第27話 ターニングポイント(転機)

 元・牧瀬双葉なおれことリーヴが、カクシジカ(というか“この”世界)で暮らし始めて、半年あまりが過ぎた。


 「──ふぅ、いい湯だな、っと」

 今日も協会の訓練所で実演を交えた講義を終え、家に帰ってケロが作ってくれた夕飯を食べたあと、土間の樽風呂を湧かしてお湯に浸かりながら、ボンヤリ考え事をする。


 比較的(諸々の意味で)治安のよいルノワガルデ盆地内の、さらにその中でもかなり恵まれた部類に入るカクシジカの町にいると、つい忘れそうになるが、現在の“この惑星ほし”は基本的に人類ハードモードな世界だ。

 巨獣怪獣はもとより、それよりもっと数多く跋扈する大型獣の存在すら、一般人には脅威の一言に尽きる。それ以外にも植生・環境の激変に伴い、人類(含む、獣人、龍人)の生存圏は、大異変が発生する以前の10分の1以下に狭まっているのだ──まぁ、人口の方も、それに比例して最盛期の1割程度に減少しているわけだが。

 そして、耕地が限られているうえに窒素系化学肥料などが手に入らないこの環境において、爆発的に収穫量、ひいては人口が増えることはおそらくない。「産んで、増えて、地を満たす」人間という種の長所が活かしづらい環境であることは間違いないだろう。

 無論、ゲームのタイトル通り、開拓地フロンティアは、在る。以前、ロォズたちに話したジェニシスなどは別の意味で(巨獣狩りの)最前線フロントラインになっているが、それとは異なる正しい意味での“開拓村”も時折作られはするんだが……環境の厳しさ故に失敗することが多い。

 開拓失敗の原因の7割以上は──“巨獣怪獣への対処の不備”だ。

 逆に言えば、周辺に出没する強力な巨獣や怪獣に対して適切な処置さえできれば、人類の生存圏を少しずつでも押し広げていくことができるはずなのだ。


 そして“だからこそ”この世界に於ける狩猟士、特に上級以上の狩猟士は、庶民のみならず貴族や場合によっては王族すらからも一目おかれ、狩猟士協会はかなりのアドバンテージを与えられている──と、これはおれの勝手な推測だが、あながち的外れでもないと思う。


 (しっかし……魔王率いる魔族軍を斃すRPG的ファンタジー世界じゃなくて、気楽(?)な狩りゲーの世界に来たはずなのに、結局やることは「人類世界を救うための狩猟たたかい」なのかー)

 まぁ、古典的RPGと違って「勇者様ヒーロー」に相当する人材が一人じゃないのが救いだけど……って、いやMMO-RPGとかだと、その“勇者”も多数いるのがある意味普通だっけか。

 無論、その「救世主はひとりじゃない」という状況に甘んじて、自分は何もしない……いや、ニートになるワケじゃなくて、ほどほどに狩りや指導はするつもりだけど、あくまで“ほどほど”、“安全圏”に留めて暮らしていくというのも、ひとつの生き方ではあるだろう。

 でも……。


 「ニャーに、難しい顔して考え込んでますの、このヘタレ御主人様マスター!」


 !

 懐かしい声に驚き、目の前──ではなく、だいぶ下の方に視線を下げると、そこには見覚えがあり過ぎる程ある一体の立猫ケトシーが、腕組みしながらふんぞり返っていた。

 オレンジに近い体色の虎猫に革の長靴ブーツ外套マントを着せて立たせ、頭には剣士カバリエよろしく粋な深紅の羽根つき帽子を被ったその姿は……。

 「ま、まさか、カラバ、か!?」

 「まさかもニャにも、わたくし以外にこれほどの美猫びじんが、そうそういるはずもありませんわ!」


  *  *  *   


 いやぁ、双葉リーヴさん、驚いてますねぇ。

 もちろん、あの子──立猫族の支援役アシスタントを、あちらに送ったのはわたしです。

 名目上は「実績解除(今回は「教え子が100人を越えた」です)のご褒美」ということになっていますが、それは半ば口実で、少々見ていて歯がゆかったものですから、積極的に彼女かれの背中を押してくれるような人材(ネコですが)を傍に送り込んだというのが正直なところ。

 加えて、ケロくんはもちろんイイ子ですが、リーヴ嬢が本格的に上級向け巨獣に挑むなら、より戦闘向きの支援役がもうひとりいた方がいいだろうとの判断もあります。


 ええ、そうです。

 小市民な堅実主義者でありながら根が善人なせいか、彼女かれ、「上級マスターを通り越して超級オーバーマスターの実力があるはずの自分が、安全な場所でのんびり下級狩猟士向けの獲物を狩って暮らしているのは、ただの怠慢じゃないか」と、最近気に病んでいたのです。


 無論、そんなコトはありません。

 身丈じつりょく以上の獲物に手を出すのは無謀かつ(依頼失敗と救助要員的な意味で)迷惑ですが、その逆──「高い実力を持つのにほどほどの獲物を対象に狩る」ことは別段恥ずべき事でもなんでもない、立派な狩猟士としてのライフスタイルのひとつです。

 これが、たとえば「街に怪獣デーモンが攻めてくるので、その時いる狩猟士総出で迎え討つ緊急依頼が発令された」とかそういう状況で、ひとりだけ逃げ出したのなら非難も受けるでしょうが、極論すればソレさえ「あり」なのです。

 なにせ、狩猟士の世界は基本的に自己責任ですし、徒党パーティが全滅しても所持金半減で生き返ったり、ぼったくりな値段で失敗する可能性があるものの灰になっても蘇生できたりする幻想的インチキな世界ほど、この世界は優しくありません。命はひとつこっきりで、失くしたらソレで終わりなのですから。


 とは言え、要観察者サポートたいしょうがやる気になってくれたのは(せっかく作った世界が活性化するという点でも)いいことですし、我々としても多少は融通を利かせてもよいかという気になります。

 あのツンデレ猫さんが、煮え切らない御主人様かいぬしにハッパをかけてくれるでしょうから、わたしとしてはさらなる戦力の充実を目指して新たな上級依頼ソチラ向けの仲間を捜しておいてあげましょうかね。

 ひとりに絞って押し付けるのは、性格などが合わなかった時マズいですし、あくまでリーヴが自分の意思で相手をを選べるように、何人か候補を見繕って、双方さりげなく誘導して……。

 さぁ、忙しくなってきましたよ!

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