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 広いグラウンドを抜け、正門を出る。

 その時、ふと悠太の先ほどの言葉を反芻した。

 初任給を待ってくれると言う悠太の言葉を。

 司の初陣がいつになるのか分からないのに、悠太は『初任給』を待ってくれると言う。

 彼の言葉は、司に『未来』をくれるものだ。

 右も左も分からない。過去も素性も分からない自分に、『未来』をくれるものだ。

 正直、不安だった。

 タイムスリップなんて信じられなかったし、天才学者など意味が分からなかったし、自分に対する不信感は限りなかった。

 明日も分からぬ自分に、悠太は『未来』をくれた。


「初任給」

「ん?」


 首を傾げる悠太に、噛み締めるように司は言葉を返す。


「入ったら、必ずご馳走します」


 唐突な言葉に一瞬目を丸くして、悠太はほころぶように笑った。


「楽しみにしてるっすよ」


 笑いながらそう言うが、きっとその時になったら彼は「何のことっすか?」と言うのだろう。

 けれど、必ず

 必ずこの約束は守ろうと、心に決めた。


「商店街はこっちっす」

 促されるまましばらく歩くと、左手方向に大きな公園が見えてきた。今は平日の昼間ということもあるからか、ひと気はまばらだ。いや、もしかしたら、校舎を挟んで反対側ではあるが滑走路が近いからかもしれない。それでも、元気な子供の遊ぶ声が聞こえている。どこにでもあるような、平和な風景だった。

 その向こう

 公園のはずれに、ひときわ大きな木が一本あるのが見えた。

 天に向かって大きく枝を伸ばすその木は、若々しい葉が今まさに実りをつけている頃のようだ。

 司の視線に気付いた悠太は、先にある木を見て頷いた。


「あれ、桜の木っすよ。でかいっしょ。毎年ゴールデンウイークの頃になるとすげー綺麗に咲くんっすよ。俺も今年花見に参加したんっす。女の子と一緒に」

「それは合コンと言うのでは?」

「そうとも言うっすね」


 声を上げて笑う悠太に、司は苦笑を浮かべる。先日、そして先ほど志紀と話していた内容から考えるに、彼は女生徒と遊ぶのがよほど好きらしい。これだけ女生徒と遊んでいるなら、一人くらい特別な関係になっているだろうに。

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