第5話 待ち構えていた者


「北上、怪我とかしてないの?」


 驚いたことに死体だと思っていたのは同級生の北上京だった。二人並んで岩の上に腰掛け、優衣が持参した携帯非常食をほうばっている。京は昨日から何も食べていなかったらしい。


「平気だ。それよりここはどこだ?」

高天岳たかあまだけの裏側、かな。知っててここにいたんじゃないの?」


「好きでこんなとこいるわけないだろ……そうか、まだ八汐やしおだっただけマシだな」


 黙々と食べ続ける北上に、優衣はポットからコーヒーを注ぐと渡してやった。


「……前に言ったが捨てられたんだよ、あの馬鹿に!」

「それってお母さんにってこと? どうしてそんな」


「大方、俺が企業の面接や学校の推薦を片っ端から断ったのが気に入らなかったんだろ。そろそろやばいと思ってたが油断した」


「そっそんな理由で捨てられちゃうの?」

「理由なくても捨てられる時は捨てられる。俺が寝てる間に山に置き去り、ひどい時は家から50キロ離れた山奥に捨てられたこともあったぞ」


(それって虐待なんじゃ……)


 自分は母親がいないからよくわからないが、親から受ける折檻にしては、いささか一般世間の常識を逸脱しているのではなかろうか?

 寝ている間に山へ置き去りされたら死んでしまってもおかしくはない。京の母親とはどんな人物なのだろう?


「そのおかげで多少のことで体壊したりしないがな。腕っぷしも誰にも負けん」

「……へぇ。あ、そうだ北上、この場所どのへんか分かる?」


 地図を取り出し北上に見せる。

 もしかしたら山のことに詳しいかもしれない。


「……随分とアバウトな地図だな。よくわからんがあの山の裏側じゃないのか?」


「歩いて行ったらどのくらいかかると思う? 近道とかあればいいんだけど」

「頑張れば暗くなる前には着けるんじゃねぇの? もっともこの天気じゃ止めた方がいいだろう」


 空を見上げるといつの間にか黒い雲がかかり日光を遮っていた。

 気が付けば風も出てきている、吹雪になりそうだ。


「ま、そういう事だ。世話になったな、礼はいつかする」


 キャロリーメイドの包みを丸めると立ち去ろうとする。

 慌てて呼び止める優衣。


「待って北上」

「何だ? 俺は暫く家には帰らないぞ。それと先に言っておくが俺が一緒にその場所へ行こうとか……」


「……ゴミはちゃんと持ち帰らないと駄目じゃない!」



 北上と別れ再び目的地を目指す優衣。熊よけの鈴をチリンチリンと鳴らしながら斜面を下っていく。最近ニュースで知ったがこの鈴は余り熊に対して効果が無いらしい。調べると熊は音だけでなく火も水も平気なようだ。地上最強の生物は熊なのではないだろうか。


 風が強くなってきた、早く安全に簡易テントを張れそうな場所を探さなくては。しかし山の天候は待ってはくれない、一歩進むごとに風は強くなっていく。


 懸命に前に進もうとする優衣の顔に何かが当たった。


「痛っ!」


 後に残るひんやりとした感触。

 雪だ!


 今はまだ3月だが、八汐市は4月に入っても雪が降る年もある。今日は諦めた方がいいだろうか、まだ北上が倒れていた所からそう遠く歩いてはいない。流石にこれ以上は危険だ、一旦引き返して安全な場所に戻ろう。


 そう思い後ろを振り返ると、吹雪で視界が効かなくなっていた。


(嘘……)


 このままでは方向が分からず遭難しまう。慌てて元来た坂を登っていくが、逆風にあおられその場にうずくまる。


(痛い、寒い……このままじゃ!)


 何とか岩や木のかげに身を隠し、少しずつ登って行こうとする。

 体勢を立て直しパッと飛び出した。


びゅぅぅぅぅぅ──!!


「あっ……!」


 優衣の体は風にさらわれ宙に浮き、山の下へと消えていった……。




 どのくらいこうしていただろう、優衣は暗い場所で目を覚ました。


「うっ……」


 幸い体に怪我はなさそうでどこも痛くはない。


(もしかして私、助かった?)


 体を起こし辺りを見回すと壁があり、目が慣れてくると青く光る水晶の壁に囲まれているのが分かった。


(どこだろここ? でもすごい綺麗なところ……)


 下を見るとすぐ傍に優衣のリュックが置かれていた。とすると誰かがここに連れてきてくれたのだろうか? もっと辺りをよく見る為に懐中電灯をつけると声が聞こえた。


『おっ、気が付いたかい?』

「誰?! 北上?」


 反響で誰の声かわからない。人の気配がする方向を照らした。


「ちょっと!そんなんで照らさなくても十分明るいだろ!」

「え? あ、はい?」


 声の主は京ではない、驚いたことに子供の声だ。慌てて電灯を消すと向こうからぼんやりとした姿が見えた。やはり子供のようだ、一体誰だろう?


「でもよかったー、本当に来てくれるなんて! 私嬉しいよ、えへへへ」


 そう言って何故か照れくさそうな仕草をする。


 しかしこの子供奇妙な格好だ。髪は肩まで伸ばして目は大きい。優衣より少し年下の女の子に見えるが、まだ肌寒いというのに浴衣のような着物を着ており帯を長く垂れ下げている。まるで大昔の人間のような風貌ふうぼうだ。


「あなたが助けてくれたの?」


「んー助けたっていうか連れてきたっていうか……。ほら、栗と干し柿と、ジハンキであったかいジュース買ってきたよ! 栗と干し柿は優衣と一緒に食べようと思ってとっておいたんだ!」


 抱えていたものを床に置くとにこにこと笑う。

 だがある違和感に気が付いた優衣は顔をこわばらせた。


「ねぇ……何で私の名前しってるの? あなた誰!?」

「え? 優衣私のこと覚えて無いの?」


 女の子は驚き、急にシュンとした表情になる。優衣に年下の知り合いはいない、仮に小学校の頃いた友達だとしても面識のない顔だった。


「まぁあん時は優衣もまだ赤ん坊だったしなー。私は春華はるか、優衣は私の置いた手紙を見てここに来てくれたんだろ?」


 春華? そんな名前は聞いたこと無い。それよりも『手紙』という言葉に優衣は食って掛かった。


「手紙って、まさかあんたが私の部屋に置いたの!? 勝手に人の部屋に入って!」

「何怒ってんだよ? 優衣が小さい時お菓子置いてった時は喜んでたじゃないか。最近は色々考えてニチヨーヒツジュヒンにしてたけど」


 この言葉に遂に優衣がキレた。


「勝手に人んちに入っといて何なの!? 置いてったものだって殆ど捨てたわよ、気持ち悪い! 何が『ははより』よ! 馬鹿じゃないの! あんたが何者か知らないけどこっちはいい迷惑してたんだから!」


 狭い洞窟の中をわんわんと声が響いた。


「……そんな……ひどいよ……」

「……ふん」


 ショックを受けている春華に気も留めようとせず、荷物をまとめると洞窟から出ていこうとする。


「……あっどこいくの?」

「帰るに決まってんじゃない、こんなとこもう来ないから」


 すると春華は優衣のリュックを掴み、引き留めようとする。


「だめだ! 優衣はここで私と暮らすんだ!」

「いいかげんにしてよ! 山降りたら警察に通報してやる!」


 振りほどくと懐中電灯を付けて出口へと歩いて行ってしまった。

 一人残された春華の心から何か込み上げてくるものがあった。


「……なんだよ」


 悲しみ、憎しみが混ざり合い怒りへと変わる。


「なんなんだよそれって!!」



ゴォ──────────ッ!!



 春華から強風が起こり洞窟の出口へと吹き抜ける。

 優衣はこれをまともに受け外へと投げ出された。

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