ばれるのだ」


 その清らかな心と強い意志とやらが欠けていると自負できるのが私です。持つような努力はしていますが……

 まぁ口が裂けてもこの場では言えないことであるが、私はさてどうしたものかと考えを巡らせる。

 間違いなくこれは異世界への召喚だ。しかも聖女ときた。多分、勇者召喚の女版と言ったところか。


 ということはつまり、魔王を倒せとか言われるのだろうか?

 そういう話、嫌いではないが、よもや自分がその立場になろうとは思っていなかった。

 それ以前にちょっとそういうのはお断り願いたい。私はただの女子高生なんだ。切ったはったは出来ない。見るのは好きだけど。


(あーだけど、物語の主人公って大体そんなもんよね……)


 一人勝手に納得してしまったが、往々にしてこの手の話の主人公はみんな素人が基本だ。そこに何かしらの特典ともいうべきものが与えられることでやっとその世界で活躍できるのが常である。

 私の好きな『彼ら』ならまた違うのだろうけど、ちょっと状況も違うので、比較対象にはし辛いなぁ。

 ともかく、召喚されてしまった以上、私にも何かあるのだろうか?

 私はもう一度自分の体を確認したり、目を瞑って軽く色々と念じては見たが特に変化はなかった。


(こういう場合、なんだ、ステータスってのが見れることが多いけど……)


 いきなりそんなことを口走ったら不審な目で見られそうだ。それ以前に私も恥ずかしい。

 なんでこの手の物語の主人公たちはいきなりあんなことを恥ずかしげもなく言えるのだろうか。叫ぶならもっと他にあるでしょ、必殺技とかさ。


「ねぇ、あなた大丈夫? どっか痛むの?」


 しかし、そんな風にあれこれ自分の中で突っ込んだり悩んだりしている姿もまた外からすれば怪しい姿に見えたらしく、ラミネが困惑したような顔で私を覗き込んでいた。


「え? いや、そうじゃなくて、ちょっと混乱しているというか、いきなりというか……」

「まぁいきなり聖女なんて言われて『はいわかりました』なんていえる子なんていないわよね」


 ラミネはピロンと音を立てて私の周りを飛び回る。そのたびに鱗粉のような光の粒が舞っていた。その光は雪のようにすぐに消えていく。

 小さな妖精は私の目の前に再び現れると、金色のヴェールのようなドレスの裾を持ち上げて、淑女らしいお辞儀をしてくれる。


「改めて、ようこそ次代の聖女。此度の召喚に応じてくれたこと、感謝いたします。驚きは無理もないことですが、召喚がなされたということはあなたはまさしく聖女であられます。世界の闇を払い、人々を救う聖女、清く美しく、しかして燃え滾る強き意志の聖女よ! その麗しき姿を見せるのです!」

「あっ! なにいきなり怪しげな呪文を!」


 ラミネが言葉を紡ぐたびに足下が煌々と輝きだす。さらには私の体のあちこちまでもが光りだした。

懇切丁寧な説明をしてくれるのかと思ったが、その言葉はいつの間にか詠唱へと置き換わっていた。

そんなまさかのトラップに私は大いに慌てる。が、しかし体は杭でも打たれたかのようにぴくりとも動かせないでいた。


「ちょっといきなりはやめて! 事情を! 事情を詳しく説明……きゃあぁぁぁ!」


 カッと目の前に光がほとばしる。風、衝撃、なんと形容するべきか私の体を光の渦が取り巻く。スカートをはいていないのはせめてもの救いだ。こんな風に煽られたら丸見えになる。

 などいう場違いな事を考えていると次なる変化が訪れていた。光の渦を突き破り、金色に輝くラミネが眼前に現れる。ラミネはにこっと笑っていたが、私はそんな余裕はない。

 こちらの困惑を知ってか知らずか、ラミネは「心を落ち着かせて。清らかなる心を保ちなさい」と語りかけてくる。どうやら中断するつもりははなからないらしい。


「あ、あのね! あなたいきなりなこというようだけど……って、えぇぇぇぇ!」


 私の言葉を無視するようにラミネは光の玉となり、どういうわけか私の体の中にすっぽりと入っていった。これには叫び声をあげても仕方ないと思う。別の生物が自分の体の中に入っていく様を見せつけられたのだ。これで平然としている奴なんていない。


 しかし、ラミネが体の中に入っていったのに、私の体は痛みを感じていない。そもそも体を傷つけるようなものではなく、わかりやすく言えばラミネが私に取り込まれるような感覚であった。

 もちろん血も出ていない。私はラミネが入っていった胸のあたりをさすってみるが悲しいぐらいに小さな胸があるだけだった。


『イメージなさい。それが聖女たるあなたの姿よ』

(直接脳内に!?)


 不思議な感覚だが、自分の中からラミネの声が聞こえる。若干エコーのかかったラミネの声は耳をくすぐるように優しく甘い囁きに聞こえる。これ、女の私でもちょっとくらっとくるかも。

 だが、イメージとしろきた。聖女の姿なんて急に言われても困るものだ。『聖女』という単語はアニメや漫画でたまに耳にするものだが、姿をイメージすることなんてまずない。


「イメージしろたってそんな急に!」


 聖女、聖女。頭で考えると余計に雑念のようなものが混じってくる。

 今の私の頭の中は色んな絵具をぶちまけたパレットのようになっている。


『ほら、ぐずぐずしない! 戦う姿、強い意志も持つ、あなたの思い描く聖なる姿を!』

「うわわわ!」


 なんだか母親に叱られたような気分だ。ぴしゃりと言い放つラミネにせかされ、私は彼女の言葉通りにイメージを膨らませる。

 そう、私が思い描く戦う姿、強い意志を持つ、聖なる姿……


(ある! イメージ通りの姿!)


 ピンと私は閃いた。細部まで細かくイメージできるだけの姿が、私の中にはある!

 だが、それは聖女ではない。だからどうした。こちとらいきなり召喚されて、有無を言わさずにこのありさまなのだ。

 もうこうなれば好きにしてやる!

 私はせめてもの仕返しぐらいの感覚で、『聖なる姿』をイメージする。


『え、ちょっとまって、これは……』


 脳内に響くラミネの声には困惑の色があったが、もうしったこっちゃない。光の渦はさらに強さを増して行く。奔流というべきか、竜巻のような音まで響いて来る。


『違う違う! これ聖女じゃない! あなた何考えてるの!』


 相変わらず脳内でラミネの戸惑いの声が聞こえるが、どうやらもう彼女にもどうすることもできない段階だったらしい。

 その瞬間、私は体の内側から熱いものを感じた。しかしそれは体を焼くような不快な感覚ではない。だが、熱く迸る熱が、全身を駆け巡っている。

 そして爆発でもしたかのような光が室内を灯した。衝撃が篝火を大きく揺らし、その場にいた全員が身構える。


「凄い、本当にできた……」


 私は自分の掌を見てそう呟いた。


「な、なんだこれは……」

「クードゥー王、これが聖女のお姿なのですか?」


 光が収まった頃、クードゥー王もメッツァも目を点にして、私を見ていた。二人だけではない。その場にいた全員が私に驚きの表情を向けているのだ。


 それも無理はないだろう。なぜなら今の私の姿は『聖女』からはかけ離れたものだからだ。

 腕、胴体、脚は銀色の光沢を放つ鎧に包まれているが、その姿はメッツァたちのような中世的な鎧ではない。いわばメタリックスーツともいうべきその鎧は指先までもすっぽりと覆っていた。胸元の装甲も女らしさなんてものは欠片もない姿であり、紅蓮の炎のような紋章が輝き、異彩を放つ。背中には翼のようなバインダーが装備され、一度だけガコンと展開し、蒸気を吹き出し、元に戻る。両肩には同じく銀色のプロテクターが装着され、腰には天使の羽を模した彫刻が施された金色のバックルがあった。


 しかし、一番彼らを驚かせたのは頭部だろう。今、私は素顔を晒していない。それは兜を、否、仮面を身に着けているからだ。

 仮面もまた白銀に輝いているが、真っ黒なゴーグル状のカバーで覆われている。それらを囲むように全体的に丸みを帯びた装甲が頭部を包み、口元もフェイスガードのようなパーツで保護されていた。


「……」


 光の渦はまだ少し、白煙のように漂っていた。

 私はそれを払いのけるようにして、一歩踏み出す。ガチャリと金属音が響く。

 それと同時にゴーグルカバーの内側から鋭く光る目が輝く。

 玉座に座るクードゥー王も思わず立ち上がり、身を引き、メッツァたち兵士も警戒しながら、いつでも剣を抜けるように構えた。

 彼らにしてみれば今の私は見たこともない鎧を着た戦士に見えることだろう。


『なんなのよこれは!』


 ふとラミネの怒った声がなぜか左腕から聞こえる。私は左腕を持ち上げ、視線を落とした。そこには涙点型のブレスレットが装着されている。ブレスレットには女神像のような意匠を持つ彫刻が刻まれ、その女神が手に抱えるように持つ真っ赤な宝玉が輝くとまたラミネの声が聞こえる。


『こんなの聖女の姿じゃないじゃない!』


 それはそうだろう。私は『聖女』の姿など思い浮かべてはいないのだから。

 そう……私が思い浮かべたのはヒーローの姿……日曜朝七時半から絶賛放送中! 『光凱機装ソウルメイカー』の『クリステックアーマー』の姿なのだから!

 銀色の装甲に空を駆ける翼、燃える炎のマークは正義の証! 光を纏いて悪を裂く! その勇ましい姿を私はイメージしたのだ!

 私、一ノ瀬明香は……生粋のヒーローオタクなのだ!

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