第7話

始さんの死から一年後の夏、日本は戦争を終えた。


「これからが大変だよ。頑張らないと。所であんた、やっぱり教師になるのかい?」


「うん。学校の校長先生からお話頂いてるし、組の方も是非にって。お父さんは賛成しているから……」


「そう。でもね、女の幸せは結婚にあるんだから、あんまり手に職をつけるのもどうかと思うよ。まあ、見合いがくるまでの話ならいいけど」


「お母さん……。何度言ったら分かってくれるの? 私は結婚しないわよ」


「またそんな事言って! 本家が許してくれないよ!」



母とは毎日の様にこんなやり取りをしている。終戦から間も無く、私は教師の道を選ぼうとしている。

初等科の子供に様々な事を教えたい。戦中から密かに思っていて、内緒ではあったが組の方々に相談したり、勉強をしたりしていた。

戦争が終わり、周りも余裕が出てきたのだろう。是非にとお話を頂いた。


始さん、何て言うかしら。

きっと賛成して下さるに違いない。私なら大丈夫って。


戦中の春。あの桜を見に一人丘へと赴いた。

約束、叶わなかったけれど、春に舞い散る桜の花びらは実に見事で、一緒に見たかったとまた悲しくなった。


夏の終わりのお墓まいりの帰り道、川沿いに皆で灯籠流しをした。

これから頑張って生きて行きます。と願いを込めて。そして細やかな花火があがり、私はそれを見上げ、胸の中で始さんに囁いた。


「叶わぬ約束は花火の様に呆気なく散り、過ぎる思い出夢の様に儚く。辛い思いに涙枯れ果て。けれど、いつの日かまた、会える事を糧に生きて行きます」



戦争で命を賭した方々の為。お国のためにと闘い抜いた方々のため。そして無念に散った方々のために。それから、始さんのために。


生きながらえた自分達に何ができるか分からないけれど、精一杯生きていきます。

命を繋げながら。



「教師の道は厳しい。それなりの覚悟を持って挑みなさい」


父からそう言われ、私は翌年の春に教師になった。桜咲く頃に。



「皆さんおはようございます。今日からお世話になります、佐野柚です。宜しくお願いします」


まだまだ小さな子供達を担当する事になった。けれど、皆家の仕事に忙しく中々授業が受けられないという。

でも、組長の声で子供達は学校に来る事ができた。


子供達は活き活きとし、学ぼうとしている。

物資が不足していて、教科書は足りないけれど、皆んなの目が輝いている。


「先生! 早くお勉強しましょう!」


「先生! 赤ん坊連れて来てもいいですか?」


「先生。畑行かなくちゃならないのですが……」


皆口々に思いを述べる。様々な事情を抱えているのだから仕方ない。


「皆さん、ここは学校です。色々学ぶ所です。できるだけ、皆さんが大人になっても困らない様にお勉強しましょう。畑や赤ちゃんのお世話は大変だと思いますが、なるべく学んでいきたいと思います」


私はこの子供達が大人になり、不自由なく暮らしていける様に願っている。

だから、私の知識をできる限り伝えていきたい。それが私の今の使命だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの頃に戻れたら 栗田モナカ @Seriemi0113

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ