3.社会性の障害
カナエさんは、他にも困っていたことがたくさんあったようで、インテークとは別で話をしてくれました。
まず、『空気が読めない』と言われるそうです。もう耳にタコができるほど言われているみたいですが、カナエさんにその自覚はあまりなく、どの辺が空気読めないのか分からないそうです。
例えば、実際アルバイトの面接に行っても、かなりの確率で不採用となっているみたいなんですが(十数か所落ちているようです)、志望動機を聞かれて『スベリ止めです』とか『他の会社に落ちたのでとりあえず』と言ってしまい、その場で「帰っていいよ」と言われてしまうことが多いと言います。
また、やっと内定をもらった最初の営業職でも無理難題を押し付ける取引先に対して『無理でしょ。もっと現実的な提案をしてくださいよ』とハッキリ言ってしまい契約は破綻。帰り道で上司から「明日からもう来なくていいよ」と言われてしまったようです。
でもカナエさんにはこれらがどうしてダメなのかが分からないそうです。
あと、この前親戚の集まりに参加した時に、相手に失礼のないように『久しぶりだね! 元気だった? まぁゆっくりしていってよ』と言った後に母親から「あんた、あの人はあんたが生まれた時ぶりに会うんだよ! 何が久しぶりだい!」と叱られてしまったといいます。
カナエさんは失礼のないように、と意識して頑張って声を掛けたといいますが、それが空回りしてしまうとのことでした。
あとは困っている人にすぐにお金を貸してあげるそうです。
これまで数人の人とお付き合いしたことがあるみたいなんですが、その人たちにもたくさんお金を貸してしまい、母親に毎回怒られてしまうと言っていました。
また機械からお金を借りれることを知ってしまい、サラ金などから借金してしまうことも増え、その返済に追われ生活が
他には周りの人の話についていけず混乱して大声を出してしまったり、名前を思い出せず、何度も『名前何でしたっけ?』と聞いてしまい周りから「失礼な奴だ」と言われたり、大きな音が苦手で工事現場の近くを歩けなかったり、電車の中では人の声が雑音のように入ってきて気持ちが悪くなるため、常にヘッドホンをつけて乗っているそうです。
金本さんはそれらの話を最後まで口を挟まず、驚かず、傾聴してねぎらいます。
私だったら「えっ!? それは言っちゃだめだよね」とか反応しちゃいそうな内容にも、「大変だったね」と親身になって聞いています。
こうして、カナエさんのインテークが終わりました。
カナエさんに声を掛けて、診察まで待合室まで待ってもらうようにお願いしました。
「とりあえず、今の話をまとめて今日診察担当の
「はい」
金本さんはものすごく早いタイピングで、電子カルテに先ほど聞いた内容を綺麗に時系列でまとめていきます。
すごいです。
カナエさんのこれまでの人生がひとつの画面に書かれていきます。
そして最後まで打ち終わると「行こうか」と私を誘って新井先生の元へ向かいました。
新井先生は私は初対面です。きちんと挨拶をしなくちゃ。
「おつかれさまです、新井先生」
「おお、金本さん。おつかれさまです。どうだった、初診の人」
こ、これが新井先生ですか! なんとも優しそうな先生でしょうか。
ニコニコして、とっても親身に話を聞いてくれそうな先生です。私がもしここにかかったとするなら、主治医は新井先生がいいなぁ。
「あ、先生その前に。今日から新しく入った相談員の水嶋さんです」
ああ、挨拶! 挨拶しなくちゃ!
「ここ、こんにちは、はじめまちて! この度よりお世話になります、水嶋といいます! どうか……、あ! どうぞよろしくお願い致します!」
やばいです。やばすぎます。めっちゃ噛んでしまいました。日本語もぐちゃぐちゃです。もう最悪です。絶対変だと思われました。消えてしまいたい。
「うん、よろしくね。僕は新井といいます」
「さっそくなんですけど先生――」
ああ。私の失態にはあえて触れない先生の優しさ。ありがとうございます。
そして、金本さんは新井先生にさっきのインテークのことを報告しています。
「先生。カナエさんですが、本人の訴え通り
「そっか本人だけなんだね。これを見る限り検査は必要そうだなぁ」
んん!? な、なにをお話ししているんでしょうか!
まるで外国の方の話を聞いているみたいです。まったく理解できないし、ついていけない。
何て言っているの? 私も仲間に入れてほしい。話についていけない自分がカッコ悪いし、情けない。せっかく勉強して相談員になったのにこんなに分からないなんて……なんか、恥ずかしい。
「よし、じゃあカナエさんの診察を始めるね」
こうして、カナエさんの診察が始まりました。
ここまででいったん私たちの役目は終わりです。
金本さんによると、恐らくこれから心理検査をしていく流れになるので、その結果が出てからまた私たちの出番が来るかもしれない、とのことでした。
「金本さん――」
「とりあえず、まとめて振り返りをしようか」
「はい」
金本さんは私を連れて連携室へ戻ってきました。ここは、あいかわらずバタついています。入院対応が入ったようで、みんな慌ただしく動いています。
「ここどうぞ」と金本さんが勧めてくれた席に座ります。そして金本さんは、自分の席に座りました。
私はこの短時間で、考えることが多すぎて何だかすごくしょんぼりした気分になっていました。
「どうだった?」
どうだった?
何の感想を求めてきているんだろう。
私は答えられずに黙ってしまいました。
でも答えないと、変な子だと思われてしまう。どうしよう、早く答えないと。何か、早く――。
「ごめんごめん。
金本さんが言い直してくれたことで、私はホッとしました。
すごく安心した。
一気に答えやすくなりました。
あれ?
この感じ、さっきも――。
「水嶋さん?」
「ああっ、す、すみません! そうですね。正直、驚きました」
「何に驚いた?」
「発達障害の人の生活です。何というか、病気というよりも……病気とはまた違うような。生活に困っていることがすごく出ていたような気がします」
ん? 金本さん、すごく目を見開いている。
私なんか変なことを言っちゃったかな。
「その通りだよ、水嶋さん。よく気付いたね」
ほ、褒めてもらえた! 素直に嬉しいです。
「カナエさんが発達障害かはまだ分からないけど、かなり発達の傾向はでていたよね? それがカナエさんの場合、かなり生活に支障が出ている。つまり発達障害とは、生活障害みたいなものなんだよね。よって薬物療法の対象ではない。薬で治るものではないから、生活指導が必要なんだよ」
「な、なるほど」
「発達障害には大きく分けて三つの特徴がある。今回、カナエさんにはそのうちのひとつ“社会性の障害”というのが目立って出ていたね」
社会性の障害。または対人関係の障害ともいいます。
人と交わったり、集団の中で生活することがうまくできない人たちのことです。
発達障害は原因はハッキリしていませんが、小さい頃からその特性がよく出ているといいます。
例えばこの“社会性の障害”。
小さい頃だと、ひとり遊びを好む。他の子と遊べない。集団行動がとれない。他人への配慮ができない。あやしても笑わない。抱かれるのを嫌がる。親を求めない。母親がいなくても平気、など。
成長して思春期・青年期になると、友達をうまく作れない、孤立しやすい、人の気持ちや事情をうまく理解できない、マイペースに行動する、知らない人にもいきなり話しかける、場の空気が読めない、正直すぎる、社会の暗黙のルールが分からない、などのことが現れるといいます。
あ、これは全部金本さんが教えてくれたことです。
私じゃとてもじゃないけど、ここまで説明はできません~。
「あと――」
「ん?」
「あと、私実は、さっきカナエさんに声掛けした時に……その、なかなか動いてくれなくて……。正直、イラッとしちゃったんです」
「イラッとしちゃったんだ」
「はい。相談員として、本当に情けないです。カナエさんに悪いことしたなって思いました。反省です」
私は目にじわっと涙が滲んだのが分かりました。
こんな初日で泣くなんて終わってる。
もう最悪です。
「水嶋さん、それに気付いただけでも立派だよ。気付くってことは成長するっていう証だから」
金本さんの言葉に、私は我慢できずに泣いてしまいました。
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