第31話 マスウェポン(質量兵器)

 大雑把な比較になるが、重甲象エノーモスの肩幅5プロト、体高8プロト、体長10プロト強という数値だけ見ていると、私も含めた上級狩猟士なれたプレイヤーが蟹型貯金箱扱いする豪鋏蟹ギガルカータと大して差がないように思うかもしれない。

 ギガルカータの殻幅は5プロト強で、貝殻部も含めた見かけの体長は8プロト、高さも7プロト程度だから、確かにエノーモスよりひと回り小さいだけだ、と強弁することも不可能ではないだろう。体重に至っては、巨大貝殻部が非常に丈夫で重いため、むしろギガルカータの方に軍配が上がるくらいだ。

 しかしながら、その戦闘力……というか獲物として狩る際の危険度とでもいうべきものは雲泥の差なのだ。


 豪鋏蟹はその名の通り蟹に分類されるだろう生物で、左右以外の前後方向にも一応動けるのだが横方向に比べるとややぎこちなく、さらに言えば斜め方向への歩行がかなり覚束ない。

 ついでに関節の関係で第一脚──いわゆるハサミも含めた脚部の動きが非常に限定的なため、全体に動きが非常に“読みやすい”のだ。

 加えて、知能も(さすがに小さな沢蟹とかに比べればマシだと思うが)あまりり高くない、むしろ低いため、言うならば本能的・反射的な動きが主体で、フェイントなどの小細工も殆どしてこない。

 さすがにゲームの世界のモンスターのAIほど完全パターン化はされていないものの、それなりの度胸と殻を壊すだけの攻撃力さえあれば、「型に嵌めて殺す」というべき定形的作戦が巧くいく狩猟対象いきものなのだ。


 対してエノーモスは“象”だけあって、ギガルカータに備わったそれらの弱点はほとんど持ってない。

 疾走状態でもない限り、前後左右斜めどころではないフレキシブルな移動が可能だし、四肢自体はともかく、長い鼻が人間の手に勝るとも劣らない器用さを見せる。

 知能も、少なくとも並の犬猫よりずっと賢いことは間違いなく、そのため雑な作戦は簡単に見破られ、下手すると裏をかかれる。


『パオォーーーッ!!』


 ラッパの音を思い切り太くしたような鳴声とともに、ズシンというより「ズドン」と表した方がよさそうな衝撃に足下を襲われ、ほんの一瞬よろめくが、直感に従ってとっさに転がって距離を取る。


 間髪を入れずに私が直前までいた場所を、大きく打ち振るわれた巨象の鼻がフリッカージャブのように鋭いスイングで薙ぎ払っていた。


 ギガルカータの跳躍からの地揺らし攻撃もかなりの脅威だったが、アレは予備動作が非常にわかりやすかったのに対し、エノーモスも同様の震動を伴う特殊攻撃を持っており、しかも格ゲー風に言うとかなり「出が速い」。

 ──動物園やサーカスで、象が後ろ足だけで立ち、前足を振り上げるパフォーマンスを見たことがあるだろうか? 要はアレだ。

 ただし、エノーモスの体格でそれをやられ、続いて8プロトオーバーの高さから前足2本を地面に打ち下ろされると、ギガルカータの跳躍攻撃にも勝るとも劣らない威力と効果が発生するワケだ。


 しかも、ギガルカータの場合は着地後すぐには蟹自身も震動の余波で動けないのに対し、この巨象エノーモスが相手だと先程のノーズ・スィングのように鼻で追撃をかけてくる可能性もあるからまったく気が抜けない。


 「HMFLだと、前足スタンプ直後は隙確定の攻撃チャンスだったのだがな」

 ゲームと現実の違いを嘆いても仕方ないとはわかっているが、ついそんな愚痴も言いたくなる。

 「どの道、耐震動技能を発動させていニャい以上、無駄ですわ」

 カラバの言う通り、私が今発動させているのは“攻撃力増加(大)”、“防御力増加(大)”、“体力増加(大)”の3つで、“耐震動”のスキルはつけていない。

 “体力増加(大)”とどちらにするかはクエスト直前まで悩んだんだが、ついさっきノーズ・ストレート──伸縮可能な鼻による正拳突きの如きマッハパンチ(?)をかわし損ねて、危うく意識が飛びそうになった(下手するとそのまま昇天しかけた)俺としては、体力(ヒットポイント)を増やしておいて大正解だったとしか言えない。

 よけそこなったと言っても、まともにくらったわけじゃない。ほんの少しかすった程度。

 それでも、質量×速度=運動量の方程式はこの世界に於いても有効で、推定体重が25プロトン(≒50トン)越えるこの生物が時速20キロン(≒40キロ)で突進してきた時の破壊力は、計算したくもない。

 鼻だけだったはず? ハハッ、鼻自体の太さが成人男性のウェストくらいあるんだぞ? ほとんど丸太でぶん殴られたようなもんだ。


 それに攻撃面だけじゃない。これだけの馬鹿デカい図体してるだけあって、ちょっとやそっとの攻撃ではロクに体力を削れないのが厄介だ。

 まさに質量の権化、大きいことはいいことだを地でいく獲物(てき)に、私たちは少々攻めあぐねているというのが本音だ。


 「マスター、さっきので回復薬は品切れデス」

 ありったけの回復薬(事前に渡しておいたぶん)で俺の意識を繋ぎとめてくれたケロが、申し訳なさそうにそう告げたのを機に、私は決断した。


 「(「まだいける」は「もうあぶない」、か)──撤退だ。このままじゃあコイツは半日かけても倒せない。今回は退こう」

 ゲームと違ってクエストの時間が明確に区切られているわけじゃないが、それでも巨獣を相手どるなら半日から1日が限界とされている。体力と……なにより気力がもたないからだ。

 あるいは徒党での狩猟なら、メンバーが交代で休みを取りつつ、狩猟対象に波状攻撃をしかけるという手もないではないんだが……。


 (今の私(おれ)には無理な話か)

 このまま続けても、こちらの消耗だけが積み重なるばかりで、相手に致命的ダメージを与えられる見込みがまるで立たない。


 「──はいデス」

 「御主人さまがそうおっしゃるニャら」


 アシスタントのふたりも同様のことを感じていたのか反対はなく……こうして、私達の初重甲象戦は、失敗リタイアとなったのだった。


  * * *  


 この世界で狩猟士を始めて初の「依頼失敗」に落ち込んでいるリーヴですが、彼女のことですから、最大の問題点──攻撃力ダメージソース不足については、既に理解していることでしょう。

 依怙贔屓、というわけではないのですが、ちょっとした窃視屋かみのお節介ということで、その欠点を補うための手段は用意してあります。おそらく、シトゥラの街の狩猟士協会で顔を合わせるのではないでしょうか。


 「ふぅむ……「求む、後衛系狩猟士、弩砲と長弓使いは特に優遇」か。いっちょ聞いてみるかねぇ」

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