第21話 本当のロープレとは?

 カタログだけを用いていたロープレも、五月の中旬にはタブレット型のPCピーシーでの商談ロープレへと移り変わっていった。タブレットになると、車種を決めて色を選んで、グレードを決めてオプションを選ぶといったように、タッチパネルで選んでいくだけの簡単な操作なので、慣れれば慣れるほど、みんな操作が早くなっていった。ただそうなってくると、車そのものの商品知識だったり、オプションなどの機能などの知識が絶対的に必要になり、説明をしながらみんなはまた自信を無くすのだった。


 しかし、これでほぼ全ての研修をこなしたことになる。逆にいうと、これでみんな前提となる知識は平等である。後は復習なり勉強するかしないかで、大きな差が出るだろう。


「ロープレって大変だねー。瀬里花は余裕そうで羨ましかったけど」


 未菜が机にその大きな胸を載せ、休憩するように顔を埋め、瀬里花を見つめている。


「まあ、私は車が好きだからね。それに母の仕事上、色んな人から話も聞いたことがあるし、それを生かしやすいだけかも」


 たとえば、母のお客様が語る車の話は、まさに生のお客様の声だ。必ずしも全てのお客様がそうであるとは言えないが、燃費や走行フィールなどは大多数に含まれることは確かだろう。だからこそ、瀬里花の言葉には説得力が宿るのかもしれない。


「そうなんだー。瀬里花のママって、お店開いてるんだっけ?」


「うん、自宅でスナックやってるよ」


 そう言えば彼女にも言っていなかったか。別に隠していたわけではなにのだけれど。


「あーそれで瀬里花がこんなにも大人びて落ち着いているんだー。納得納得ー。じゃあ、やっぱり瀬里花ママも当然美人なのー?」


「う~ん、どうなんだろう。ただ普通に開けちゃうと、お店はいつもお客さんが来すぎて応対出来ないみたいだから、いつも予約制にしてるみたいだよ」


「ああ、予約制な……って、美容室かい!」


 思いっきり爆笑してくれる未菜。瀬里花もそれを見て思わず顔を綻ばせてしまう。


「あはは、本当可笑しいよね。だからね、私も毎日お店に駆り出されているの。十八になってからずっとだから、いい加減もう慣れたけどね」


「へー、そうなんだ。あ、でもさ。瀬里花がホステスやったら、余計お客増えるんじゃね? それだと永遠に店にお客さんの予約入り続けて、瀬里花はずっと休めないパターン! うわー、ずぶずぶの泥沼だー!」


 冷静に考えると、確かにそうなのかもしれない。しかし、泥沼とは昼ドラか。あんまり沼に浸かると、沈んでいって二度と抜け出せないのかもしれない。気をつけねばと瀬里花は思った。


「でも、わかったー。そんな環境で育ったから、だから瀬里花って可愛くてエロいんだねー! だって高級クラブとかラウンジのナンバーワン嬢とか言われても、みんな信じちゃうもんなあ。いいなあ~美人さんは~私もなりた~い。可愛くて綺麗ってもっともっともーーっと言われたい!」


 未菜は本気でそういうことを言うから、恥ずかしくて困る。きっと自分に嘘をつけない性格なのだろう。これまでの彼女がまさにそうだったのだから。


「でも、私としては未菜みたいなおっきな胸に憧れるけどね。羨まし過ぎて、鏡の前でエアーカップとか作っちゃうよ? あるつもりで左右に身体揺らしてさ」


 人前ではとても話せないことではあるが、未菜になら隠さずに話すことが出来た。


「えー、そうかなー? こんなの邪魔だし重いし、ただ肩凝るだけだよ? ただの脂肪の固まりだし、ある意味デブだしー」


「未菜は違うじゃん。全然可愛いし。それにすっごく魅力的! でも、やっぱりそれだけの胸があると、飲み会とか男受けは最強でしょ?」


 ニヤリと口元を緩める未菜。はいはい、知っていますよ、未菜さん。


「ふふっ、コンパではみんなにじろじろ見られるし、イケメンにお持ち帰りされる率、超絶高いよー? いいでしょー?」


「誰もそんなことは聞いてない!」


 吹き出すように笑う瀬里花。女としてつけ入る隙をうまく作るのも、自然と男が集まる彼女の才能か。やはり未菜は憎めない子だなと瀬里花は思った。


 と、そこで他のみんなの動きが止まっているのに気づいた。川野を始め、男子も女子も一斉に二人を見ていたのだ。


 ――あれ、もしかして聞かれてた?


 微かに顔を赤らめてしまう瀬里花。穴があったら入りたいという気持ちが、痛いほどよくわかった。そんな瀬里花を見てか、一度咳払いをする川野。


「話し込んでるところ悪いんだが……許斐と小代……。今はまだ研修中で尚且つロープレ中なわけだが、何か言い訳したいことはあるか?」


「い、いいえ……」


 珍しく二人の声が揃う。それはある意味で川野からの脅迫だった。


「そうだよなあ。あるわけないよなあ。じゃあだ、二人はロープレ中におしゃべりが出来るくらいに、もうロープレが完璧なわけだよな?」


 眉間に皺を寄せ、怒った口調の川野に、思わず顔を見合わせてしまう瀬里花と未菜。


「い、いいえ……」


 二人の息はピッタリだ。ピッタリすぎて、後が怖い。こういう時に良くない流れになることを、瀬里花は知っていた。


「なるほど、目でお互いに合図を送れるほど完璧か。それはそれはだな」


 川野の目が不気味に光った気がした。怖気が瀬里花を襲った。


「ようし、だったらだ……」


 ――何?


「今から君たち二人には、ロープレをやってもらおう。許斐がで、小代がだ」


 ――んっ?


 いつもと違うことをしようとする川野。漫才でもさせようというのだろうか。


「二人で営業役ですか? 一人ではなく?」


 川野の意図がわからない瀬里花。それは未菜も同じだったようだ。


「ああ、二人で営業だ。許斐は先輩役として、後輩の商談をサポートして見せろ」


 なるほど。彼なりに考えてのことか。どうやら川野には、瀬里花の手抜きが見抜かれていたようだ。これは未菜以上に、瀬里花の役どころは大変だ。あくまで未菜に色々気づかせ、商談をさせないといけないのだから。


「私が新人営業役をするのはわかるとして……あれ、川野課長。お客様役は、誰を指命するんですか? 美波さんか河出さん?」


 未菜の声に、力弥や結城、そして千秋が何故か身体を動かし始める。その様は、まるで準備運動をして出番をアピールするスポーツ選手のようだ。だが、残念ながら彼らに出番が回ることはなかった。


「いや、君たちはいい」


 あれ、違うのか。だとしたらやはり彼女たちのどちらか。いや、


「美波、ちょっと付き合ってくれるかな? それと河出も」


 ――やはり。


 女二人対女二人か。それが川野の選んだ組合せか。何かいやらしさも感じる組み合わせだが、それならそれで、瀬里花と未菜の二人で、本気の商談を見せつけるまでだ。


「あ、そうそう。美波には、お客様のをやってもらう。そして河出には、女子高生のだな。二人は話を振られたら、流れに合わせて会話をしてくれたらいい」


「え? 川野課長、何を……?」


 美波も河出も、不思議そうに首を傾げている。もちろんここにいる全員がそうだった。そう、課長の川野を除いては。


 ――何?


 一体何が始まるのだ? 何か企んでいる川野。そしてその彼は、瀬里花たちを見て、不敵に笑ったのだった。


「後は、。さあ、君たちに、本当のお客様を教えてやる。覚悟はいいな?」


「エエエエーッ???!!」


 未菜が絶叫する。瀬里花は言葉が出らず、口が開いたままだった。


 ――そんな、そんな……。


 まさかこんな展開が待っているとは、流石の瀬里花も予想だにしていなかった。


「さあ、の始まりだ」


 会議室に響く川野の声が、恐ろしく不気味に響いて、瀬里花の耳から離れなかった。

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