第25話 テイスティング・ゲイム(獲物の試食)

 修学旅行生がお土産に買う木刀をひと回り太くしたような太さの濃緑色の“棒”を手に取り、関節部を逆に曲げてボキリと捻じり折った後、解体用ナイフではみ出た筋繊維を切って、20センチほどの長さに揃える。

 ツルッとした硬質な“表皮”の平たい部分にナイフで切れ目を入れてから、軽く塩を擦り込み、すっかり使い慣れた感のある屋外焼料理バーベキュー用の金網の上に並べていく。無論、即席で組んだ石竈で火は起こし、すでに充分熱してある。

 ほどなく、パチパチという音とともに“タンパク質の焦げる香気かおり”が辺りに広がり始めた。


 「せ、せんせぇ~、ほんまにソレ食べるん?」

 「し、信じられませんわ」

 なかなか美味そうな匂いだと思うのだが、生徒おしえごのうちの女の子ふたりは、驚愕2割・嫌悪感8割といった感じで、あまり気乗りしない様子だ。

 (ありゃ。農村出身って言うから、イナゴとかイケると思ったんだが……ああ!)

 この子らは、もっと北の方の出だっけか。

 跳蝗リグス類の主な生息地は南方寄りだし、確かに食べる機会はそうそうないだろう。

 「でも、匂いは悪くないかも。意外と美味しいとか?」

 黒一点のレオナルド少年だけは、比較的好奇心を抱いているようだ。


 (フッ……幼馴染ふたりに振り回されてるだけかと思ったら、意外に男の子してるじゃないか)

 何か気味悪がって尻込みする女の子を前に、「自分はそんなの平気だ」とアピールするのは、(過去の自分の経験を振り返っても)この年代の少年にはありがちだろう。

 微笑ましく思いつつ、そんな彼の“恐れ知らずアピール”をアシストしてやる。

 「ふむ。百聞は一見ならぬ一食に如かず。食べてみるかね?」

 金網の上に並べたソレ──先ほど倒したメガリグスの後肢の“脛”に相当する部分が、いい具合に焼けてきたところなので、トングで皿に取り、ナイフで最初に入れた切れ目から縦に両断して、その片方を渡す。

 「あ、中の“肉”は緑じゃなくて白っぽいんだ。なんか、カニみたい……」

 確かに、色を無視するとの質感は、焼いた蟹足に近いと言えるな。

 もっとも……。

 「!」

 恐る恐る指先で摘まみ上げ、「えぇい、ままよ!」とばかりにパクッと断面部に食いついたレオ少年が、驚きに目を見開く。

 「どうしましたの、レオ!?」

 「不味いんやったら、「ペッ」してエエで?」

 背後から心配げに見守り、語り掛けるふたりの仲間に向かって、勢いよく振り返った彼は、しばしモグモグと咀嚼を続けたのち、口の中身を嚥下して語り始めた。

 「これ、カニというかエビっぽくて、すごく美味しいよ!!」

 そう、見た目はカニ肉っぽいのに、食感としてはエビというかロブスターに近い感じなんだよな。

 「エビとかカニと違って海産物系の匂いがぜんぜんしない代わりに、ほんのり野草っぽい匂いが、さわやかで食欲をそそるって言うか……」

 控えめな彼が随分と饒舌になっているのは、この焼きリグスの味を気に入ってくれたからだろう。


 「え? ほんまに?」

 「嘘をついてる素振りは……ありませんわね」

 信じられない者を見たような目で少年の顔を注視していた少女ふたりだったが、レオが嘘をついてるわけではないと分かったようで、少しだけ興味をそそられた様子だ。

 「あとから焼いたぶんも、そろそろ食べごろだが──どうする? 無理に、とは言わんが」

 そう声をかけてやると、エヴァとジョカは顔を見合わせ……「お願いします」と声を揃えて返事してきた。


 (うむ、良きかなよきかな)

 「狩猟士は食べ物に関して好き嫌い、特に食わず嫌いしちゃいかん!」というのが私の持論だ。

 新米や下級になりたての頃は、それほど遠出もしないだろうし、空腹でロクに動けないなんてには、そうそう遭わないだろうが、それにしたって、この世界の素質タレント持ちは(私自身も含めて)、大柄で強靭な身体の代償か燃費が悪すぎる。

 一応、狩猟士協会でもその辺りは考慮してて、大きさの割には熱量カロリーの高い携行糧食(甘じょっぱいカロリーバーみたいな物)を開発して、依頼クエスト時の携行を奨励はしているんだが……正直、よっぽど空腹な時でもない限り、あまり積極的に口にしたい代物でもない。

 アレを食べるくらいなら、出先で食べられる獲物の肉を適当に串焼き(というか洗った木の枝に挿して焚火で炙るだけ)にでもして食う方が、まだ胃袋的にも精神的にも満足感が得られるし、身体が資本の狩猟士にとってベターな選択なはずだ。

 「だからって、マスターみたいにいつも焼肉用金網を持ってくのは、やり過ぎな気もしマスけど……」

 (なんでや! 便利やろーが、金網! 肉だけやのーて、魚や野草の類いも、あんじょー焼けるんやで!!)

 ポツリとケロが漏らした呟きに心の中で似非関西弁で反論しつつ、4本目のリグスの脚焼きを金網の上でひっくり返し、程よく焦げ目がついてるのを確認してからトングで自分の皿に移す。

 「ケロも食べるだろ」

 「──いただきマス」

 むしろ嗅覚のいい狗頭族コボルには、この美味しそうな匂いは限りなく拷問メシテロだったろう。

 普段はわりと遠慮がちなケロが間髪入れずに即答したあたり、その切迫具合がわかるというものだ。


 「それで教官、その……」

 「大跳蝗って他にも食べられる部位はあるのん?」

 各人に割り当てられた脚焼きを“殻”までしゃぶりそうな勢いで平らげた少女ふたりが、熱い(食欲に満ちた)視線を向けてくる。

 先刻までのゲテモノ扱いはなんだったのかと思わないでもないが、彼女たちの後ろでレオ少年が両掌を合わせてペコペコ頭を下げてるのに免じて、教えてやろう。

 「ふむ、そうだな。後肢ほどの大きさはないが、他の4本の前足も綺麗に洗って切れ目を入れ、鍋で茹でるとなかなかいい出汁ダシが取れる。これに汎用雑草フラックス緑葉葱アリュンの葉を散らして、適度に塩味をつけるだけで食欲をそそるスープができるし、もっと手の込んだ鍋料理のブイヨン代りに使うのもいい」

 半ば趣味と実益を兼ねて、協会の資料書庫で調べた(だけでなく、自分でも調理じっせんしてみた)知識を、3人に披露する。

 「腹部も同じく塩茹でしてから、赤ん坊の拳大にブツ切りにして、野草や根菜類と一緒に豆醤セウスで味付けしつつ煮込むのが、南方での一般的な食べ方だな」

 「お味の方は如何ですの?」

 ちょ、エヴァ、グイグイき過ぎ。お嬢っぽいお前さんが一番の食いしん坊キャラかよ──まぁ、いい。

 「高級食材の海湾産エビや紅キャンサルには一歩劣るが、下手な川エビや沢ガニなんかよりはずっと美味いぞ。もっとも、キミたちも今食べて実感した通り、“身”の食感はエビ・カニに近くても、風味はまるっきり別物なんだが」

 「残念ながら鍋は今日持ってきてないけどな」と伝えて、本日の屋外実習はひとまず終了とする。


 「さて、今日の講義では幾つか新米狩猟士にとって重要なコトを教えたつもりだが……3人ともちゃんと理解してるよな?」

 町の門が見えるところまで戻ってきたところで足を止め、エヴァ、ジョカ、レオナルドの顔を見渡す。

 「ロクな知識も経験もなく、思い込みで見知らぬ獲物を相手にするのは危険……ということでしょうか」

 「それと、ウチらが如何に力任せの稚拙な攻撃をしとったか、やね」

 うむ。そのふたつを実感してもらえただけでも、わざわざ外に出た甲斐があるというものだ。

 「──それと、った獲物を現地で食べることの趣味たのしみ実益ゆうこうせい……?」

 冗談めかしてそう述べるレオナルドに向かって、大きく頷いてみせる。

 「それもまた、一人前の狩猟士にとっては必要なことだ。腹ペコの狩猟士なんて、痩せたボアズ以上に役に立たないからな」

 無論、調理の際は、危険がないよう周囲を警戒する必要もあるし、その意味でも、単独ソロ狩猟ハントというのは、いろいろ難度が高いのだ──と付け加えて、本日の授業を締めくくる。

 (ま、これで、ちょっとは考えて狩猟しごとに出るようになれば御の字だろ)

 臨時とは言え、一応“先生きょうかん”やってる身としては、弟子おしえごが重傷負ったり命落したり姿は、やはり極力見たくはないからな。



追記.

 彼女たちが仕留めたリグス(の残り)は、彼女たちの今日の猟果として引き渡したんだが、「跳蝗素材を料理して出してくれる店を知りませんか」と問われたので、“釣り人の憩い亭”を推薦しておいた。

 今は別の借家に住んでる私も、未だしばしば食堂に食べに行くほど、あの宿の女将さんの調理の腕前は確かだからな。


 ──よほどあそこの跳蝗鍋の味が気に入ったのか、その後しばらく(主にエヴァの強い意向で)草原でメガリグス狩りに邁進することになった……と、レオくんに後日愚痴られることになったのは誤算だったが。

 うん、まぁ、ガンバレ。効率的な大跳蝗狩りの手法コツは、翌日の座学の授業で教えてやっただろ。

 え? 「それだけじゃなく、最近、エヴァがどんな獲物見ても、どうやったら美味しく食べられるを気にしてるみたい」?

 ふむふむ。むしろ、それは狩猟士として不可欠ではないにしても有用な資質だから、キミらも受け入れた方がいいぞ。

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