第二部 Noチート編

第24話 サージャント・ハートマン(鬼教官)

 跳蝗リグスとは、昆虫種に属する草食に近い雑食性の生物だ。

 その主な生育環境である草原に合わせた緑褐色の体色で、流線形に近い前後に細長い身体と発達した後肢、丈夫な顎を併せ持ったその姿は、地球でいうところのトノサマバッタやイナゴに酷似している。

 もっとも、普通種でもクルマエビよりふた回りほど体長が大きい。大型種の大跳蝗メガリグスに至っては体長半プロト前後に達する大きさまで成長するため、単に畑の作物の天敵というばかりでなく、一般人が駆除しようとすると相応の危険性も出てくる。


 「では、エヴァ、対峙する人間が注意すべきメガリグスの“攻撃方法”はどんなものがあると思う?」

 今回の“生徒”の中では、比較的にまじめに講義に耳を傾けている徒党パーティリーダーらしき少女に質問を投げかける。

 「は、はい! それは……ジャンプしての体当たり、かしら?」

 銀髪紅瞳の少女は、一瞬ビクッとしたものの、すぐに落ち着きを取り戻して、そんな答えを返してきた。

 「正解。メガリグスやその上位種たる翅翔蝗ギガントリグルと戦う時に一番警戒しなくてはいけないのが、この体当たりだ」

 「でもな~センセ、体当たりって言うんなら、ウチらかて、もうウサギ相手で慣れっこやでー」

 ちょっと関西弁っぽい(いや、この世界に大阪も京都もないんだけど)訛りの混じった言葉遣いで反論してくるのは、エヴァともうひとりとともに徒党を組んでいる少女のジョカだ。

 「ふむ。ランプヘアのことか。もう、何体くらい狩った?」

 私が問うと、少女ふたりの視線が、残るひとりの徒党メンバー──やや癖のある赤毛を短めに刈り込んだ少年の方に向けられる。

 「えーっと……たしか昨日でちょうど20匹目を狩れました」

 徒党の庶務会計他ざつむぜんぱんを担当していると思しき少年レオナルドが、ほんの少しだけ考え込んだあとに、そう答える。

 「査定ランクは?」

 「昨日狩った3匹のうち1匹がほぼ満額でした──他の2匹は半額でしたけど」

 最後に小声で付け加えた言葉もちゃんと聞こえているぞ。

 「あ、あれは、ジョカが悪いんですのよ! たかだかランプヘア相手に全力でアックス振り下ろすから……」

 「そやけど、エヴァかて力加減まちごーて、1匹目を真っ二つにしとったやん」

 あー、ちょいと慣れたきた新人にありがちな「力を持て余す」傾向だな。

 ふむ……なら、ちょうどいいか。

 「本来は座学の時間だが、私はあまり人に蘊蓄のうがきを垂れるのが得意ではなくてな。この際だから、現場で実地を交えて教えようかと思うのだが……どうする?」

 そんな風に水を向けてやると、おもしろいくらい簡単に3人は飛びついてきた。

 「行きまーす!」

 「右に同じ、ですわ」「お、俺も……」

 「では、狩猟時の装備を身に着けて、15分後に南門に集合!」

 指示を出すと、はじかれたように3人組は教室──狩猟士協会の1階奥を臨時で借りているものだ──から飛び出していく。

 (やれやれ、年齢的に座学おべんきょうが嫌いなのはわかるが、知識を軽視するのは感心せんな)

 「まったく若いモンは」と我ながら年寄りじみた感想を脳内で呟きつつも、このあとの手順を考えると、ちょっと──ほんのちょっとだけ意地悪な笑みが頬に浮かびかけるのを懸命に堪える。

 嗚呼、初心者に毛が生えた程度の若者の、天狗になりかけている鼻っ柱を叩き折ることの快感よろこびよ!

 (うーむ、我ながら性格悪い。“俺”って別段、愉悦部員サドってわけじゃなかったはずなんだが)

 いやいや。これは……そう、親心! 前途有望な若人が、増長して致命的なミスを犯す前に、あえて失敗させて教訓を叩き込んでおかないとな!!」

 「マスター、悪い顔、してるデス」

 ハッ!

 声の聞こえて来た方──右下の辺りに顔を向けると、長年(と言ってもHMFLでの話だが)苦楽を共にした相棒アシスタント狗頭族コボルが、呆れたような顔(犬そっくりでも、結構表情豊かなのだ)で此方を見つめていた。

 「──見てたのか、ケロ」

 「はいデス。ちなみにあとの呟きも聞いてマシた」

 OH……。

 普段は(それこそ飼い主に対する愛犬のように)親愛の情に溢れているケロの、ちょっぴり冷たい視線というのは、結構心にクる。


 「……生徒クラスのみんなには内緒だぞ♪」

 自分でも似合わない(なにせ身長190近いマッチョ女だ)とわかってて、あえて可愛い子ぶる勇気!

 「はいはい。わかりマシた」

 相手もよくわかってるので、あっさり受け流してくれるので助かる。

 (これがカラバだと「はぁ? 御主人様、暑さで脳が茹だりましたの?」とか蔑んだ目で見てくるだろうし、チーチーだととめどなく悪ノリするだろうしな)

 今はもう会えない古馴染の支援役アシスタントふたりのことを想い出し、ほんの一瞬感傷的になりかけたが、ぐっとこらえる。


 「では、そろそろ我々も行こうか、ケロ。いつもの“荷物”は用意してあるな?」

 「もちろんデス」

 “こういう時”のための品物ひと揃えを載せた運搬台車をケロに牽かせて、町の南門まで足を運ぶ。

 さーて、そろそろリーヴ教官せんせいの蜂蜜(入り回復薬が複数必要な)授業、本格始動はっじまるよー!


  * * *  


 門の前には、フル装備(と言っても、未だ硬革製ハードレザー鎖帷子チェーン程度ではあるが)に身を固めたジョカ、エヴァ、レオナルドの3人が先に来て待っていました。

 「せんせぇ、はよ行きましょ!」

 「先程の授業内容からして、今日はメガリグスを狩るのですわよね?」

 姦しい女子ふたりに比べると、レオナルドの表情はやや硬めです。どうやら、初見の獲物を狩るということで少なからず緊張しているようです。

 しかし、それに対するリーヴの感想は……。

 (ふむ……悪くない。むしろ、未知の危険に対する警戒心というのは、狩猟士としては不可欠なものだ)

 警戒心ソレを持たず、初見の巨獣や大型獣に殺されたり、再起不能にされる狩猟士が一定数いることを思えば、レオナルドの方が大成する可能性すらあります──彼が素質タレント持ちであったらの話ですが。

 あるいは、素質のない自分が女の子ふたりの足を引っ張らないか、と危惧しているのかもしれません。


 (それにしても、男1&女2で、その内ひとりが素質持たず、か……)

 リーヴの初めての“弟子おしえご”と呼べる3人組──ロォズ、ヴェスパ、ノブのトリオを思わせる組み合わせです。

 (もっとも、辺境の村出身で力仕事に慣れた男のぶん、同い年でもロォズよりレオナルドの方がだいぶマシではあるがな)

 ゲーム風に言うなら、HPとVITの値が当時のロォズより多少は高いので、大型獣の攻撃も(当たり所が良ければ)1、2撃なら耐えられるでしょう──え? 巨獣? ははっ、誤差の範囲ですね。

 ちなみに、彼女たちと別れてから3ヵ月あまりが経過した現在、あのトリオはロォズも含めて下級狩猟士としてバリバリ……と言わないまでも堅実に狩猟しごとを頑張っているという話は、リーヴも耳にしています。

 ──と言うか、別段ケンカ別れしたわけでもないので、休日なんかにはたまに会って食事したり、初めての狩猟対象てきに挑む時にはアドバイスしたりしてますしね。

 そして素質無しである(そして最底辺に近かった)はずのロォズを短期間の指導でそこまで育てたことが話題になり、リーヴの訓練教官としての株が上がっているのだと言っても過言ではないでしょう。


 (私はたいしたことはしてないんだがなぁ)

 リーヴのこの嘆息は決して大げさではなく、その授業の大半は、HMFLのプレイヤーであれば大半がゲーム開始時に体験する一連のチュートリアルクエストを、彼女リーヴなりに噛み砕いて生徒たちにやらせているだけなのです。

 が。

 仮想空間ゲームではなく“現実”であるこの世界においては、これは非常に有効かつ効率的な授業レッスンでした。

 というのも、よほど大きな町や街でもない限り、協会付属訓練所の実技教官というのは、せいぜい20ランク前後の下級狩猟士が大半で、その教え方も我流がいいところ、かつ使える武器種も偏っているのが普通です。

 リーヴのような上級(本当は超上級オーバーマスター)狩猟士が、普通に使われる14種の武器すべてを、基礎的な使い方から懇切丁寧に教えてくれる訓練所なんて、それこそ王都ニアーロやそれに準じる規模の街でもない限り存在しないのです(そしてそちらだって、現役ではなく引退した上級が普通です)。

 加えて、ランク7~8前後までに相手取る獲物を実地で狩る方法を見せてくれる“実技指導”付き、とあればその効果のほどは推して知るべし。


 もっとも……。

 「さて、この草原にも数は少ないがメガリグスが多少は存在する。今から私が追い立ててくるから、まず君達3人はここで待ち構えて迎撃してみたまえ」

 ──その実技における指導方針は、(相変わらず)いささかスパルタでもありますが。

 「えっ? 俺達だけで、ですか?」

 レオナルドが少々戸惑っていますが、他のふたり──ジョカとエヴァは大乗り気です。

 「任せといて! ちょい大きめの跳蝗くらい、ウチらならちょちょいのパッパや」

 「そうですわね。わたくしたちも昨日ランク5まで上がったのですから、ランプヘア並みの大きさの大型種くらい油断しなければ対処できますわ!」

 傍観者の視点からは、「盛大なフラグ立て乙」としか言いようがありませんね。

 「うむうむ、期待しているぞ。では、行ってくる」

 草むらの中に消えていくリーヴがどのような表情をしていたかは──わざわざ解説するまでもないでしょう。


  * * *  


 「主な攻撃方法は、離れた位置からの跳躍ジャンプによる体当たり(頭突き)で、稀に噛みつき攻撃も仕掛けてくる」

 瘤兎ランプヘア大跳蝗メガリグスの攻撃方法を、大雑把にまとめれば、確かに似たような文章ものになるだろう。

 しかし、ひとことで“跳躍からの体当たり”と言っても、その実態は大きく異なる。


 「あぐっ! な、何やこれ、こんなに遠くから……」

 柄を両手で持てるよう長めに拵えた手斧ハンドアクスを構える少女──ジョカが、獲物えものの体当たりをかわし損ねて右肩に打撃を受け、盛大に尻もちをつく。

 メガリクスの跳躍可能距離はランプヘアのおよそ1.5倍。それだけ跳べる分、スピードも大幅に上だからな。悠長に構えてたら、そりゃ避けられんさ。

 「こ、こンのォ、虫けら如きが……わたくしのカタナの錆になりな……さいッ!!」

 おぉ~、威勢のいいことを言っているが、エヴァの振り回す刀はメガリグスのキチン質の堅い表皮に阻まれて、ロクなダメージを与えてないな。

 「こ、こんなにぴょんぴょん跳び廻られたら、狙いがつけられないよ~」

 軽弩クロスボウ使いのレオナルドも、どうしたらいいかわからないらしく、右往左往するばかりだ。

 見かねてケロが助言しようとするが、私は首を横に振って止めさせる。

 幼馴染同士らしいこの徒党は、田舎からカクシジカに出てきて依頼、順風満帆に行き過ぎてたから、ここらでちょっとくらいイタイめに遭っておくほうがいい。


 数分後、きりきり舞いした挙句、疲労困憊で息を荒げる3人の姿があった。

 ここで「計画通り」と新世界の神ばりの邪悪な笑みを浮かべる……のは、何とか我慢し、教官モードの真面目くさった顔を作って、3人に歩み寄った。

 得意武器のひとつ、拘束鞭バインドウィップを使って、あっさりメガリグスを絡め取り、勢いよく踏みつけて動けなくする。

 そのうえで、3人に問い掛けた。

 「たかがバッタ、されどバッタ。それほど好戦的な相手ではないとは言え、なわばりに足を踏み入れたら、こんな風に攻撃してくることもある。

 そして、その攻撃能力は決して軽視できるものじゃないことは分かっただろう?」

 「「……」」「……はい」

 小声でも返事したのはレオナルドだけか。さすがに非タレントだけに危険性を十分把握しているな。

 他の二人は、「こんなはずじゃあ」「これは何かの間違いよ」とイマイチ現実を認められていないようだ。

 それじゃあ、念押だめおししとくかな。

 「ちなみに、あまり群れないランプヘアと違って、メガリグスは数匹単位で同じ草むらに潜んでいることもある。主な生息域はここよりもう少し南の地方だが、この辺りでもちょっと探せばこんな風に簡単に見つかる程度のポピュラーな生物だ。気を付けないと、別の獲物を追ってる時に、横からドンッ! ……なんてことも普通にありうるわけだ」

 お、女子ふたりがいきなり草むらに怯えた視線を向け始めたな。薬の効き過ぎ──でもないか。むしろそれくらい警戒心を持つ方が好ましい。

 「安心しろ。メガリグスを中心とする昆虫系の有害生物への対処方法は、教室ざがくでバッチリ教えてやる」

 それを聞いた3人の顔がパァッと明るくなったんだが……。

 「ただし、それは明日の話だ。今日のところは、この私の足の下でもがいてるコイツを3人でキッチリ仕留められるよう頑張れ──ほら、放すぞ!」

 足をどけると同時に鞭の拘束も解く。

 私から本能的に逃げようとしたメガリグスは、びょーーーんとこれまででも一番勢いのついた跳躍を見せるが、その進行方向には、ジョカとエヴァの姿がある。

 「「ぎにゃーーーーッ!」」

 嫁入り前の娘があげちゃいけない類いの悲鳴がユニゾンして草原に響きわたるのだった。

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