第17話 ガンナーレッスン(射撃手修行)

 当初は無茶ブリかと思われたリーヴによる少年狩猟士への指示でしたが、3頭目のメガボアズが倒れるころには、ノブは早くも大楯スクトゥムを用いた戦闘のイロハを身に着けつつありました。

 大きく頑丈な盾で受け止め、逸らし、いなし、時にかわしつつ、自分に有利なポジションを占められるよう、相手の動きを誘導し、そのうえで斃す。

 「見える! 僕にも敵の動きが見えるぞ!」

 手に持つ盾だけでなく、足さばきや体さばきにも気を配り、無論、必要なら左手に持つランスも利用する。

 これまでの彼が「タンクLv1」だとすれば、今は「タンクLv3」くらいに一気にスキルアップしたと言っても過言ではありません。身体能力自体は変わらなくても、相応の素質を持ち、適切な知識とその実例サンプルがあれば、驚くほど短時間で腕前を上げることは不可能ではないのです。

 「流石だ。そろそろ私よりも巧いかもしれん」

 リーヴは、得意武器4種のうち3種までが盾を持たず相手の攻撃をかわすことが基本となっているので、実は上級狩猟士としては盾関連の技量はそれほど高くありません。

 ノブに見せた2通りの動きも、重槍使いとしては基本から一歩踏み出した程度のもので、ランク20前後の下級狩猟士でも身に着けている者はそれなりにいるはずです(逆にそういうことをまるで知らない力押し一辺倒の者もそこそこいますが、そういう人はすぐに頭打ちになります)。

 ──もっとも、専業の槍使いでもないのにそれを知っていたのは、HMFLプレイヤーで、息抜きに色んな武器を試したり、攻略サイトなどを見たりすることも多かった元双葉だからこそ、という背景もありますが。


  *  *  *  


 「さて、午前中の特訓でノブの大盾持ちとしての実力が大いにアップしたところで、午後からは残るふたりの特訓に移ろうか」

 4頭目(私が倒したのも含めると5頭目)の大猪を倒したところで、いったん休憩を入れることを宣言し、今は4人一緒に台車を置いた場所まで戻って昼食を摂っている。

 昼飯は狩猟士御用達の携帯食糧……だけではさすがに味気ないので、倒したメガボアズから、アシの早い部位を選んで適当な大きさに切り、焚火の火で網焼きにしてみた。

 なお、獲物の解体は、一頭倒すごとに手の空いているロォズとヴェスパにお願いして、すでに済ませてある。季節的には春と言ってよい時季だし、肉を入れた袋には氷結石を使って簡易クーラーバッグ状態にしてあるから、あと数時間くらいはここで粘ってもは問題はあるまい。

 ちなみに、金網と氷結石は自腹で、昨日、風呂から出たあと、店を回ってこっそり購入しておいた。割と痛い出費だったが、繰り返し使える、使うべきものだし、まぁ、多少はね?

 「でも、依頼の達成だけなら、午前中にリーヴさんとノブさんが倒した分だけでも十分なんだよね」

 ためらいがちにそう尋ねるロォズに、あえてしたり顔で頷く。

 「うむ。ならば、ここで切り上げて帰るか? 徒党の防御役タンクたるノブの成長という一定の収穫もあったことだし、少なくとも無為な半日ではなかったと思うが」

 念のためそう尋ねたけど、3人とも首を横に振った。

 「僕だけ色々教えてもらって、はいそれまでというのは、ちょっと罪悪感が……」

 「体力的には、まだまだ余裕があるでありますよ~」

 「──じゃあ、ボクも覚悟をキメる。特訓、続けようよ!」


 ほうほう、なかなか勤勉で見どころのある若者達だ──「若者」なんて言葉思い浮かべた時点で、自分が歳食ったと自覚させられて、ちょっと凹むが。

 (大丈夫、今のこの体は21歳だから。10歳若返った計算になるから!)

 と、心の中で言い聞かせてみたものの、平均年齢があまり高くないこの世界だと、21歳の独身女性は、世間的には立派な年増の嫁き遅れとみなされる。

 幸いにして狩猟士(特に下級以上)の女性の場合、「狩猟しごとに打ち込んでいるから結婚する気がない」という言い訳が使えるので、さほど奇異な目で見られることはない……と、“リーヴの偽造記憶”が教えてくれた。

 現代日本の一般的なキャリアウーマンと比べて、この世界の場合、巨獣と戦える狩猟士の存在は、村や町の安全保証からも素材確保の面からも社会的要求が切実なのだ。

 (これで、狩猟士の素質が確実に子に遺伝するとかなら、また話は違うんだろうけど)

 ヴェスパのような二世狩猟士ももちろん存在するが、逆に両親共に素質タレント持ちであっても、素質持ちの子が生まれる可能性はそう高くない。一説には、両親とも素質がない場合と比べても1割くらいしか違わないらしい。

 そういうことなので、素質持ちの女性狩猟士が「はよ結婚して子供産め!」と無言の圧力で急かされるようなことは、まずない。その点は、未だ男としての自我意識を色濃く残している私にとっては有難い話だった。


 と、そんなことをつらつら考えつつ、私は台車からレンタル品の軽弩クロスボウを手にして肩に引っ掛け、通常のとは別の弩弾ボルト用のウエストポーチを腰に巻く。

 「そうだ。ヴェスパ、君は普段、どんな弾を用意している?」

 実はこの質問はちょっとした引っ掛けで、「狩る相手によって変える」というのが満点解答だ。軽弩の弓にない強みは、弩弾の種類を工夫することで獲物あいてに合わせてより効率的な狩猟が行えることだからな。

 その点は弩砲も似たようなものだが、生憎あちらは基本的に威力ダメージ重視だから、使うべき弩弾の種類も自然と限定され、それほどのバリエーションはない。

 無論、どんな相手にもそれなりに通用する弩弾の組み合わせというのはあるし、それに近い答えでも、合格点はやれる……と思っていたんだが。

 「えーと、基本は一番威力の低い通常弾Cでありますな。多少手強い相手用に通常弾Bもいくらかは用意してありますが、Aは高くてまだ手が届かないのでありますよ」

 「ふむ……まぁ、通常弾Aや分裂弾は新米が使うには割高だしな。で、補助弾は?」

 「え? 補助弾?」

 きょとんとした顔で聞き返されて、一瞬言葉を失う。

 「──は?」

 「……」「……」

 しばし無言で少女狩猟士と見つめ合い……。

 「どうして、味方援護の主役たる軽弩使いが知らないんだよーーーッ!?」

 思わずリーヴとしての口調ロールを忘れて素で叫んでしまった。

 「はわわわ……」

 さすがにヴェスパがちょっと涙目になっているのを見たら、瞬時に頭も冷えたが。


 短弓、長弓、軽弩、弩砲の4種類が狩猟士の使う遠隔攻撃武器だが、それぞれが使用する矢弾には互換性はない。短弓用の矢なら長弓で射ることは一応可能だが、矢の長さが足りないぶん巧く弓を引けず、威力や命中率が激減するので、緊急時以外にやりたがる射手はいないだろう。その逆はこれまた長さの関連でまず不可能だ。

 軽弩と弩砲に関しては、そもそも弩弾たまの大きさからして違うので、取り換えて使うことはできない。

 ──実は、HMFLのゲーム内では、プレイアビリティのためか短弓と長弓の矢、軽弩と弩砲の弩弾はそれぞれ互換性があったんだが、この辺りはやはり現実はゲームと違うということなんだろう。

 で、軽弩用の弩弾ボルトと呼ばれるソレは、非常に多くの種類が(少なくともHMFL内では)用意されていたし、カクシジカの狩猟士用品店にもその大半が置いてあった。

 弓矢同様、普通に撃ち込むことでダメージを与える通常弾、散弾というより榴弾に近い原理で無数の小さな弾体をバラ撒く炸裂弾、巨獣などの硬い皮を貫くために弾頭部の形と材質を工夫した貫通弾──などが直接的な物理ダメージを与える弩弾の代表格だが、それ以外にも補助弾、特殊弾と呼ばれるタイプの弩弾も存在している。

 弾頭部に致死毒のカプセルを詰めた毒弾、それを麻痺毒にした麻痺弾などが前者、可燃性燃料と簡易な発火装置が連動した炎弾、爪の先ほどの氷結石を弾頭に用いた氷弾などが後者に分類される。

 もともと軽弩はダメージ的には短弓以上長弓未満で、弓よりも速射性に劣る武器なので、効率的な狩猟のためには通常弾以外も巧く使いこなす必要があり、だからこそ短弓以上に使い手の技量と戦術が問われる武器なのだ。


 で、このツインテちゃんは、これまで通常弾以外はせいぜい炸裂弾くらいしか使ったことがなかったらしい(その炸裂弾も誤射でノブが傷ついてから恐くなって使用しなくなったんだとか)。

 「軽弩使いの炸裂弾誤射は誰もが通る道のりだから、あんまり気にしなくてもいい。いや、無策に繰り返すのは論外だが、キチンと使いどころを考えれば、あれはあれで使い勝手のいい弾だ」

 「で、でもぉ……」

 いつもの威勢の良さがなりを潜めているのは、先ほど怒鳴ってしまったせいだろうか。

 そりゃそうか。身長190センチ体重90キロ強の女コナンが至近距離で吠えたら、普通は怖くないはずがない。

 「大声で怒鳴ってしまって悪かった。だが、本来、軽弩使いは、さまざまなタイプの弩弾を使い分けることで、味方を援護しつつ、隙を見て獲物にダメージを蓄積させるという、頭脳プレイが要求される。まずは、それを理解しておいてくれ」

 「了解であります!」

 うん、ちょっとは調子が戻ってきたみたいだな。

 それから私は、ヴェスパ(プラスおまけでノブやロォズ)に、様々な弩弾を自分で作製する方法を簡単に教えた。

 「こちらの木の実の殻と、バクレツダケの胞子を合わせれば一番低威力な炸裂弾の代用品が作れる。ハジケソウとオイル菜の絞り汁で、炎弾モドキの完成だ。毒弾や麻痺弾の作り方も、同じような感じでイケる」

 「はい、師匠!」

 いや、弟子をとった覚えはないんだが……。まぁ、いいや。

 「これらの手法は、手持ちの弩弾が尽きた時、現地で補うためはもちろん、あまり強くない獲物を狙う際にも出費を抑える効果があるから、ぜひともマスターしておくことがオススメだ。なんなら、協会でやってる「調合講座~矢・弾編~」を一度受講しておくことをオススメしよう」


 ──と、まぁ、そんな感じで半点鐘ばかり座学はなしに費やした後、いよいよ実戦に移ったワケだ。


 「そう、防壁かべ役がいてくれるなら、その恩恵を十分活かすべきだ。獲物を撃つ時だけ姿を見せ、それ以外、特にリロード中は遮蔽物かべの後ろに隠れることを徹底すること」

 「常に一方的に攻撃できると思うな。獲物てき防御役みかたも生きて、それぞれの考えで動く。その動きを計算ねんとうに入れて、自分の移動するべきポイントを見極めるのだ」

 「今回は、食肉目当てだから毒弾は使えないが、低ランクの麻痺弾や催眠弾なら、倒した獲物にもほとんど残留しないから十分使用可能だ。あるいは、何か予想外な事態が起こって、早急に相手の動きを止めたいと思うこともあるだろう。そんなとき、ポーチに麻痺弾の用意があれば咄嗟に切り抜けることもできる」

 「必要となりそうな弾は、あらかじめポーチの取り出しやすい場所に用意して、適宜入れ換えられるようにしておけ。同時に、獲物を斃すのにどの弩弾たまが何発必要かも常に意識して、リロードのタイミングを計るのも忘れるな」


 「はい、師匠!」


 まぁ、返事がいいのはいいんだがね。

 それでも教えたことを即座に飲み込んで吸収していくというのは、ノブ同様ヴェスパも狩猟士としての才能があるんだろう。


 それにしても、どれもこれも軽弩使いにとってはステップ1に相当する常識的な知識なんだが、それを知らないようなのは、やはり訓練所を出ていないからか。

 「ほら、ヴェスパぁ、やっぱり素直にカシムさんの訓練所に通っておくべきたったんじゃあ……」

 「い、嫌ですよ~、叔父貴の訓練を受けるとなると、最低1年間は地獄のシゴキが続くでありますよ? そんなのゴメンであります!」

 聞けば、このふたり出身の村には珍しいことに(個人の私塾レベルとはいえ)一応訓練所があったらしい。

 そこの教官がヴェスパの知り合い(彼女の父の昔の徒党仲間だったそうな)で、「狩猟士になるなら俺がみっちり鍛えてやろう」と誘われていたのだが、それを嫌って半ば家出するような形で村を出て、近くの町で狩猟士になった後、紆余曲折の末、カクシジカに来たのだとか。


 「えー、もったいないよー、ボクだったら、絶対そのオジさんの指導を受けてから狩猟士になるけどなぁ」

 ロォズの言うことは誠にもっともで、ただでさえ危険がつきまとう仕事なのだから、できる限り先人の知恵を学ぶに越したことはない。


 「ぅぅ……確かに叔父貴のトコロでなくとも、訓練所には足を運ぶべきでありました」

 彼女達が狩猟士登録した町にも小規模な訓練所はあったのだとか。流石に自分が如何に(狩猟士として)無知だったかを自覚した今は、ヴェスパも多少は後悔しているらしい。


 「ま、過ぎたことは仕方ない。今日、私が教えたのは、軽弩使いとしては初歩の初歩だが、これからも常に漫然と獲物を撃つんじゃなく、敵味方の位置関係と戦力の多寡に注意しつつ、さらなる技量り向上に励むといい」

 その言葉をもって、ヴェスパへの指導レッスンは終了とする。


 そして、いよいよ元々の本命(?)であるロォズの指導に移るわけだが……。


 「その前にひとつ確認しておこう。たぶん、ヴェスパやノブも薄々気づいているとは思うが……ロォズ、君は素質持ちではないな?」

 「「「!」」」

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