第34話 リベンジ(再挑戦)

 ドス……ドス……と震動と一体化した重く響く足音が林の向こうから聞こえ、木々の上にヌッと突き出た重甲象の巨体も視界に入ってくる。


 [では、打ち合わせ通りに]

 [了解]


 川の流れから7、8プロト離れた位置にある低木の茂みに気配を殺して身を潜めた私達は、事前に決めておいたハンドサインを交わして、二手に分かれた。

 当然のことながらハンマーを持った私が前衛だ。

 エノーモスから見て左斜め前から、わざと気配を殺さずに武器を構えたまま、ゆったりした足取りで近づく。

 向こうが気付いた──いや、こちらが“いる”ことにはもっと前から気づいていたのだろうが、明確な“脅威”と認識し、警戒する態勢を見せたと同時に、走り寄り、左前肢の先、人で言うなら足の小指に相当する部位に、ハンマーを叩きつける!


 『パオアァァァァーーーッ』


 ダメージはたいしたことなかったはずだが、さすがに多少は痛かったのだろう。悲鳴とも怒りともつかない咆哮をあげ、苛立たし気に傷つけられた前肢を振り回してくるが、間一髪、その時には私は安全圏に離脱している。

 (ホントなら、右前から仕掛けたほうが、攻撃はしやすいんだが……)

 ただし、その場合は咄嗟の回避が遅れる可能性が高い。一撃のダメージがシャレにならない巨獣を相手どる際は、欲張って大ダメージを狙うより、安全な立ち回りを重視するのがセオリーだ。

 となると、自然とヒット・アンド・アウェイ──言葉を変えると、チマチマとした嫌がらせに終始することになる。

 (でも、それが本来の狩猟士の“狩り”のやり方だよな)

 無論、それだけだとダメージソースが不足するから、長期的にはこちらが不利になるのは否めない。

 そう、アタッカーが私“だけ”ならば。


──シュッ…………バフンッ!

 『パォアアアアーーーーッッッ!?』


 少し離れた樹の影から放たれた弩弾ボルトが、苛立ちで大きな耳をバタつかせるエノーモスの側頭部、ちょうど耳孔のあたりにつきささり……次の瞬間、小さな爆発を起こす。

 これはさすがに堪えたのか、悲鳴とともにエノーモスが僅かに後ずさりする。


 「へっ、とっときの炸裂弾だ。当分、右からの音はまともに聞こえめぇよ」

 無論、弩砲で弾を撃ち出したのはハーレィだ。

 運の要素もあるが、物陰からじっくり狙いを着けたとは言え、的確に重甲象の耳穴近くに命中させる腕前は流石と言えるだろう。

 当然、くだんの巨獣は怒り狂って、彼の方に突進しようとするわけだが……。


 「これでもくらえ、デス!」

 繁みに隠れて息を殺していたケロが、ヤツの鼻先にナニカ──光眩玉フラッシュを投げつけ、次の瞬間、“それ”がまばゆい閃光を発して巨獣の目を灼く。

 先程の爆音と合わせて一種のスタングレネードめいた効果を発揮して、たまらず立ち尽くすエノーモス。

 その隙を見逃さず、私は思い切りハンマーを下から上に向けて「空振り」する。

 いや、単なる空振りではない。ハンマーの先に乗ったカラバを思い切り空中に向けて放り投げたのだ。

 「ニ゛ャ゛ーーーーーッ゛!」

 まさに喧嘩中の猫そのものな絶叫をあげながら、宙に舞った立猫族の女剣士は、見事に重甲象の胴体側面、ちょうど左前脚の付け根あたりににとりつくことに成功していた。

 「まったく……こんニャことは、本来チーチーさんの担当ですのに」

 ぶつくさ言いながらも、カラバは巧みに爪を立てて巨獣の身体を登り、エノーモスの背中までたどり着く。

 「あまり正々堂々とは言えませんけど……これも浮世のニャらいですわ。お覚悟!」

 絶妙なバランス感覚で暴れる巨象の背もモノともせずに駆け、首の真後ろ──人間で言う「ぼんのくぼ」あたりに背負っていた小樽を設置し、手早く粘着液のりで固定した後、導火線に火を点けて即座に飛び降りる。

 3つ数えるか否かというタイミングで、樽に詰め込まれた爆薬が爆発。樽の上部を強化し、爆発力をある程度下方に集中させる作りとなっているから、相応の痛撃をエノーモスに与えられたようだ。

 度重なる頭部へのダメージで脳震盪でも起こしたのか、エノーモスが俗に言う「ピヨった」ような状態となったところで、私が駆け寄る。

 「いくぞ!」

 「はい、デス」「まったく助手アシスタント使いが荒いですわね」

 走り込む先には、ケロと爆風に煽られながらも立猫特有のバランス感覚で見事に着地したカラバがいて、鉄の板のようなものをふたりで持ち、待ち構えている。

 2プロトほど手前からジャンプし、私がその板に乗った瞬間を見はからって、ケロたちが思い切り板を跳ね上げた。

 ロイター板などとは比較にならない反発力を助けに、さらに大きく跳躍しながら再びアッパースイングでハンマーを振り上げる。

 先程と異なるのは、千年樫製の堅い武器は空振りせず、エノーモスの顎の下あたりを的確に撃ち抜いたことだろう。手応えも十分にあった。

 意識が飛んだのか、ついに巨象が前脚を折って地面にうずくまる。ここで、すかさず近づいて滅多打ちにする……のは少し待ち、後方にいるハーレィを確認する。

 「いけるな?」

 「いける。タイミングはこっちに合わせろ」

 慎重に狙いをつけた彼の弩砲から放たれた貫通弾がエノーモスに着弾するタイミングを見計らって、私もちょうど撃ち抜きやすい位置にある“ソコ”に振りかざしたハンマーを叩き込んだ。

 『バォァァァァンッッッ!!!』

 エノーモスが悲鳴にも似た、いや悲鳴そのものとしか思えない啼き声をあげたのもむべなるかな──ハーレィが左目を、私が右目を潰したのだから。

 相手の大きさが大きさなので完全に眼球の機能を破壊しきれたわけではないだろうが、少なくとも半刻やそこいらでは視界は回復しないだろう。

 この時、獲物あいてが冷静になって逃走を選んでいたなら、あるいは異なる展開があったのかもしれない。

 だが、ある意味当然のことながらエノーモスは痛みと怒りに無茶苦茶に暴れ始め……こちらの思惑ゆうどうに従って通り、見事に“ソレ”を踏み抜いてくれた。


──ズボンッ

 『パパァオン!?』


 直径2プロト、深さ1プロト半ほどの落とし穴だ。先ほどまでは薄い木製の板に上に浅く土を被せて隠してあったそれは、ケロやカラバ程度なら支えられる程度の耐荷重力があったが、さすがに重甲象の体重には耐えきれなかったのだ。

 完全に左前脚が嵌まり込んだ状態になった上、穴の底には半プロトほどの長さの鋭くとがらせた鉄製のスパイクが多数仕込んであり、さら棘には麻痺毒もたっぷり塗り付けてある。


 視聴覚を奪われ、左前脚が動かない状態にさせられたエノーモスは、それでも驚異的な生命力を見せて粘ったが、こちらもそれなりに経験を積んだ上級狩猟士ふたりと最上級ランクのアシスタントふたりだ。弩砲用の弾や爆弾の類いもたっぷり持ち込んでいる。

 私達が傷ついた鼻操種の巨獣を討伐するまで、それから20分もかからなかった。

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