第28話 プリパレーション(下準備)

 「──というワケで、愛と美と強さの化身たるわたくしも、御主人様マスターの狩りに参加致しますわ!」

 「フシャーッ」と背中の毛を逆立てながら、鼻息荒く宣言するカラバ(立猫族・♀)。

 そりゃまぁ、長年の付き合いで呼吸の合った(そして戦闘向け、というかソレのみに特化した)支援役が同行してくれるのは、実際助かるのは確かなんだけど……。

 「ふーむ、お主の同行は有り難いが、装備の問題がなぁ」

 そう。おれが、この世界に出現てんせいした時は、神様(?)の好意なのか、愛用のハンマー「百屯煩魔」と上級革鎧ハイレザーメイルを装備した状態だったが、支援役に関してはケロもカラバも平服だけで何も持ってなかったからな。

 そもそも、上級狩猟士がそれ相応の巨獣怪獣えものに挑むためには、狩猟士としての各種技術テクニックは無論のこと、それを十全に活かすための武器防具の存在も不可欠となる。いかにこちらの素質タレント持ちが、地球の人類ホモサピエンスからすると驚異的な身体能力を持っていると言っても、それ“だけ”で対抗できるほど巨獣は生易しい相手ではない。

 むしろ、戦闘技術と武具と知恵の限りを尽くして、ようやく手が届くくらいの、本来生物としての格が違う存在なのだ。

 わかりやすい例を挙げるなら、「等身大ヒーローの仮〇ライダーがいかに強いとは言え、パンチやキックだけで、はたしてウ〇トラマンの巨大怪獣たちを倒せるのか?」とでも言おうか。

 怪獣に倒されないよう立ち回ることはできるだろうし、あるいは時間さえかければ倒すことも不可能ではないのかもしれないが、やはりリボルケ〇ンやオートバ〇ンなどの装備類があれば、戦いが格段に楽になるはずだ。

 ──まぁ、前者のような「相手は死ぬ!」級の特殊チート武器はさすがにないし、後者の代りが支援役アシスタントなのだと言えるかもしれないが。


 おっと、話が逸れた。

 「いずれにせよ、カラバだけじゃなくてケロの分の武器防具も作るための素材集めと資金稼ぎをしないワケにもいかないだろう」

 「デスね」

 「むぅ、仕方ありませんわね」

 そもそも私がこちらで月月火水木金金の勢いで働いていた(ケロに怒られて止めたが)のは、上級(ホントは超級)狩猟士と名乗るにはあまりにお粗末な懐具合(金だけじゃなく保有素材や装備品も含む)を、少しでも改善しようという意図もあってのことなのだ。

 その甲斐あって、武器はともかく自分の防具に関しては何とかカッコがつく程度の代物モノは揃いつつあるが、それでもようやっと「下級狩猟士として得られる最良」レベルだ。

 ここからさらにケロやカラバの分の装備も揃えるとなると……。


 「…………“カニ”、か」

 「それがいちばん早そうデスね」

 「ぐぬぬ、水辺はあまり好きではニャいのですけれど」


 約1名は気が進まないようだが、積極的に反対するワケでもなさそうだ。

 私達は“四泊五日カニハンティングツアー”に出かけるため、今週の新人向け講義を休む旨を伝えようと、まずは協会支部へと向かった。


  *  *  *   


 『HMFL』の世界に於いて“カニ”と呼称される巨獣は、何種類か存在します。

 プレイヤーがおそらく一番最初に出会うであろう相手は、巨化蟹マグニキャンサルでしょう。イワガニに似た水陸棲甲殻類であるキャンサルを、甲羅の横幅が2.8プロト(=3メートル弱)ぐらいになるまで巨大化し、さらに足をタカアシガニの如く長くして全高が4.5プロトほどになった生物モノだと思えば、おおよそ間違いありません。

 攻撃手段は、第一脚ハサミによる殴打や締め付け(金属鋏のように切れ味は鋭くないのです)、巨体を活かしたし掛かり、ブチかまし、あとは弱い毒気を含んだ口から吐く泡での目潰し……などなど。

 さすがにまともに圧し潰されたら、いかに素質持ちでも圧死しかねませんが、幸いにして動きは速くない(※あくまで狩猟士基準の話です)ため、油断したり不意をつかれたりしない限り、避けるのは難しくありません。

 その他の攻撃方法も、この大きさの巨獣としてはさほど恐いものではない(※繰り返しますがあくまで狩猟士基準の話で、一般人にとっては一段階下のメガキャンサルの攻撃でも十分脅威です)ため、駆け出しを卒業してそれなりに武器防具を整えたくらいの下級狩猟士にとっては手ごろな相手と言えるでしょう。

 素材としても食材としても常時一定の需要があるので、金策のために狩るにもなかなか良い相手です。もっとも、一定以上の攻撃力(できれば打撃系武器)がないと、その堅い殻に阻まれて倒せないという落とし穴もありますが……。


 そんな中下級者向けのマグニキャンサルよりも格上で、下級狩猟士の上限ないし上級狩猟士に上がったばかりの徒党にとって狙い目の“カニ”が、ギガルカータ(別名・豪鋏蟹)です。

 この巨獣の外見を一言で言い表すなら、「ヤドカリとシオマネキの特徴を兼ね備えたカニを幅5プロト、高さ7プロト弱にまで巨大化させた生物ナマモノ」でしょうか。脚部・頭胸部などの基本的なフォルムはヤシガニに近いのですが、腹部の大半を巨大な巻貝(これもまた海棲巨獣の一種です)の貝殻で覆っており、さらに第一脚ハサミの片方が極端に大きく発達しています。

 攻撃方法自体はマグニキャンサルと大差ないのですが、全体に大きさ&質量が増加した(そしてその割に動作スピードは大差ない)ことで、危険度は大幅に上がっています。特にその大きな方の左ハサミが脅威で、「殴打力は4トントラックの衝突に比肩し、挟まれれば防具を装備した狩猟士の胴体もたやすく捩じ切れる」……と、HMFL内の巨獣図鑑では説明されています。

 ただし、それだけの危険度を持つだけあって、素材の希少度(≒価格)は段違いですし、食材としての格(そして値段)も数段上です。しかも、ギカルカータが雌であった場合に採れる卵巣(というか卵そのもの)は、錬金術でスタミナ強化薬を作り出すための主原料にもなるのです。

 総合的に見て、ギガルカータ1頭狩ればマグニキャンサル7~8頭分の報酬が得られると考えて間違いありません。このため、下級を卒業したものの、上級向け武器防具がまだ揃っていないくらいのプレイヤーが、ギガルカータを連続狩猟して金銭と素材を稼ぐ……という手法やりかたが、HMFLの攻略Wikiにも「効率的な金策」の例として載っています。

 実は、これよりさらに格上の“カニ”として、城塞蟹ミルレパグスと呼ばれる生物もいるのですが、こちらはその和名にふさわしく全高30プロトにも達する大きさのため、巨獣モンスターを通り越して怪獣デーモン扱いされる災害的存在きけんぶつです。さすがに装備に不安のある今のリーヴが挑むのは時期尚早でしょう(そのぶん見返りは絶大なのですが)。


 そんなこんなを考え合わせ、リーヴ一行は豪鋏蟹討伐の依頼クエストを求め、浜辺の港町ハルメンへと馬車に乗ってやって来たのですが……。


  *  *  *   


 横幅5プロト、貝殻部も含めた縦幅8プロト、高さ7プロトというサイズは、もはや小さめのビルがそのまま動いているようなモノだ。

 当然のことながらその見かけに見合うだけの重量もあるから、此奴ギガルカータが普通に歩くだけでも、地響きと軽震しんどに程度の振動が周囲に発生する。まして、走ったり跳んだり(信じられないことにコイツ、垂直に1プロトばかりジャンプするのだ!)すれば、どれだけの衝撃が周囲に伝わるかは想像に難くないだろう。

 跳ね上がった際に、その下にいれば圧死はほぼ確定。巧く避けても近すぎると中震しんどよんクラスの揺れで足元が不安定になり足が殺されるため、ピンチ継続──と、接近戦を挑むのは無謀極まりない相手だ。

 かといって、短弓ショートボウ軽弩クロスボウ程度の射撃武器では火力不足で堅い殻でロクにダメージが与えられないし、長弓ロングボウでも急所を狙い撃たないと厳しい。特殊な弾を使った弩砲バリスタならそれなりに効くだろうが、機動力に難のある弩砲を単独ソロで運用するのは自殺行為だろう。

 何しろギガルカータの出現場所は海に面した広い砂浜(鳥取砂丘のような場所を思い浮かべていただきたい)であることが多く、身を隠せる場所があまりに少ない。砂丘の窪みなどに隠れようにも、4プロト近い高さから見下ろされて見つからない場所というのは稀だし、そもそもこの巨獣は視覚よりも嗅覚や聴覚の方が優れているので、どこぞの盲目のスタ〇ド使いの如く居場所を誤魔化すのは非常に困難だ。


 「──つまり、一撃離脱戦法ヒットアンドアウェイが基本ニャわけですわね」

 カラバの言う通り、隙を見ては攻撃を当て、即座に離れるというやり方しか、今のおれにはとれないだろう。

 実際、HMFLのゲーム内でも、ソロの際は同様のやり方で何度もこの巨獣ギガルカータを狩ってきたんだ。

 最初のうちはソレで上手くいくと思ってたんだが……。


 「くっ、このやり方、思った以上にキツいな」

 何度も繰り返した言葉だが、狩猟これ電子遊戯ゲームではない。

 HMFL内では慣れれば15分足らずで狩れた豪鋏蟹コイツだが、時間の流れがゲーム内と現実のこの世界では当然異なるため、四半刻(≒30分)近く渡り合っても、相手の生命力たいりょくを半分も削れた気がしない。

 しかも……。


──轟ッ!!


 目の前ほんの十数センチの場所を、この化物ガニの巨大な左のハサミが薙いでいく。

 本能的な恐怖に硬直しそうになる体を無理やり動かしてバックステップ……というか、ほとんどよろけるような形で後ろに下がり、武器を構え直すと目の前にさらされた弱点──左ハサミの付け根部分に目がけてハンマーを振り下ろす。

 岩を叩いたような「ガギンッ!」という鈍い衝撃音とともに、こちらの手にも確かな反動が伝わってくるが……これではダメだ。

 我知らず及び腰になっていたせいか、会心の一撃というにはほど遠い当たりで、“そこそこ”程度のダメージしか与えられていない。


 転がるようにして身を翻し、相手の攻撃圏内から抜け出す。

 幸い、ケロが匂付マーキング玉や煙幕玉を投げて豪鋏蟹コイツの気を引いてくれているのもあって、追撃を受けずに済んだ。


 「くぅー、このっ、ちょっとは痛がりニャさい!!」

 攻撃型支援役のカラバも奮戦してはいるのだが、いかんせん店売りの武器(鋼鉄製刺突剣だ)では、さしたるダメージは与えられていないようだ。


 手際がよいとはお世辞にも言えない状態での戦いだったが、それでも相応にダメージはくらっていたのか、しばらくすると巨獣は私達に背を向けて、一目散に逃げていった。


 これ幸いと、私達も小休止することにする。


 「ケロ、跡は追えるな?」

 「もちろんデス!」

 「カラバ、負傷ケガはないか?」

 「文字通り掠り傷ですわ!」

 支援役二人は問題ないか。

 だとすると残った問題はおれほうだな。


 ──正直、舐めていた部分があったことは確かだ。

 この世界に来て半年あまりの間に、数えきれないほどの獲物や大型獣を狩ったし、下級向けとは言え巨獣だって両手で足りないほどの数、討伐している。

 その“御蔭”というか“せい”と言うべきかは微妙だが、私自身、狩猟士としての暮らしに完全に適応したと思っていたんだが……甘かった。

 「本物の命の危険」にさらされたことなど一度もなかった──いや、先日、ヴェスパのご両親と同行した際のギガントアショトルとの遭遇が初めてだろうか。アレに危機感を覚えて鍛え直しをはかったことは、結果的に正解だったとは思うが、それでもまだ見通しが甘過ぎたのだろう。


 ひとつは時間感覚。HMFLは1クエストにつき50分の時間制限があり、当然プレイヤーもそれに合わせて“狩り”の組み立てを行う必要があった。しかし、この“現実”においてはそんな短時間で強力な巨獣を狩れるものではないし、それに応じて気力というか集中力も分配する必要がある。

 たとえるなら、スプリンター的ダッシュ力よりもマラソンランナー的な持久力が求められると言うべきか。それに気づいてなかった私は、たちまち集中力が切れて危地に陥った、というわけだ。


 そして、それと同じくらい重要なのが恐怖心。無論、巨獣と対峙してまったく恐怖心を持たないでいられる人材は稀だろうが、狩猟士である以上、恐怖心に負けてはいけない。

 さっきの私は、完全な“負け”ではないにせよ、恐怖心の影響で動き全体に精彩を欠いていたことは、紛れもない事実だろう。

 恐れで固まっているからワンテンポ行動が遅く、ビビっているから踏み込みが甘い。それらは意識して見なければわからない程度の微妙な違いだが、何十回、何百回と武器を振るう必要のある巨獣狩猟モンスターハントでは、決して無視できないレベルで成果に差が出るのだ。

 (とは言っても、コレばっかりは慣れだからな)

 これまで下級狩猟士用の巨獣を狩っている時は、そういう症状こんせきは出ていなかったのだが、今回の相手に冗談抜きで生命が危険にさらされたことで発覚した欠点あなだと言える。むしろ、今のうちに発見できてよかったと、前向きにとらえよう。


 「克服するには……実戦あるのみか」

 意を決して立ち上がると、すぐそばに私を心配げに見守る支援役たちの姿があった。

 「御主人様……」「大丈夫デスか?」

 そうだ。徒党を組んでいなくとも私は単独ひとりじゃない。

 ソレを自覚するだけで、幾分、気持ちが楽になった。

 私は、籠手に覆われた武骨な手で、二匹ふたりの頭をそっと撫でる。モフモフした毛並みの感触で、ささくれだった心が癒されていくのが分かる。

 「あぁ、もう大丈夫。さぁ、行こう!」


  *  *  *   


 その後、気合を入れ直したリーヴ一行は、誰も大きな怪我をすることもなく、無事に豪鋏蟹ギガルカータの狩猟に成功したのですが……。


 「えぇっ? ギガルカータ討伐の依頼クエストはもう無い!?」


 ハルメンの狩猟士協会支部で、リーヴが素っ頓狂な声をあげて驚いていますが、残念でもなく当然の話です。

 いかに“この世界”とは言え、絶対魔獣前線ジェニシスでもあるまいし、あんな準上級クラスの巨獣が人里近くを無数に闊歩してたら怖いでしょう? そもそも、そんな危険な場所に人が住むはずもありません──ゲームじゃあるまいし(※ただしジェニシスは除く)。


 同主旨のことをリーヴたちも協会の受付嬢に説明されています。

 「言われてみれば、確かに盲点でしたわね」

 「どうするんデスか、マスター?」

 HMFLの世界から“来た”カラバとケロにとっても、「依頼切れ」というのは意外過ぎる事態ですが、なんとか納得したようです。

 「ふぅむ。そうなると……マグニキャンサル狩りでもするしかないか」

 「あ、マグニキャンサル討伐関連の依頼でしたら5件ほどご用意しておりますよ!」

 親切にも受付嬢はそう教えてくれたのですが、リーヴは内心で頭を抱えています。

 (こ、こっちも数に制限があるのか。いや、まぁ、協会が生態系バランスの維持も視野に入れている以上、仕方ない話なんだろうが)


 どうやら、リーヴ一行の金策ツアーは、いましばらくかかりそうです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る