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 第二の水晶宮セカンドクリスタルパレスの三階、情報執行局01分隊に与えられたワークスペースの机上では、分隊員が所有する各々の携帯式解析機関ポータブルアナリティカルエンジンがその頭脳とアーム駆動部をフル回転させていた。先日強襲した「カテナ」の拠点で発見された解析機関が回収され、科学技術庁管轄の第二国務解析機関アイザック・ニュートンが全ての通信記録を洗い出し、ぼくたちはそれらの情報をふるいに掛ける作業に当たっていた。

「それで、『北ドイツ国外労働者支援機構』ってのはどういう連中なんです?」ダグラスが解析機関のアームを叩きながら、「資料を見る限り慈悲に溢れた外国人支援団体って感じですけど」

「北ドイツ連邦時代に加盟諸邦の諸侯たちが設立した組織だ。聞こえはいいけれど、実態は領民たちの連邦内での移動を監視するのが主な目的だったらしい。で、自国産業の発展が阻害されるとして近年まで活動を停止されていたそうだ」

 リズはミルクチョコレートを頬張りながら、「活動が再開したのは六年前、ビスマルクが更迭された翌年からですね。もっとも、従来の業務内容から一転して、熱心に国外労働者を援助しているみたいですよ」

「そうっすね。英国にいた、ドイツ人でもない連中が組織した犯罪者集団にわざわざイタリア製の拳銃を三〇〇丁供与する程度には熱心だったらしい」

 スペンサーの予想はすべて当たっていた。回収された解析機関からは、「北ドイツ国外労働者支援機構」なる組織との通信記録が滝のように溢れ出てきた。ぼくたちが屋敷に侵入する三時間二〇分前にもその通信は行われていたようで、いかにその「支援活動」が熱心であったかが窺える。

 解析機関が特定のワードに絶えず反応し、ぼくたちに一つの事実を主張し続けている。今回の事件も、ドイツ皇帝の掲げる世界政策の一環として行われた工作の一つであること。解析機関に接続された印刷機プリンタが吐き出した、マーカーが付けられている通信記録が追い打ちをかけるようにそれを証明している。

 この「カテナ」と呼ばれていた犯罪組織も、もともとは様々な事情からイタリア、特にシチリアを追われて英国にまで入植してきたごく普通のイタリア人労働者団体であったようだが、「支援組織」に何かしらの思想を吹き込まれたのか、英国に牙をむくテロリスト集団へと成り下がってしまった。

 ボデオのマズルフラッシュをぼくは思い出していた。あの一瞬の光にすらドイツの謀略が紛れ込んでいたのかと思うと、今頃地獄あたりを彷徨っているであろう構成員たちがなんだかかわいそうになってきた。

「この通信記録を見るに、すでに組織内にドイツの対外工作員が潜んでいるのはほぼ確実だ。証拠は通信記録だけじゃないからな」

夢幻回路デイドリーマーですね」

 英国の東アジアに対するアヘンばら撒き貿易政策に対抗してドイツが開発したとされているこの麻薬を再現した導子回路は、すでにドイツが唾をつけている青島チンタオやら日本帝国の統治下となった台湾やらに出回り始めている。

 この導子回路を使った跡、すなわち回路痕と呼ばれる、人間の制御下を離れた回路が蒸発した後にわずかに残る粉末が、眠ったままウェブリーで頭を撃ち抜かれて死んでいった構成員たちの部屋で複数見つかった。

「文字通り、夢心地のまま死んだってわけですか」

「今のところこの回路がドイツ以外で製造されたという報告はない。こいつも国外労働者機構からもたらされたものだと考えていいだろう」

「それで、どうするんです?この組織、イギリスに支部がありますよね」

「情報保安局によると、五日後の午後一六時からリヴァプールの支部で定期会合が開かれるそうだ。ぼくたち執行局はその現場に突入して居合わせている職員たちをすべて拘束する。今回は殺害じゃなくて拘束だ。あらかじめ非殺傷制圧回路サプレッションを銃弾に書き込む必要があるからその辺はしっかり頭に入れておいてほしい」

「戦闘が起きる可能性があるということでしょうか」

「保安局から職員の出席名簿を受け取ったが、現役の帝国軍人が三名と元プロイセン軍の退役軍人が二名、そしてクラスD、Cの導力技術者資格保持者が一四名。間違いなく導力戦は起こるだろう。念のために環境同化回路カモフラージュを張って作戦は進められるが、導力干渉でほぼ姿を剥かれるだろうな」

「軍人が在籍してるなんて、ますますきな臭くなってきましたね。というか、その名簿って出所はどこなんですか」

「保安局がニュートンにオックスフォードの解析侵入クラッキングソフトウェアを噛ませて支部の解析機関へハッキングしたらしい。一分で歯車防壁ギアウォール突破、その二〇秒後には長期記憶用メモリーパンチカードの情報を垂れ流しにしたそうだ」

 昔からイギリスでは人を使った諜報活動が行われてきたが、解析機関の登場でその様相は大きく変わることとなる。世界は産業革命を迎えてから一世紀も経たぬ間に情報社会を迎え、情報の価値が指数関数を辿るように高騰していった。

 海を制する者がかつての世界を制していたように、これからは情報を制する者が世界を制する。すでにイギリスは、海軍力へリソースを集約していた時代から情報へリソースを回す時代へと転換しつつある。

 テーブルにはパンチカードが無数に散らばっている。カードは特定の穿孔パターンで紐付けされ、管理され、資産として国庫にしまい込まれる。アダム・スミスが現代にいたならば、このパンチカードも金であり、銀であり、富の一つであると言い切るだろう。もっとも、年間七兆枚ものパンチカードが世界で湯水のように消費されている中でこれを富と周りに言い続けられる自信はぼくにはあまりない。

「またドンパチですか。私、あまり戦闘は得意ではないのですが」散らばったパンチカードをリズがまとめている。「できれば穏便に事を進めたいですね」

「特級導力師のお前がなに言ってるんだ。前の突入でも作業みたいに銃弾撃ち込んでたくせに」

「あれは、たまたまです」

 リズがチョコレートを口にくわえる。三〇個ほどあった茶色の甘味はすべてこの子の胃の中に吸い込まれてしまった。

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