4限目 1.エンタメ論 ミステリ編2

 はいこんにちは、五代です。ゴールデンウィークはいかがでしたか。まあ今回もだらだらと前回の続きのミステリ案内の続きを進めてまいりましょうかね。

 前回は探偵小説、推理小説の最初であるポオの『モルグ街の殺人』とオーギュスト・デュパン、それに続いて現在でも生き残る不滅の名探偵シャーロック・ホームズのお話をしました。



 もちろん推理小説、探偵小説は今でも日々生み出されているし、当時ホームズ以外にも大衆に読まれた探偵シリーズ(『セクストン・ブレイク』物などがそうですが、これは推理というより荒唐無稽なアクションを楽しむ読み物として愛好されました)はありますが、後世に大きく影響を与えた作品といえばおそらくホームズでしょう。

 推理小説の最初の長編としてはウィルキー・コリンズの『月長石』やホラー寄りの『白衣の女』などがありますが、現在の読者からするとさすがに古風で、ちょっと読むのが辛いのは否定できません。

 ホームズが人気を得ると、論理に基づいて推理を進め、事件を解決する推理小説というジャンルが進化していくのは必然のことでした。今でも日本語で読める作品を中心にピックアップすると、まずG・K・チェスタトン(ギルバート・キース・チェスタトン)の『ブラウン神父シリーズ』があります。(現在創元推理文庫で新訳版が刊行中)

 ブラウン神父は丸顔で丸めがねをかけた、ちょっとおとぼけ顔の老神父で、いつもこうもり傘を持ち歩いているのがトレードマークです。相棒の元盗賊フランボウとともに、事件の現場に行き会わせ、ちょっとした人間心理の盲点をついたトリックを見事に解き明かすのが常です。基本的にすべて短編作品で、長編はありません。チェスタトン自身、あまり長編作家ではないようで、ブラウン神父の登場しないノン・シリーズの作品も、ほとんどが短編集です。

 短編であるだけ、こまかな人間関係のドラマに筆は割かず、ほとんど純粋推理に近い切れ味の鋭い推理短編がそろっています。江戸川乱歩はチェスタトンのミステリ趣向を高く評価し、「探偵小説随一」と賞賛しています。思いもしないところからマジックのように謎がほどけていくチェスタトンの手腕は、ブラウン神父のちょっととぼけたキャラもあいまって、今でも古典として広く愛好されています。


 探偵ではありませんが、ホームズと同時代、モーリス・ルブランが海をはさんだフランスで『アルセーヌ・ルパン』シリーズを始めました。まあ日本ではモンキー・パンチによる孫の三世のほうがたぶん知名度が高いんでしょうが(笑)、長編短編いくつかありますが、推理小説的な意味からすると長編『奇岩城』がいちばんでしょう。

 この作品にはルパンのほかに、少年探偵イジドール・ボートルレ君(高校生にして新聞記者の著名な少年探偵という盛りすぎな設定)が登場し、ほかの作品でもルパンと対立してきたイギリスの名探偵エルロック・ショルメス(どう見てもベイカー街のあの人だ)との、三つどもえの追いつ追われつがくり広げられます。

 なお余談ですが、ミュージカルで有名な『オペラ座の怪人』の原作者であるガストン・ルルーは『黄色い部屋の謎』という長編推理小説を書いており、これも古典として名高いのですが、これに出てくる少年探偵ジョゼフ・ルールタビーユと、このイジドール・ボートルレはかなりキャラかぶりしていて、当時ルルーがめっちゃ怒ったそうです。つーかホームズもパk勝手に出演させるしいいのかルブラン。

 小説で読むのもいいですし、今なら森田崇のコミカライズ『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ』(小学館)で読むのもいいですね。ほかの作品も忠実にコミカライズされているのですが、『奇岩城』は、小学館版コミックスの3~5巻でちょうど完結しています。少年探偵イジドール君の造形は今でいうとなかなかライトノベル的でおもしろいので、一度読んでみてください。

 これはSFになりますが、ハンヌ・ライアニエミ『量子怪盗』(ハヤカワSFシリーズ)は、はるか遠未来を舞台にしたルパンもののパロディとでもいうべき怪盗冒険SFで、なんと高校生探偵イジドール・ボートルレ君がまんまの名前で出てきます。ちゃんと探偵です。しかも主人公の怪盗を手助けするのは、一人称が「ボク」の翼をはやした戦闘美少女と人格を持った宇宙船、というなかなかおいしい設定ですので、ちょっとSF特有の造語とかなんとかは適当に流しておいて、未来を舞台にした怪盗と少年探偵(ボクっ娘戦闘美少女つき)を楽しむのもよいかも。


 さて探偵推理ものに戻ると、やはり、アガサ・クリスティも定番ですね。彼女の創造した名探偵エルキュール・ポワロやミス・マープルは、ホームズ同様ドラマ化もされて有名ですが、ちょっとマイナーながら、トミーとタペンスという男女のペアもいて、こちらは探偵というより冒険サスペンスをくり広げるタイプの主人公です。彼らは恋人同士(のち結婚)なので、ちょっとしたロマンス要素もあって楽しめます。

 ポワロの初登場は『スタイルズ荘の怪事件』(早川書房)ですが、ミステリ史上もっとも論議を呼び起こしたのは、『アクロイド殺し』でしょう。ネタばらしというか、いってしまえば一種の叙述トリックなのですが、当時、この作品ははたしてミステリとしてフェアなのかそれともアンフェアなのかという議論が巻き起こり、「信用できない語り手」という概念をミステリに持ちこんだことは、特筆されるべきだと思います。

 クリスティの作品はほぼハヤカワのクリスティ文庫ですべて読めますので、興味をひかれたものから手にとって大丈夫です。見立て殺人と叙述トリックの合わせ技『そして誰もいなくなった』や、日本に舞台を置き換えてつい最近もテレビドラマ化された『オリエント急行の殺人』、「木を隠すなら森の中」を地で行く『ABC殺人事件』などが私の好み。私、どっちかというとミス・マープルがあんまり好きでなくて、ポワロのほうばかり読んでいるので、ミス・マープルものはあんまりくわしくないのですすみません。

 あとトミーとタペンスものは数が少ないのですが、スパイ・サスペンスに加えてかわいいカップルのロマンスも楽しめる『秘密機関』、結婚したふたりが活躍する『NかMか』が好き。『親指のうずき』は二人がちょっと年取っちゃって残念。

 きまった探偵の登場しない犯罪小説として『終わりなき夜に生まれつく』もおすすめです。呪いのかかった場所といわれるジプシーが丘をめぐる青年の転落の物語ですが、クリスティが当時流行だったゴシック・ロマンスを意識して書いた作品といわれ、呪われた場所に建つ館や巨万の資産家の娘、労働階級の主人公、資産家の娘に影のように寄り添う女など、ロマンス小説の定番をきっちり踏んだ上で青年の心理のひだに分け入っていく良作です。呪われた場所に出没して不吉な予言をする老婆って、日本の横溝正史『八つ墓村』を想起させますね。


 チェスタトンやルブラン、クリスティなどに比べてマイナーなのが残念なのですが、私のもっとも好きな探偵小説作家は、ドロシー・L・セイヤーズです。

 セイヤーズの探偵ピーター・ウィムジイ卿は貴族(公爵)の次男で、たいへんな資産家の伊達男であり、なんでもできる万能の従僕バンターとともに、さまざまな事件に飛びこんでいきます。この「間抜けな主人と万能の従僕」というスタイルは、当時人気だった舞台劇、またP・G・ウッドハウスのユーモア小説シリーズ『執事ジーヴス』のスタイルを踏襲しています。(文春文庫から『ジーヴスの事件簿』として刊行中)

 第一作『誰の死体?』から、ピーターが恋する女性ハリエットの視点で描かれる『学寮祭の夜』まで、10作が創元推理文庫で出ていますが、最終作の『忙しい蜜月旅行』だけは、ハヤカワ・ミステリで出ています。新訳版がハヤカワ文庫で出ていますが、なんせ訳がすさまじくひどい(グーグル翻訳にでもぶちこんだのかというレベルで)ので、古い翻訳ですがハヤカワ・ミステリ版をおすすめします。

 セイヤーズはよく「重厚長大な英国ミステリの古典」の代表呼ばわりされます。確かに、シリーズ中でも有名な『ナイン・テイラーズ』は、英国鳴鐘術という、あまり取り上げられない題材とゴシックな雰囲気をもった道具立てで、ちょっと見すこし近寄りづらく見えますし、非常な知的ディレッタントであるピーター卿はしょっちゅう古典や警句などを引用し、フランス語を話し、英国貴族階級の有閑紳士としてふるまいますが、彼の言動のみならず、もともとコピーライターとして働いていたセイヤーズの語り口は非常にユーモラスで、ちょっとした描写やセリフにも気の利いたくすぐりがあり、くすりと笑わせるところが満載です。コピーライター時代の経験を生かして書かれた『殺人は広告する』は、モダンな都会風俗小説としてもなかなか楽しい小説で、個性豊かな人々のいる広告会社の日常をのぞき見ることができます。

 また、成長も変化もしないのが基本のほかの探偵と違って(セイヤーズははじめは意図していなかったようですが)、ピーター卿はシリーズの中でしだいに変化し、成長して、人間的な深みを増していきます。

 彼の変化の大きな要因となる『毒を食らわば』で出会った女流推理作家、ハリエット・ヴェインとの恋愛は、『死体をどうぞ』『学寮祭の夜』を経て結実し、『忙しい蜜月旅行』では結婚したばかりの二人の様子が描かれますが、第一作の『誰の死体?』でのピーターの浅いキャラクターと比較すると、このシリーズ最終作のラストシーンに現れる、ピーターの人格の深化にあらためて驚かされます。

 


 うーんエラリイ・クイーンとディクスン・カーの話もしたかったんですが、入らないかなこりゃ。

 そんなわけで来週はクイーンとカー、そして二人が日本の推理小説に与えた影響、乱歩と岡本綺堂、横溝正史等、日本の本格推理作家についてお話ししたいと思います。

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