第30話 事象:ITにおける森の中でのお約束について

 クラウは器用に木と木の間を跳躍し、音を立てずにゴブリンの頭上まで到達していた。

 流石お猫様だ。あれならアサシンとして食っていけるんじゃないか?


 だが、ここからが問題だろう。

 クラウは魔物と戦ったことが無い。かく言う俺もあまりないが、クラウさんはこれが初めての命を奪う行動なのだ。

 少しでも怖気づいたりしたら助けに行かなきゃならんので、俺はゴブリンより少し離れた草むらで待機し、クラウさんが飛びかかったと同時に俺も飛びかかることにした。


 俺はクラウさんに視線を向ける。

 クラウさんは静かに頷き――跳んだ。


 綺麗な弧を描き、前方宙返り。美しい。

 そして、その勢いを殺さぬまま、クラウは短剣をゴブリンの首に突き立てた!!


「ぐぎっ」


 断末魔ではなく、息の抜けるようなゴブリンの声。

 俺は反射的にクラウさんを助けるように動いていた足を止めた。


 戦闘音がしないのだ。


 まさか一撃で仕留めたのか?


「……クラウ?」


 俺が恐る恐る近づいていくと、そこには――地面に寝転がった、すでに息絶えたであろうゴブリンと、その血糊を顔に付けたクラウが満面の笑みで立っていた。


 スプラッタなんてもんじゃねぇ。

 悲鳴を上げそうになっちまったじゃねぇか。なんだその笑顔。


「殺ったわ! 殺ってやったわ! なによっ、簡単じゃない!!」

「あぶね、短剣を振り回すな! 血が、血が飛ぶって! つーかクラウ! 解体、解体作業あるから! 俺やったことないから、教えてくれよ」


 そういえばそうだったわね。と言いながらクラウさんはゴブリンの頭を掴み――首を掻っ捌いた。

 噴き出る鮮血。

 やべぇ貧血起こしそうだわ。

 だめだ。俺これ駄目だわ。


「……うぇ」

「やっぱり、アレンこういうの苦手でしょ」

「苦手っつーか、その解体の仕方は予想してなかったわ。一体ゴブリンの素材って何が採れるんだ?」

「牙とか爪とかね。皮は薄くて使い物にならないわ。肉もあんまりないし、食べてもおいしくないらしいわよ?」

「なんで、頭ちょんぱしたんだ?」

「知らないの? 魔物の脳みその中には純度の高い魔石が入ってるのよ?」

「……へー、魔石……」

「苦手だったら見てるだけでも勉強になるわよ? ゴブリンは何処が脆くて、どこが刃を通さない骨が通ってるか――戦う上でもそういうの大事でしょう?」

「あ、ああ……解体は俺にはできそうにねぇな……」


 俺はクラウさんの解体作業を見ていた。

 手早く解体していくクラウ。

 二十秒くらいで頭をかち割ってキラキラ光る人差し指程度の石を取り出した後、指の爪を短剣で斬り落とし、口の牙を短剣でえぐりだしてた。


 うえ。


 無理。


 俺これ無理。


「私こういうの平気なのよね~。なんでかしら?」

「天性の才能みたいなもんじゃないか? やってくれてすごく助かるよ……」

「仕方ないじゃない。得意不得意はあるわよ。ふう。こんなもんね。血の匂いが風に乗って気付かれるまで時間に余裕はないわよ。退散した方がいいかも」

「もっと倒さないのか?」

「ばか。帰り道で仲間を殺されて怒ったゴブリン達に囲まれてもいいの? どうせもう一体くらいはあたりで様子を伺ってるでしょうから、警戒しながら戻るわよ」


 想像した。

 もう2、3体をぶっ殺して体力を使った後、森の入口にいる二人と合流した時、またあの十何体ものゴブリンに囲まれる様を。


 背筋がゾクリとした。

 冗談じゃない。


「囲まれるのは嫌だな……。戻るか」

「一体くらいとは戦う覚悟はしててね?」


 俺は短く返事をして、後ろを振り向いて帰路を辿ろうとしたその瞬間――



 鼻先に剣と思しき刃物と赤茶色の物体が落ちてきた。



「下がれ、クラウ!」

「きゃっ」


 俺はクラウを突き飛ばし、上から俺を狙って不意打ちしようとしてきたゴブリンと相対した。

 盾を構え、剣を抜刀する。

 相手もすぐさま剣を構え、俺と相対してきた。


「げぎゃああ!」

「ふっ」


 未だに戦闘に慣れない体を気合で叩き起こし、一気に頭を臨戦態勢へと切り替える。俺のその行動と、ゴブリンが剣を振り下ろしてくるのは同時だった。

 盾で剣を受ける。

 一瞬でも気持ちを切り替えるのが遅かったら、よろけて無様に隙を見せてしまっていたかもしれない。


「……相変わらず強ぇな」

「ぐぎっ」


 ぎょろり、と以外にも大きい目玉はしっかりとこちらを見据えていた。


 こいつ、後ろのクラウの事も気にかけてるな。

 クラウに不意打ちしてもらおうかと思ったけど、これじゃあできないじゃないか。


 覚悟を決める。

 ゴブリンを甘く見るのはもう終わりだ。

 現実に立ち向かわなきゃならんのだから。


「げぎゃ」


 ゴブリンが俺の事を笑っている。

 ダメだ。誘いに乗るな。

 俺もあいつも武器を振ることに慣れてないのは分かる。

 大振りで攻撃してきたところを、盾で受け止めてカウンター気味に首に一撃。これでおそらく大丈夫だろう。


「おら、こいやぁ!」

「ぐげげっ!」


 挑発仕返してやると、ゴブリンは身をかがめて俺の首めがけて剣を突き出してきた。

 正直に言おう。

 突きで来るとは思わなかった。


 てっきり縦振りか横振りの攻撃をしてくると思っていた。

 またか、またなのか、俺! いや、これは侮ってたっつーよりもシミュレーション不足&実践不足だっ。


 身体が反応するままにサイドにステップし、ゴブリンの剣が俺に突き刺さる直前で避けることに成功した。

 ゴブリンはというと――すかさず態勢を立て直し、再び突きを繰り出してきた。


 突きってどうやって攻略すりゃいいんだ!?

 盾で受けようにも、木の盾なんて鉄の剣の先だったら貫通してもおかしくねぇし、何より衝撃をモロに受けちまうからな。

 盾なんて上手く使った試しがないっつーの。


「ぐっ」

「げぎゃー!」


 こいつ! フェイントかけてきやがった!!

 突きに見せかけて、俺がまた横に避けようとしたら横振りに切り替えやがった!


 動揺するな! これなら盾で受けられる!!


 ゴブリンの攻撃に合わせて、盾で受け止める。

 ――馬鹿力で押し込もうとしてきやがった!


 今がチャンスだ。

 人間だったら盾で受けられた瞬間、避けるか別な角度から切り込むかするっつーのに、こいつはそれをしなかった。


 左手で盾で受けつつ、俺は右手の剣を思いっきり奴の心臓あたりにぶちこんだ。


「ぐぎゃああああああっ」

「うぉおおおおお!!」


 ずぶり、という感覚と共に剣がゴブリンの身体を貫通する。

 断末魔の悲鳴を上げて、剣を取り落すゴブリン。


「ぐぎゃ、ぐぎゃああああ!!」

「アレン! 早く止めを刺して! 仲間を呼ぶ気よっ」

「くっ、おぉおおおおおおおおお!!」


 まだ息のあるゴブリンを突き刺した勢いのまま地面に押し倒し、その醜悪な顔目がけて、俺は全体重をかけて盾で押しつぶした。

 鈍い音があたりに響いた。

 鳴きやんだところをみると。どうやらゴブリンは昏倒したようだ。


「……はぁ、はぁ……」


 息が上がっちまった。

 これなら神威使った方がまだよかったかもな……。


「魔力の強化なしで魔物を倒したのね? すごいじゃない」

「魔力? 強化? んなもん使い方分からんっつーの……もしかしてクラウって魔力で体を強化できんのか?」

「え? 敢えて強化しないで戦ったんじゃなかったの?」

「え?」

「え?」


 あれ? なんだ。クラウは一体何を言っているんだ?

 魔力とか強化とか聞いたことは在る気がするけど、使い方なんて知らねぇしっ!

 俺が知ってる身体強化って、MP消費する神威しか知らねぇんだけど……。


「昨日の夜マリーが寝てる間にハットリに教えてもらって、実際に今日使ってみたんだけど……そういえばアレンって教えてもらってなかったわね……」

「……」


 なんだ。

 ってことは、だ。

 魔力の強化とやらを使えばもう少し楽に戦えたってことか!?


「道理で魔力の気配がしなかったわけね……。いい? アレン。体に魔力を流すだけでいいのよ」

「だから、その魔力ってやつ、どうやりゃ出せるんだ?」

「うーん……私も最初はできなかったんだけど……体の内側に集中すると、こう――ね。しっくりくるものってない?」

「……」


 言われた通り、俺は体の内側に集中してみる。

 すると――地球に居た頃には感じなかった、ソレを感じた。

 熱い。

 心臓の音とは別に、熱い線の中を何かが体中を駆け巡っているのをかすかに感じた。


 これか。


「これを……どうするんだ?」

「取り出して、体の筋肉と言う筋肉に流し続けるイメージをして。それが簡単な身体能力を強化する忍法らしいわ」

「……忍法……ねぇ」

「解体終わったわ。すぐに戻りましょう?」


 解体早いな。


 先を小走りで行くクラウに、俺は着いていく。

 その途中で――コツを見つけた気がする。


「お……」


 体の中心にあるソレを直接筋肉に連動させるようにイメージをする。

 すると――


「っ――」


 めこっ、という変な音がしたかと思ったら、踏み込んだ地面がえぐれていて、次の瞬間には俺の顔面に木が向かって来てた。


 これって、もしかして――俺が地面を在り得ない位の強さで蹴って、その反動でまっすぐ飛んで、木に激突しそうってことか!?


「うああああああああああああ!?」

「アレン!?」


 とっさに両手を突き出したら、俺の二倍くらいある木がいとも簡単に折れちまった。

 目の前で轟音を立てながら倒れる木。

 唖然とするクラウ。


「なんじゃこりゃああああ!?」


 俺は反動でしりもちをつきながら、叫ぶ。


「加減くらいしなさい! 意味わかんないわ!? どうしたらそんなに魔力を流せるのよっ?」

「……す、すんません」


 あまり痛みのない両手を不思議に思いながら、俺とクラウはハットリとマリーさんが居るであろう森の入口を目指して進んだ。

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