第24話 Neo Galaxy Plan(その4)

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 打ち合わせコーナーが水を打ったように静まり返る

 ほんの数分前は、飲み会の席のように活気に溢れていたのが嘘みたい。

 メンバーの声はもちろん、白鳥さんのキーボードの音さえ聞えない――そんな中、沈黙を破ったのは五十棲いそずみさんだった。


「出店言うのはな、マーケティング調査やらをして『ペイできる』思うたらするんがセオリーや。桜木ちゃんが言うてんのはセオリーを全く無視したやり方やで」


「まさかかおるの口から『セオリー』なんて言葉が出るとは思わなかったよ――セオリー無視はお前の専売特許じゃなかったのか?」


 本気とも冗談とも取れる、今岡さんの指摘に、五十棲いそずみさんは「フッ」と笑うと首を横に振ったの。


「恒彦くん、話は最後まで聞こうや。誰がNGなんて言うた?」


「そうだな……お前のその顔は、うれしい気持ちをグッと抑えているときの顔だった」


 今岡さんの一言に、二人は顔を見合わせてニヤリと笑う。


「何もないところにねぇ……麻耶ちゃんがイメージしてるのは、例えば、人里離れた、山の中にコンビニを作って、そこに客を呼び込むってこと?」


 ジョニーさんが自慢のリーゼントを右手の親指と人差指でいじりながら目を細める。


「漠然としていますが、人がいるところにコンビニを作るのではなく、人がいないところにコンビニを作って人を集めるイメージです」


「そりゃあ、かなりハードだ。でもよ、ある意味、かなりグレートでもある。『何もないところ』を突っ走るのって最高に気持ちいいんだよ――相棒ハーレーのハンドルを握ってるときはもちろん、六法全書ろっぽう片手に乗り込んで行くときもな」


 ジョニーさんが白い歯を見せながら、髪をかき上げる仕草を見せる。身体中から「やる気満々」といったオーラが感じられる。


「わたくしに言わせれば、何もないところなんてありませんよ。それは『人がいない』だけで利用できるものは必ずあります」


 玄米茶のペットボトルの蓋をキュッと閉めると、三上さんが穏やかな表情を見せる。一度「アンパンマンみたい」と思ったらその印象が抜けなくて、麻耶は三上さんの笑顔を見るたびに心の中で笑ってしまう。


「――『自然』っていうのはもともと魅力的なものなのです。みんな『それが当たり前』と思っているから、魅力に気づいていないだけです。仙台周辺は自然の宝庫ですよ。見せ方一つ、味付け一つで魅力は伝わります。何なら、わたくしが実演して差し上げましょうか?」


 不意に、それぞれの目の前にあるパソコンからメールの着信音が鳴る。

 同時に、ノートパソコンのキーボードを叩いていた白鳥さんが顔を上げる。下がって来た眼鏡のブリッジを人差し指で突き上げると、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべた――麻耶たちはパソコンのメールボックスに目をやった。


「現代は、IT社会でありネットワーク社会です。北海道の原野から沖縄の海の中へ瞬時に情報を送ることだってできます。北海道に居ながら沖縄の雰囲気を味わうことだってできます。何よりサン&ムーンは全国を結ぶ強力なネットワークがあります。それぞれのコンビニを、情報発信ステーションとして活用することが可能です。コンビニを使えば、簡単に開発業者や観光業者の真似事ができるってわけです。もちろん、それ以上の超マニアックなことだってできます――ボクがいますからね」


 メールに目を通した、麻耶以外の四人からほぼ同時に感嘆の声があがる。

 麻耶は興奮していた。だって、麻耶の何気ない一言が発端となって、凄いスピードで話が進んでいるのがわかったから――これはブレインストーミングであることに間違いはない。ただ、麻耶の知っているブレインストーミングとは全然違う。


「桜木くんの話を聞いて思ったんだけど、真っ暗な中で光を欲するのは虫だけじゃない。人も光を欲する。そんな前提に立てば、『何もないところ』の方がかえって光は魅力的に映るんじゃないか?」


「恒彦くん、そら、どないな意味なん?」


 今岡さんの言葉に、五十棲いそずみさんが人差し指をあごに当てて小首を傾げる――この仕草で悩殺される男は多そう。実に残念美人だ。


「わからないか? 宇宙そらには腐るほどあるじゃないか。光が――場合によっては、一晩にいくつも流れ落ちてくる」


「星か! 星を売りにするってことか!? 天然のプラネタリウムみたいに?」


 櫛をテーブルに叩きつけるように置くと、ジョニーさんがその場で立ち上がった。その声と表情からかなり興奮した様子が窺える。


「そうだよ。ジョニー。ただ、それだけでは人を集めるには少し足りない……三上、食材や健康をえさに人を呼べないか?」


「餌って……今岡さん、相変わらず過激ですね」


 苦笑する三上さんだったけれど、その表情は満更でもない。


「――言いましたよね? 見せ方一つ、味付け一つで魅力は伝わるって……地元の食材を使った創作料理の十や二十はすぐにでもできます。温泉があれば、身体に良い食材とのコラボでシルバー層を呼べますし、エステをくっつければ若い女性も呼べます。でも、それって、ただの観光開発じゃないでしょうか? ホントに真似事をするおつもりですか?」


「確かに真似事ではある。でも、真似事じゃない」


 今岡さんは、アイス・カフェラテの容器をテーブルの上に置くと、みんなの顔を見ながら不敵な笑いを浮かべたの。


「――すべては、コンビニを中心に展開させる。つまり、こういうこと――コンビニを出店する場合、これまでは、ショップを地域に適合させるため、規模、外観、商品、環境などを検討して地域にフィットするものを出店してきた。でも、僕たちのコンビニは逆だ。

 コンビニがあって、そこに人が集まる。そこに街ができるんだ。そうだな……『コンビニ・リゾート』なんてネーミングが分かりやすいかもしれない。どんな街ができるのか、考えただけでワクワクしないか? だって、僕たちのやろうとしているのは――だからね」


 いつも冷静な今岡さんが、少年のように瞳を輝かせて、興奮気味に声をあげる。他の四人からも同じような雰囲気が伝わって来る。

 麻耶はきっと今岡さんの考えていることを半分も理解できていない。でも、胸のドキドキが止まらなかったの。今岡さんに対してだけじゃなくNGPに対して――麻耶が抱いてきたビジョンがグッと現実味を増した気がしたから。


 つづく

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