第4話

それから間も無くして、始さんは戦地へと赴いた。

駅のホーム。始さんを囲う様に皆が集まり万歳三唱をし、軍歌を歌う。

日の丸の旗や千人針、そして温かなおにぎり。

鞄にそれらを詰め込み、最後の挨拶をした。


「皆さん。お集まり頂きありがとうございます。国の為、精一杯頑張ります」


軍服に身を包み、敬礼をする姿はとても凛々しく、また何処か儚く思えた。


生きて故郷の土を踏めるな。お国のためにその命を捧げろ。


誰もがそう思っている訳ではないだろう。生きて帰って来て欲しい。それを恥と思わないで欲しい。本音を口にしてしまえば、服の裾を掴み、汽車に乗る事を止めてしまうだろう。

けれど時代がそれを許さない。


涙を堪え、労いの言葉に本音を隠し、万歳三唱で戦地へと大切な人を送り出す者の運命さだめなのだから。



「お身体を大切に……。手紙、書きます」


笑顔でそういうと、ホームへと滑り込んだ汽車に足を踏み入れ、振り返って最敬礼をした始さんは、私へと目をやると優しい眼差しで微笑んだ。


(約束、守って下さい……)


心の中でそう呟くと閉まるドアに向かい、皆で手を振る。


きっときっと、約束ですよ。来年も一緒にあの桜を一緒に見ましょう。

頼りない約束だとしても、私にとっては大切な約束。


戦争さえなければ。この時代でなければ……。

今更ながらにこの世に生きる自分が恨めしい。


約束を交わしたあの日、私が差し出す白い布を受け取ると、嬉しそうにそれを眺め、ありがとう。そう言って肩にかけてる鞄にしまった。


恥ずかしくもあり、嬉しくもあり、私の胸の鼓動が早くなり、まともに顔を見る事が出来ず俯いてしまった。


「大切にします。貴女の想い……」


優しい言葉に顔をあげると、はにかむ貴方がいた。


「私、きっと待ってます。ご武運お祈りして、待っています……!」


「貴女は強い人だ。頼もしい。自分には無い物を持っている。僕も強くならなければ、貴女に負けそうだ」



そう言って笑う貴方のお顔、決して忘れる事はないだろう。



遠ざかる汽車をずっと見送り、一粒の涙を拭った。




「沢渡さんのお家も寂しくなるわね。ご長男さんは戦死なさって、後継のご次男さんも出征なさって……」


帰り道の母の言葉に更に寂しさを覚えた。


ご両親が一番寂しく思っているに違いない。

ふとご両親を見遣れば、何とも言えないお顔をされていて、誰も言葉をかけなかった。


「うちも兄さんが戦争へ行ってるし、寂しいのは同じよ。沢渡さんのお宅は妹さんもいらっしゃるし、大丈夫よ」


「そうね。後継は妹さんがいるものね……。うちは気にしなくていいから、時期がきたら貴女もお見合いなさい。まあ今は戦中だからそんな事は言えないけどね」


「お母さん。私まだそんな事は考えられないわ……」


「だから時期がきたらよ」



あの方以外、考えられないとは流石に言えなかった。


戦争が終わって、時期がきたらきっとお見合いをさせられるのだろう。

もし、始さんが帰って来られても、一緒になる事はできない。

ならばずっと一人で生きていこうか。始さんを想って、一人で……。



茜色の空は眩しく、今が戦争の最中で、始さんをお見送りしたなんて、とても現実とは思い難い、そんな帰り道だった。

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