第21話 Neo Galaxy Plan(その1)
★
ここ二年で、東北地方における、サン&ムーンのコンビニ事業は軌道に乗った。
M&Aで買収した店舗はもちろん新規の店舗の売り上げも上々で、まさに順風満帆――それは、責任者である今岡さんの手腕が十二分に発揮された結果だった。
それと並行して進めてきたのが、麻耶が
部長としての業務を代行してもらうこともかなりあって、しょっちゅう電話でスケジュールを調整していた。急にNGPの業務が入ったことで重要な会議をドタキャンすることもあった。携帯を片手に平謝りする今岡さんの姿を見たのは一度や二度じゃない――不謹慎かもしれないけれど、
でも、NGPの戦略会議に参加したり現地調査に出掛けたりしたときの今岡さんはとても生き生きしていて、本当にうれしそうだった。以前、今岡さんがNGPのことを「ライフワークとして取り組む」なんて言っていたけれど、まさにその通りだった。
それから、メンバーについてだけれど――麻耶と今岡さん以外の四人は「よくぞこれだけ凄い人を集めてきた」って感じの人ばかり。「凄い」っていうのは、「優秀」って言うよりも「型破り」っていう感じ。どの人も一癖も二癖もあって、自分の信念や哲学を持った一匹狼。みんな、今岡さんが
NGPの活動は、
第一から第四までの四つの
今思えば、NGPの活動は、麻耶にとってとても有意義でとても楽しいものだった。だって、入社して初めて「お仕事をした」って気持ちになったんだもの――型破りな四人と超型破りな一人といっしょにね。
★★
「じゃあ、始めるか――記念すべき『ネオ・ギャラクシー・プラン』の第一回戦略会議を」
今岡さんはコーヒーの入ったカップを静かに置くと、楕円形のテーブルを囲む麻耶たち五人の顔を見ながらうれしそうに言ったの。
お盆の繁忙期が終わって一息ついた、八月のある日、麻耶たちNGPのメンバーが初めて顔を揃えた。場所はサン&ムーン仙台支店の今岡さんの部屋――正確に言えば、部長室の一角にある、パーテーションで仕切られた会議スペース。
明るい木目調のテーブルの周りにアームレストが付いた、オレンジ色のミーティングチェアが六脚。テーブルの上には無線LANが使えるノートパソコンが六台。白っぽいパーテーションにはコンビニの建物や商品の写真が何枚か飾られている。
八畳ぐらいのこじんまりとした空間ではあるけれど、六人が打ち合わせをするには十分な広さがあって、圧迫感や閉塞感は全く感じられない。前の会社で社長室として使っていたときにはなかったスペースで、今岡さんが来てから急いで作らせたの――NGPのためにね。
メンバーの中で、サン&ムーンの社員は今岡さんと麻耶だけ――でも、計画を進めていくうえで、会社の重要機密を含む内容を社外の者に開示するのは問題があるから、お盆に入った頃、四人を臨時社員として採用したの。
四人の就業形態は特殊で、普段は在宅勤務。業務は電話やメールで行い、週一回の戦略会議の日と今岡さんから指示があったときには出勤する。今岡さんがサン&ムーンへの入社をオファーしたとき、四人から勤務形態について同じ要望が出たみたい。
今岡さんは「大した話じゃない」と二つ返事でOKしたけれど、麻耶に言わせれば、そんな要求を「当然のこと」と思っている時点で「一筋縄ではいかない人たち」――ちなみに、四人の勤怠管理や連絡調整を行うのは麻耶のお仕事。
「――六人が
戦略会議を始めるに当たって、今岡さんからそんな一言があった。
一、二分ではその人の人となりはなかなか伝わらないから、麻耶は形式的な挨拶みたいなものと思っていた――でも、予想は大ハズレ。短い時間にもかかわらず、麻耶は四人から強烈なインパクトを受けたの。
先陣を切ったのは、責任者である今岡さん。ただ、今岡さんのことは全員がよく知っているから、自己紹介と言うよりNGPを進めていくうえでの「お願い」。
「これからNGPの活動の中で僕のことを『部長』とは呼ばないように。役職をつけることでお互いの間に見えない壁ができて、自由で活発な議論が阻害されるからね。僕のことは『さん』とか『くん』を付けて呼んで欲しい。もちろんニックネームで呼んでもらっても構わない――これから『部長』と言ったら、その都度、百円の罰金を納めてもらう」
今岡さんは不敵な笑みを浮かべると、部屋の隅に視線を送る――そこには、電話台があって、その下段に郵便ポストの形をした貯金箱がちょこんと置かれていた。
それを目にした瞬間、麻耶は心の中で噴き出したの――理由は二つ。一つは、そんな古風な貯金箱がいまだに存在していたから。もう一つは、今岡さんのことを「くん付け」で呼ぶイメージが湧かなかったから。実際、そんな人がいるとは思えなかったから。
「誰もそんな堅苦しい呼び方、しぃひんよ――恒彦くんのこと」
そのとき、麻耶の正面に座っている、和服姿の女性が、着物の
いきなり今岡さんのことを名前で呼ぶなんて――この女、何者? 言葉のアクセントは関西人っぽい。和服を着ているせいか京都弁みたいに聞こえる。年は麻耶より上で今岡さんと同じか少し下って感じ。しかも、よく見るとすごい美人。肩まで伸びた、サラサラの黒髪を人差し指で巻き取る仕草が妙に色っぽい。
麻耶の睨みつけるような視線に気付いたのか、その女は長い
「そうだな。
今岡さんがその女のことを呼び捨てにした。しかも、二人称は「お前」――その女に向けられていた、麻耶の鋭い眼差しが今岡さんにグサリと突き刺さる。麻耶と目が合った瞬間、今岡さんは怪訝な表情を浮かべる。でも、すぐに何かを悟ったように小さく頷いたの。
「――ちょうどいい。
「わかってるがな。ほな、イカセテもらうよってに」
今岡さんの一言に、その女は口角を上げて笑うと「コホン」と咳払いをする。
「名前は『
つづく
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