第30話 ヘビーモス/ベヒーモス(重装甲巨象)

 この世界における「巨獣モンスター」という単語は、科学的生物学的な根拠のある分類ではなく、あくまで人間──もっと言うなら狩猟士協会の都合で分けられたカテゴリーです。

 哺乳類や爬虫類どころか脊椎動物ですらない昆虫類や甲殻類なども混じっているあたりで、如何に曖昧てきとうなくくりであるかは理解できるでしょう。

 もっとも、狩猟士協会という組織そのものが(現在の狩猟士全般への支援と管理という任務以前に)、元々は個人や少数では被害への対処が難しい巨獣に対する効率的なバックアップを意図して作られた存在なので、その点に文句を言っても始まりません。

 とは言え、さすがに協会指揮下の情報資料部などでは、巨獣のみならずこれまでに発見された数々の動植物のデータが(一部例外を除いて)、それなりに理論だって分類・解析されています。

 地球で言う哺乳類に属すると思われる巨獣は主に4種。


 偶蹄目と奇蹄目を合わせた、いわゆる有蹄類とほぼ同義のカテゴリーが「蹄獣種」です。野牛バフズ系や猪豚ボアズ系、あるいは羚鹿ディア系などの草食(一部雑食)動物がこれにあたり、巨獣の中では比較的与しやすい相手と言えるでしょう。


 犬、猫、熊などが含まれる食肉目に相当するのが「剣牙種」。いずれも大きく発達し鋭く尖った犬歯きばを持つことから、そう呼ばれています。林豹獣パンタレラや雪縞虎ベルガントなどが代表的な存在で、肉食の狩猟獣ゆえに好戦度・危険度ともに非常に高くなっています。大型獣の食蜜熊ハニーベア程度ならともかく、いずれの巨獣も生半可な覚悟で挑むと痛い目どころかアッサリ命を落とすことも珍しくない獲物あいてです。


 同じ食肉目のなかでも海獣──トドやセイウチなどの類いは「海獅種」と呼ばれ別格扱いです。陸棲の剣牙種以上の巨体を誇り、力も強く皮革も厚い難敵ではあるのですが、陸に上がると動きが極端に鈍くなるという弱点があるため、同ランクの剣牙種などよりは、いくらか狩猟難度は低めです。ルノワガルデ盆地内では、トゥワード湖に棲む黒湖驢サラジオンなどがこれに含まれます。


 そして4番目が「鼻操種」。字面から想像できるかもしれませんが、象やマンモスに近い身体構造をしている動物です。この種の特徴として最小クラスの個体でも体長3プロトは下らないため、普通種と認められる種が存在せず、比較的数が多いパントスも大型獣として扱われます。巨獣としては重甲象エノーモスと走櫓象ファンタレアの2種が確認されています。


 無論、上記の4種以外にも哺乳類としての特徴を持つ動物は存在します。新米狩猟士の心強い味方(?)であるクニクル等の属する鏨歯種、地球で言う有袋類に相当する仔守種、形状的には「イタチと似た頭部を持つコウモリ」と言えるだろう翔翼種などなど。ですが、これらの種には、大型獣はいても巨獣と認定される生物は、これまで確認されていません。

 もっとも、協会が未確認と言うだけで、本当に巨獣と呼べる種や個体が存在しないとは言い切れないのですが。


 それらを踏まえて、今回、リーヴが狙いを定めた相手は……。


  * * *  


 「ハァハァ……この国は久しぶりデスけど、やっぱり暑いデス」

 「わたくしとしては、むしろこのくらいの気温が快適ニャのですけれど、ケロさんはやはり辛そうですわね」

 犬系獣人コボル猫系獣人ケトシーの特性が如実に出たみたいで、ちょっとケロには気の毒だったかね。

 「大丈夫か、ケロ? あんまり不調なようならこの基点ベースキャンプに残っても……」

 「い、いえ。溶岩地帯みたく耐えられないほどじゃないのデス!」


 今、私達──リーヴとケロ、カラバは、久方ぶりに(というかこの世界に来てからは初めて)ルノワガルデを出て、南の隣国グルジェフに来ている。

 ルノワガルデ盆地内がやや清涼な温帯(日本で言うなら東北南部?)といってよい気候だったのに比して、盆地から500キプロ程度しか離れていないにも関わらず、このグルジェフの街シトゥラは明らかに熱帯に属する暑さを備えている。双葉の記憶で比較するなら、フィリピンの主都マニラあたりが近いだろうか。

 おかげで、暑さに弱いケロは少々バテ気味だ──これは、まぁ、ここまで来るのに交易馬車を乗り継いでの強行軍だったことも一因だろうが。

 で、私達がこの南国くんだりまでわざわざやって来たのは、ルノワガルデ内ではほとんど見られない強力な巨獣を狩るためだ。


 「それにしてもエノーモスですか……同じ鼻操種でも、ファンタレアの方を選ばニャかったのはニャぜですの?」

 カラバの疑問ももっともか。

 「ひとつには、私の武器との相性だな。切断や貫通系の武器も準備してあるとは言え、やはり私が得意なのは打撃武器の大槌ハンマーだ」

 まぁ、切断系武器でも大剣グレートソードカタナが得手なら、鼻操種いちばんの脅威である長い鼻を切り落とすなんて芸当こともできるんだが、私が上級レベルで扱えるのは片手剣グラディウスだから、ソイツはちょっと難しい。

 そうなると確実にダメージが与えられて、当たり所によっては失神ピヨらせることも可能なハンマーを主軸に考えるべきだろう。

 「加えて、獲れる素材的にもエノーモスの方がうれしい」

 この世界に転生した時に一緒にもらった大槌「百屯煩魔」は確かに上級でも“通じる”優秀な武器だが、上級巨獣を積極的に狩るならさすがにそろそろ強化しておきたい。

 ファンタレアはファンタレアで相応にいい素材が獲れるんだが……。

 「御主人様、もう上級革鎧ハイレザーメイルは持ってマスからね」

 ケロの言う通りで、ファンタレアの革は、この世界に転生した当時に私が着ていたハイレザーメイルの主材料になる代物だ。それ以外にも、他の防具の強化でちょこちょこ必要になったり、いくつかの大盾スクトゥムに貼る緩衝材として用いたりもするが、主材料とする武器で私が欲しいものはあまりないから、現時点での要求度ニーズは低い。

 「さて、それじゃあ、狩猟開始だ。フォーメーションはいつものパターンAでいくぞ」

 「了解!」「わかりマシた!」


  * * *  


 シトゥラの街から南に数百プロト離れると、整備された街道は消え、草原と呼ぶか荒原と呼ぶか迷うような平地が見渡す限り広がっています。

 温度は高いが湿度は低く、さりとて完全な砂漠というほど乾燥はしておらず、ポツポツとまばらに灌木が生え、ところどころに下映えの草も茂っているその光景は、地球で言うサバンナを思い起こさせます──もっとも“灌木”に見えるのは遠近感による錯覚で、実際は5プロトは下らない高さのかなり大きな木々なのですが。

 現在はちょうど雨季が終わりそろそろ乾季にさしかかっているところなので、まだまだ緑は多く、それに集う動物たちも多数目につきます。


 「見通しがよい分、逃走するのには不利な地形だ」

 「地面に適当に罠でも仕掛けておきマスか?」

 リーヴのひとりごとにケロがそう提案します。

 「そうだな……標的を発見して、その際に相手に気取られていないなら、ひとつふたつ用意しておいてくれ」

 「無論、目印も忘れニャいでね」

 「わ、わかってマスよぉ、カラバさん!」

 熟練した狩猟士や支援役アシスタントが巧妙に仕掛けた落とし罠は、一見したところ周囲とまったく違和感がないのですが、そのせいで設置した者以外は味方であっても見逃してしまう可能性が多々あります。

 そのため、徒党を組んでいる者にだけわかる“目印”(特定の草を生やすなど)を同時につけることが慣例となっている……のですが、切羽詰まった状態では、やはり失念するケースも多々あります。

 ケロは、基本的には真面目なのですが、突発的アクシデントに弱いこともあり、時折そのあたりを“やらかして”しまいがちです。

 「で、早速だがケロ、エノーモスの気配か匂いは感じられるか?」

 リーヴの問いにケロはヒクヒクと鼻を蠢かせましたが……。

 「すみマセん、特にそれらしい匂いは感じられないデス」

 どうやらこの段階では狗頭族コボルの勘も不発のようです。

 「まずは、標的を足で見つけるトコロから始めニャいといけませんわね」

 「ちょうど小川があるみたいだから、コレをたどって巨獣の水飲み場になりそうな場所を捜してみよう。どうしても見つからないようなら“千里眼”のスキルを使ってみるが」

 彼女リーヴとしても、重甲象のようなとびきりタフな相手には、できればスキルは戦闘向きのものを付けておきたいというのが本音でしょう。


 幸いにして、それほど四半刻ほどの探索の結果、リーヴたちは明らかに巨獣たちが水飲み場として利用しているとおぼしき川辺の砂地を発見しました。

 砂地と言っても、公園の砂場や海水浴場の浜辺のようにさらさらしたものではなく、どちらかと言えば泥濘どろんこに近い湿ってぬかるんだ地形です。

 「こういう足場の悪い場所での巨獣の相手は、できれば避けたいんだが……」

 そう呟くリーヴの言葉がフラグになったのか、背の高いバオバブのような樹とその根元に生えたイネ科と思しき多年草で形成された繁みの向こうから、巨獣が近づいてくる気配が伝わってきます。

 「! 言ってるそばから来たか。いつものフォーメーションAで、まずは様子見だ」

 「「了解(デス)(ですわ)!」」

 3人が散開するのとほぼ時を同じくして、ドスドスという地面を揺るがす震動とともに繁みの向こうから姿を見せたのは、背中までの高さが8プロトを軽く越える大きさのにび色の獣。

 太く逞しい四肢と、触手のように自在に動く長い鼻、その両側に突き出た軽く湾曲した長い牙……といった特徴は、地球のゾウと共通しています。

 耳がやや小さめの四角形なのと灰色に近い体色はインドゾウに似ていますが、肩部と腰部が盛り上がった体格や牙の発達具合、頭の形状などはどちらかと言うとアフリカゾウに近いと言えるでしょう。

 ただし、その大きさ(肩高8プロト・体長10プロト超)を除いても、明らかに地球のゾウと異なる特徴として、その体表面の構造が挙げられます。

 地球に現存する象は、アフリカゾウ、インドゾウともに体表面に細かい毛が生えているのですが……。


──ガゴンッ!!!


 巨獣──エノーモスの死角となる位置から、ちょうど心臓のある辺りにハンマーによる渾身の一撃を叩き込んだリーヴですが、岩を叩いたような鈍い音とともに武器を握る両手に異様な感触が伝わってきました。


 「クッ……予想してはいたが、やはり堅い!」

 そう、エノーモスの体表部は、その“重甲象”という異名にふさわしく、穿山甲センザンコウのような硬質な鱗に覆われているのです。

 「体力も相当なモノでしょうし……長期戦を覚悟しニャいといけませんわね」

 普段より太めの丈夫な刺突剣レイピアを装備したカラバが、背後から素早く巨象の左足にその鋭い剣先を突き立てますが、大きさの差もあってほとんど効いているようには見えません。

 まさに「面の皮が(物理的に)厚い」とでもいうべき状態のようです。


 「オラたちではロクにダメージ与えられマセんね。ここは支援と行動妨害に徹しマス」

 自らも鶴嘴ピッケルを振るったものの、やはり堅い岩に打ち込んだような手応えを感じたケロの判断は、誠に妥当なものと言えるでしょう。


 とは言え……。


『パ゛オ゛ォ゛ーーーン゛!!!』


 一寸法師に針を刺された鬼の如く、エノーモスの方も多少は痛みを感じてはいるようですので、まったく無意味というワケでもないのでしょうが。


 「成程。これでダメージ0だったら、さすがに撤退する必要があったが、そこまで分の悪い賭けでもないか」

 そう言いながらも、リーヴの手や足が細かく震えているのは生物としての“格”の違いを目の当たりにしたからかもしれません。

 なにしろ、地球の動物園にいるインドゾウでさえ、檻なしで至近距離で接したら、大概の人は圧迫感プレッシャーで萎縮してしまうはずです。目の当たりにした“肉の圧迫感”というのはそれだけで問答無用に人の心に影響します。

 いわんや大きさにしての倍、体重で言うなら単純計算で8倍となるエノーモスの巨体を相手どって、(表面的にせよ)冷静さを保てるだけで十分賞賛に値します。無論、狩猟士として重甲象これには及ばずとも十分に相応な数の巨獣を相手取ってきた経験が活きているというのもあるでしょう。

 「──地獄の底までお伴するデス、マスター」

 リーヴのその様子に、普段は小心者なケロも覚悟を決めたようです。


 「さぁ、御主人様マスター後輩君ケロ、これから楽しい楽しいデスマーチの始まりですわよ!」

 ちなみに、よくも悪くも戦闘狂のうきんの極みとも言えるカラバは、この状況にもまったくへこたれている様子がないのは、流石と言うべきか平常運転いつもどおりと言うべきなのか……。


 いずれにせよ、狩猟士ひとりと支援役ふたりによるエノーモスとの死闘の火蓋は切られたのです。

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