第十九章 妻・タキ 姉・カツ

 


 タキ(妻)


 夫は明治39年3月生まれ、私は明治45年3月生まれ、私の姉の世話で昭和11年1月28日結婚しました。その年の12月16日長男通晴が生まれました。喜ぶのもつかのま、昭和12年に戦争に出ました。その時は、生まれたばかりの長男、61才の母と、84才のおばあちゃんの4人で暮らしておりました。ただ祈ることは無事で帰って来ることで、毎日神に念じておりました。そして昭和14年に帰ってきました。長女和子が昭和16年2月に生まれましたが、その年の7月14日にまた兵隊に出ました。

 私は、泣きました。

 よさの晶子のうたではありませんが「君死に給うことなかれ」と神に念じ、毎夜2時に起き、水をかぶりました。

 昭和18年1月19日、無事に帰って参りました。しかし20年には大けがをして半年は歩けませんでした。また子どもも次々に生まれ、夫はなかなか大変でした。それに私が眼を悪くして夫は本当に苦労しました。

 しかし私たち夫婦は年をとってからは本当に幸せでした。

 昨年10月22日に夫は亡くなりました。

 夫は若いうちは苦労苦労の毎日でしたが、長い辛抱の末、私の眼も治り、年を取とってからはとても幸せの毎日でした。

 夫の一番いいところは、忍耐の強さだと思います。それにとっても楽天家でもありました。

 夫が病気中、家族のものみんなが一生懸命世話をしたので、草葉のかげで喜んでいることでしょう。

 

   朝おきて

   梅雨にうたれし アジサイの

   今亡き夫の 思い出に

   ほろり ほろり 涙


 私も今は幸せですので安心してください。私ばかりでなく皆おかげで幸せに暮らしていますので、草葉のかげで喜んで下さい。

 私はあの、私達夫婦49年間を、思い出として心にきざみつけております。


 

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 カツ(姉)


 弟の代が亡くなって、私がこうして八十まで生きているなんて、寂しいようなありがてえような、なんとも妙ちきりんな気分だ。

 それにしても代の死に顔はまるで寝ているようで、安らかなもんだ。ずいぶん痩せていたけど、子どもの頃昼寝していた顔そっくりで、あの顔見たら泣けて泣けてよう…。

 私が生きている間に代の葬式があるとはなぁ。葬式といえば、今は大さわぎをしてえらく派手なもんだが、昔はあんなもんでねぇ。それでも金はかかったから貧乏人はえれぇことだったもんだ。

 忘れもしねぇ、ウチの定吉おとっちゃんが四十代のわけぇのに亡くなっちまった時だ。代もまだ十六くれぇだし、私は十八だったけど、何しろ金がねぇんでなあ。ちょうど私は八王子のハタオリに奉公に出てたんで、わけを話して一年間くれぇの奉公賃をもらって、それで葬式をやったわけよ。代が、姉ちゃんよかったな、って喜んで喜んでよう…。

 代もジイさんになったら、誰かとなく毒を言ったりして頑固だったらしいけど、子どもの頃はいい性格だったもんだ。私が代にいじめられたなんてこたぁ一度もねえし。それとガキの頃からよく勉強ができたんだ、あいつは。時々手紙を筆で書いたりして、それを近所の人が見に来て、ぶったまげたりしたもんだ。

 その頃田んぼや畑がけっこうあったんで、代も野良仕事に毎日一生懸命だった、といいてえところだが、どっこいそうもいかねえところもあったなぁ。なにしろ新聞読んだり、物を書いたりするのが好きで、ちょっと野良の暇を見つけると、そんなことばっかりやってやがる。そんな時私はいつも怒るんだけど、「ねえちゃんはすぐ文句言う!」とじぶくれてたっけ。福室のジイさんとこへ勉強習いに行くときは、それこそ嬉しそうに小躍りしながら行きやがった。もっともだからこそ、まだわけぇうちから、何でも人から頼まれると、どんなもんでも書いてやったりしていたけどよう。

 それと忘れられねえこたぁ、代が戦争行った時だ。天神様でバンザイバンザイって大騒ぎしていた時、代が自分のお袋の方をじーっと見て、何ともいえねえ顔していたっけ。

 まだ色々話すことたぁあるんだけど、八十になると疲れてくるからな。

 まあどっちにしろ、葬式にあんなに大勢来てくれるんだから、おめえらがのオヤジ代吉は、生きているうちにけっこう人のためになるようなことやっていたってわけよ。                    

(1985・昭和60年談)




 


 





                                 






    

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