14&15時限目 1.エンタメ論 スプラッタ映画とJホラーと女優霊 まとめ

 はい先週書けなかった講義の文まとめと講義の結びです。キング以外のモダン・ホラー作家については前回の講義に触れられているのを見ていただくとして、こちらではホラー・スプラッタ映画と、日本のホラー作品およびJホラーについて軽く。


 スプラッタ映画のスプラッタというのは「ビシャッ!」「バシャッ!」とかの音を表す英語の擬音語で、血や肉がとにかく大量にまき散らされる内容からこのように呼ばれています。「スラッシャー」「ゴア」と呼ばれることもあるようですが、こういった血糊ドバドバの映画は1980年代に非常なブームを巻き起こし、日本にホラーブームをもたらすとともに、のちのJホラーの下地を作りました。

 これら血みどろ映画のルーツは、これまでこの講義でも何度か出てきたフランス16世紀の大衆演劇、グランギニョルに根を発しているようです。舞台上で凄惨な殺人や醜悪な事件が繰り広げられ、民衆の残酷趣味をとことんまで満足させたこの芸能は、映画という新しい表現手段を得て、ますます発展していきました。

 スプラッタ・ゴア映画のもっとも早い例として、1963年のハーシェル・ゴードン・スミス『血の祝祭日』があげられています。現在の基準からするとかなりおとなしい表現ではありますが、手足の切断、流血、眼球損壊など、当時としてはトップクラスにショッキングな描写で、観客を驚かせました。


 むろこれ以前にもグロテスクだったりショッキングだったりする作品はあり、1950年代にはアンリ・ジョルジュ=クルーゾー『悪魔のような女』、ジョルジュ・フランジュ『顔のない目』などの作品があり、これらは「ショッカー」と称されていました。これらの系譜につらなる作品として著名なアルフレッド・ヒッチコックによる名作『サイコ』(1960)があり、切り裂かれたヒロインの血が湯に混じって流れるシーンなど、先行作品のショッキングさを超えるものとされています。

 サイコ・サスペンス、サイコ・スリラーと呼ばれる一連のジャンルがこの『サイコ』から発しました。異常心理の恐怖を扱うサイコスリラーは題材の内容からショッキングな描写や展開が多くなり、猟奇的なシーンの過激さはしだいに増大していきます。

 こうした流れの中で先述の『血の祝祭日』が出現、露骨な人体損壊描写を含む残酷映画が量産され、異常心理を扱ったスプラッタ・ムービーは、主に若者たちの間で熱狂的な人気を得るようになっていきます。


 こうした流れの一方で、ジョージ・ロメロが生み出した新時代のモンスター、ゾンビが登場します。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)は低予算ながらカルトな人気を得て、腐敗しつつ歩き回り、人肉を食らう生ける死者ゾンビは、この後、映画のみならず小説にゲームにドラマにアニメにと、さまざまな方向に広がっていきます。

 のち、『サスペリア』シリーズで成功したダリオ・アルジェントの協力で『ゾンビ(ドーン・オブ・ザ・デッド)』『死霊のえじき(デイ・オブ・ザ・デッド)』の「ゾンビ三部作」が作られ、今日でもおおく制作されるゾンビ物の原点となっています。

 また『ゾンビ』と同年に、ジョン・カーペンターによる以上殺人鬼による連続殺人を扱った『ハロウィン』(1978)が発表され、のちのち、この「ゾンビ」と「殺人鬼」は、スプラッタ映画の二大水脈として、延々と受け継がれることになります。

 このアルジェントの『サスペリア』はオカルティズムを扱ったホラー映画ですが、1970年代にはウィリアム・フリードキン『エクソシスト』をはじめとした、オカルト映画が人気を得て、オカルトブームが起こってもいました。少女に憑いた悪魔と神父の戦いを描くこの作品と、悪魔の子を扱ったリチャード・ドナー『オーメン』、また邪教集団によって悪魔の子を孕まされる女性の恐怖を扱うロマン・ポランスキー『ローズマリーの赤ちゃん』などがあげられます。『ローズマリーの赤ちゃん』は、『死の接吻』など、サスペンス作品で有名なアイラ・レヴィンの小説を原作としています。

 また、ゾンビものの系譜でルチオ・フルチ『サンゲリア』は、それまでちょっと青ざめた程度の人間でしかなかったゾンビを特殊メイクと撮影で派手に盛り上げ、ゾンビ映画に地位を築きました。はじめ低予算の地味なモンスターだったゾンビは鮮やかな演出やさまざまな役割を振られて人気モンスターとなり、ホラーの一ジャンルとして、確固たる位置を築くようになります。


 あくまで三流でしかなかったスプラッタ映画を、特殊メイクや著名なタレントの起用で表舞台の物としたのがマリオ・バーヴァでした。彼の『血みどろの入り江』は、洗練された作りと一流のスタッフによって評価され、スプラッタ映画ブームの火付け役の一人ともなりました。

 この『血みどろの入り江』をさまざまな形で翻案し、新たな形で生み出したのが、現在もホラー・キャラクターとして著名な殺人鬼ジェイソンを中心キャラクターとする『13日の金曜日』。『ハロウィン』の系譜による超人的殺人鬼ものでは最高の知名度を誇り、監督や設定を変え、最近まで次々とシリーズが制作される人気シリーズとなりました。『エルム街の悪夢』シリーズのキャラクター、悪夢の中の殺人鬼フレディ・クルーガーとの対決企画『フレディvsジェイソン』が制作されたのも記憶に新しいところ。

 また、ホラー・キャラクターとして、ジェイソンと並んで有名な殺人鬼、レザーフェイスが登場するのはトビー・フーパー『悪魔のいけにえ』(1974)。これもまたたくさんの続編やリメイクが制作されるシリーズとなっています。



 さて、日本にこうしたスプラッタ映画が輸入されて人気を呼び、一気にホラー・ブームが巻き起こったのが1980年代。『悪魔のいけにえ』や『ゾンビ』がカルト的な人気を博し、詠歌や漫画、ドラマはもちろん、続々と海外のモダンホラー作品が翻訳・紹介され、これらに触れた日本の作家たちが、のちのJホラー、ジャパニーズ・ホラーの基礎を作りました。

 新しいホラー作家の登場を支えたのは、角川書店が開始した「日本ホラー小説大賞」でしょう。瀬名秀明『パラサイト・イヴ』をはじめ、その後、さまざまなメディアミックスや、ハリウッドへの進出など広く紹介され、映画と同時に、日本ホラーの振興に大きな役割を果たしています。


 初代大賞のバイオホラー『パラサイト・イヴ』をはじめ、貴志祐介のサイコホラー『黒い家』、冥界信仰を材にした坂東眞砂子『死国』、方言による語りで土俗的な恐怖を表現した岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』など、特に初期の受賞作は日本ホラーの土台を作った作品といえるものが少なくないですが、おそらく、その中でももっとも大きな存在となったのが、鈴木光司『リング』でしょう。


 見ると死ぬ呪いのビデオを扱った『リング』は、その中心人物であるところのホラー・ヒロイン、貞子を生み出すことによって、その後、日本のホラーがハリウッドにまで進出し、Jホラーと称するようになるきっかけを作りました。映画化された『リング』(1998)の、テレビ画面からずるずると這い出してくる貞子のビジュアルは衝撃的で、日本的なじっとりとした恐怖の表現、理屈の通じない呪いの戦慄を表現するスタイルは、直接的なショックや、キリスト教的善悪に縛られた海外映画に強い影響を与えました。


 貞子に並ぶホラー・ヒロイン、伽耶子が登場する『呪怨』(ビデオ版2000年、映画版2003年)は、おそらく日本のホラー映画として『リング』と並ぶ著名作といえるでしょう。見ると死ぬビデオに対して、こちらは入ると死ぬ幽霊屋敷。貞子のテレビから這い出す姿に対して、こちらは二階から階段を唸りながら這い降りてくるのがトドメで、両者のショッキングなキャラ立ちぶりは、その後、フレディvsジェイソンならぬ『貞子vs伽耶子』(2016)という対決映画を生むまでに愛されて(?)います。


 講義最終日になる7月28日は、ホラー案内総決算+夏のホラー祭りということで、上記の映画版『リング』の監督と脚本による、Jホラーの原点のひとつともいえる作品『女優霊』を見てもらおうと思います。低予算のビデオ作品で、派手なエフェクトや特殊撮影があるわけではありませんが、じわじわと押し寄せる怖さはかなりなもの。

 ホラー部分以外にも、映画がまだフィルムカメラで撮影されていた時代の空気を感じる映画としても楽しく、芸大の学生さんには、おもしろいのではないかと思います。



 というわけで半年間、エンタメ論というか、なにがエンタメなのかよくわかんないまま、とにかく面白いと思うもの、面白いと評判のもの、評価の高いもの、見ておくと勉強になるかもと思われるものをひたすらあげてきましたが、いかがでしたでしょうか。

 どうもこれでよかったのかどうかという後悔も疑問も、自分でも山ほどあるのですが、講義の初めに言ったように、なにがエンタメなのかという疑問の答えは、おそらく、それに答える人の数だけあります。

「この世には、おもしろいものとおもしろくないものしかない」のであって、なにが「面白く」てなにが「面白くない」のかは、結局自分の目で確かめて、判断し選別し、その中で自分にとっての「面白い」を見極めていくしかないのでは、というのが、私の考えです。

 また来年、講義をさせてもらえるかどうかはまだちょっとわからないですけど、もしさせていただけるのであれば、また違うアプローチも考えるかもしれません。なにしろ初めてのことだらけで、とにかく自分でも無我夢中でしたし、また改めて、エンタメとはなにかについての考えを、はっきりと持てるようになれたらいいなと思います。

 

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