第9話 もう、何も信じられない


 霊障を払う儀式の為、奥のうす暗い座敷へ通される。真ん中に座布団が敷かれており、ここに座るように言うと優衣を残して出て行ってしまった。


(うわぁ、こういうのなんていうか……)


 部屋を見渡すといくつか見慣れない道具が置いてあり、正面の掛け軸には読めないような字が書いてあった。

 暫く眺めていると左側の障子から白い装束に身を包んだ菖蒲あやめが戻ってきた。


(わわっ……なんか本格的)


 呆気にとられていると正面に座り、何やら印のようなものをきる仕草をした。


ボッ


「えっ?」


 暗くて気が付かなかったが、突然部屋の四隅にあった蝋燭が火を灯したのだ!


(い、今の何か仕掛けがあるのよね? うん、きっとそう)


 面食らう優衣に背を向け、菖蒲は正面にある掛け軸に一礼する。そして再びこちらを向くと優衣に一礼した。つられて頭を下げる優衣。


「さて、京から大体のことは聞いたけど、もう一度あなた自身から思い出せる範囲で教えて。今までにあなたの身の回りで起きたこと全部」


「……」


 優衣は菖蒲に小さい時から起こっていた事柄をできる限り話した。


 よく実家の部屋にお菓子などが置かれていたこと……

 中等部に入り、引っ越ししてもそれが続いたこと……

 先日自分宛ての手紙が来たこと……


 山で春華という者に出会い、不可解な出来事にあったこと……


 話しながらいつの間にか、優衣の目から涙がこぼれていた。


「……それと……これは関係ないかもしれないけど……久しぶりに会った爺ちゃんが……私が天狗様にさらわれるって……ひっく……」


「天狗が!? ……そう、よく頑張って話してくれたわ」


 菖蒲は目を閉じ、暫くするとこう答えた。


「話してくれたことから思うに、原因はわからないけどその妖怪から気に入られてしまったのね。気に入った人間を妖怪がさらっていくのは昔からよくあること。振る舞い方からするに、優衣ちゃんを傷つけたりするつもりは無かったのかもしれないわ」


「ひっく……うぅ……」


「理由はどうあろうと危険な場所に女の子一人呼び出して、死ぬような思いをさせたのは断じて許されないことだわ」


 そう言いながら袖から透明な数珠と護符を取り出す。


「まず憑いてる妖の気を払い、それから春華という妖怪を懲らしめましょう」


 再び菖蒲は目を閉じ、口の中で呪術を唱え始める。持っていた護符をばらりと投げると、ひらひらと舞い優衣を囲むように落ちてきた。


(……すごい……くっ!)


 緊張の為か少し胸を締め付けられるのを感じた。


 更に菖蒲の祈祷は続く。徐々にだが、優衣は苦しさがはっきりとしてくるのを感じた。妖の気とやらが体の中で暴れているせいなのか?


(痛っ!……なにこれ?! 苦しいっ!!)


 ついにその場に突っ伏し、うずくまってしまった。

 菖蒲は祈祷に集中しているのか気が付かない!


「いっ……痛いっ!……ぐぅっ!」


 痛みに耐えきれなくなり、のたうち回る優衣!


パチパチパチ


 周りを囲んでいた護符が燃え始めた!


「……いけない!」


 異変に気付いた菖蒲は懐から人型の紙を取り出すと優衣の真上に投げる!

 紙は空中でバラバラに細かくなった!


 護符に付いた火を消すと優衣を揺り動かす。


「優衣ちゃん! しっかりして!」


「……だい……じょうぶです」

「……そう……よかった……」


 ほっと胸をなでおろす菖蒲。


(私の術が失敗するなんて、こんなこと初めてだわ。どのみちこれ以上のお祓いは無理ね、何か他の方法を考えないと……)


 座敷の床を見ると人型の紙が引き裂かれ散らばっている。


(妙ね……只の霊障にしては強すぎる。余程強力な妖怪なのか……それとも……)



ピンポーン


 突然のインターホン。


ピンポーン ピンポンピンポーン


「んもう!……ごめんなさい、優衣ちゃん。もう大丈夫だから楽になる姿勢で休んでてね」


 少しでも優衣を安心させる配慮からか、大きく襖を開けて光を取り入れると玄関へ向かう菖蒲。


「……ふぁぁ」


 緊張の糸が途切れ、畳に這いつくばるように横になると菖蒲が帰ってくるのを待った。


 玄関から声が聞こえてくる。来客は女性のようだが余り良い雰囲気ではなさげだ。セールスか何かだろうか?


………


……遅い。


 一人で居てもあまりいい気分のしない部屋なので、堪り兼ねて玄関まで足を運ぶ。すると玄関越しにはっきりと声が聞こえてきた。



『……だからさ、何でそこで疑うのかな?』

『天狗と言えばあなたくらいでしょ。どうして優衣ちゃんをつけて来たのかしら?』


 天狗?! 一体何の話だ?!


『だーかーら! そんな話、今日日きょうび知らないっての! あたしはあの子にちょっと用があるだけだって! 大体お前だって天狗じゃん!」


『……こっちは乗り掛かった舟だし、最後まで面倒見たいの。横取りみたいな真似はしないでもらえないかしら?』


 菖蒲が天狗?!

 横取り?!


──天狗様に連れてかれる! 優衣が居なくなっちまう!


 養父の言葉を思い出し、思わず後ずさりする。今の会話からして菖蒲は自分が天狗という事を否定してはいない。


 菖蒲が……天狗……。


『あっそう。まぁそこまで言うなら好きにすれば? さっきやってたの除霊だろ? まさかと思うけど霊障か何かと勘違いしたわけ? あんたって昔からそうだよねー、すぐ自分の経験とか直観で決めちゃう。今度やったら死んじゃうかもね~、それとも殺す気だった?』


『な、馬鹿なこと言わないで! 何を言い出すの!?』


『あんたが定例会に顔出さないからみんな疑ってんだよ。人間社会に溶け込んで天狗一匹何してるのか、ってね。妙な連中と一緒にいるのを見た仲間だっている。優衣ちゃんって子も呪術の実験台くらいに考えてんじゃない?』



「っ!!!」


 今の言葉が優衣の心臓を貫いた!


 ……そうだ、おかしいと思った。出会ってから菖蒲は親切すぎるのだ! そもそも菖蒲は本当に京の親なのか? 天狗が京の親を演じているだけではないのか?


ドサッ


 後ずさりしていて段差に蹴躓けつまづき、尻餅をついてしまった。


『優衣ちゃん?! そこにいるの?』

『あーららっとぉ、聞ぃかれちゃったー』



 まずい!


 逃げなければ……このままだと殺されてしまうかもしれない!!

 裏口! 裏口を見つけて逃げねば!


 何とか逃げようと優衣は必死に立ちあがり駆け出す!


「待って! 違うの! 大丈夫よ優衣ちゃん!」


 家の中に菖蒲の声が響き渡るも、疑心暗鬼となった優衣の耳には届かない。何度か転びそうになりながらも逃げるように家の奥へと駆け出す。


(あった! 裏口!)


 鍵が掛かっている。

 開けようとするが手がもつれて中々開けることができない。

 すぐ後ろから菖蒲の声!


「優衣ちゃんお願い! 話を聞いて……!」


「ひ、ひゃーっ!!」


 やっと扉を開けることができ、無我夢中で外に飛び出す!



『いらっしゃーい、待ってたわよぉ』


 反応する間もなく第三者の影に捕まってしまったのだ。

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