第6話 リアライズ(実感)

 部屋を出て階段を下り、一階の食堂へ入ると、まだ時間が午後の2点鐘(4時)を廻ったくらいなので、カウンターの隅でパンケーキみたいなものをモグモグ食べてるミドルティーンの少年がひとりいるだけだった。

 少年とは反対の端のカウンターに座り、給仕係らしき女性に声をかける。

 「注文してもよいだろうか」

 「は、は、はいッ! なんなりと御申しつけ下さいッ!!」

 いやいや、オーダーとるくらいでそんな畏まらなくていいから。

 まったく、今の自分はヤクザ姐御とか鬼軍曹とかみたくコワい顔に見えるのかと不機嫌になり……かけて、自重する。

 (ま、確かに、下手なチンピラなんかメじゃないくらい、コワモテの外見であることは、認めざるを得んからなー)

 そもそも“リーヴ(のアバター)”作ったときのイメージモデルが、某極限推理アドベンチャーに登場する“地上最強クラスの女格闘家”だからなぁ。あいにく、『HMFL』内に用意された髪型や顔パーツの組み合わせでは巧く再現できなくて早々にあきらめ、“並の男より長身・鍛えあげられたマッチョ・強面・全身に傷痕”という要素だけ踏襲して、あとはそれらしい外見に整えたけど。

 (まったく……自分自身が“こう”なるとわかってたら、もうちょっと加減したのに)

 なにせ、デフォルトの顔の表情が、目パーツは“見開き”、口パーツが“ヘの字”なので、意識して表情を緩めないと、不機嫌に辺りをニラみつけて威嚇しているようにしか見えないのだ。

 同じ女性アバターでも、せめてもうひとりの“トゥイニー”の方なら……いや、あれはあれで「お色気過剰のゆるゆる脳天気キャラ」だったから問題アリか。どう考えても(主に男関係の)トラブルを誘発するとしか思えないし。

 残るひとりは男性アバターで、「東方出身の老練な侍」をイメージした渋い系だったから、アレが一番マシだったんだが……でも、いきなり設定年齢が50歳を越えたジジイキャラになるのも、それはそれで嫌か。この世界の平均年齢って60歳ちょいだったはずだし。

 (そう考えると、現実もとの体より10歳若く、間違いなく頑健で、社会的地位もそこそこある「上級狩猟士・リーヴ」の姿になったのは幸運だったのかもな、うん)

 無理やり自分を納得させつつ、運ばれてきた今日のオススメランチ──「ボアズ肉とロムル貝と根菜の煮込みシチュー」と「セザミン入り黒麦麺麭」に手をつける。

 「お、美味い!」

 シチュー(というよりブイヤベースっぽい汁物だな)は、いわゆるグルメ誌に載ってる店みたいな小洒落た感じはないけど、素材の味を十分に生かしつつ、食べやすく丁寧に煮込まれた“おふくろの味”的な意味で非常にポイントが高い。

 基本は塩味だが、臭み消しにタイムとフェンネルっぽいハーブが使われているのと、ビートみたいな赤い根菜から絶妙な酸味が滲み出しているので、なかなか複雑な味わいになっていて食べ飽きない。

 ボアズ肉は子供の拳骨くらいの大きさにブツ切りにされているがしっかり火が通っていて、歯応えを残しつつも、グッと噛みしめるとほどよい大きさにバラけて、肉の旨みをこれでもかというくらいに主張していた。

 ボアズに比べると剥き身のロムル貝の主張は控えめだが、貝類特有のぷりっとした触感は、煮崩れ半歩手前の他の具材との対比でいいアクセントになっている。

 根菜のほうは、さっき挙げた赤蕪ビートっぽいものや、ぬめりの少ない里芋っぽいもの、さらに赤みの強い金時人参っぽいものの3種で、どれも違った食感と風味がうれしい。

 そして、そういった具から出たダシが混然一体となって煮込まれたスープがまた絶品だ。ロムル貝のエキスが単なる塩スープとはわけが違う味の深みをもたらしている。

 ──などと脳内でグルメ漫画的寸評を加えつつも、自分リーヴの体は食欲にバカ正直で、洗面器みたいな大きさの深皿に盛られたシチューを次々口に入れる作業に勤しんでいる。

 時々思い出したように黒パンをちぎって、シチューに浸して口に放り込む。

 日本で売られている大半のソフトタイプブレッドと異なり、どちらかというとフランスパンやドイツパンのようなハードタイプに近いが、リーヴの体(というか顎)が丈夫なせいか苦も無くかみ切れるのは幸いだった。

 ほのかな酸味とセザミン由来の香ばしさがあり、これだけでも食べることはできそうだが、シチューに漬けたほうが柔らかくなり、かつ味のバリエーションも増えるのでオススメだ。

 出された皿の中身が残り半分を切ったあたりで、ふと思い立って先刻の給仕の女性に金色麦酒を注文すると、すぐに木製ジョッキになみなみと注がれた酒が運ばれてきた。

 (おぉ、これこれ。いやぁ、ゲームの酒場でも狩猟士みんなが飲んでて、どんな味か気になってたんだよなぁ)

 たぶんラガービールというよりはエールに近い代物だとは思うんだが……。


──ゴクリッ……


 わずかに白い泡の浮いた金色の液体を、まずはひと口飲んでみる。

 「ほぅ……」

 思わず感嘆の声が漏れた。

 よく異世界転移物の飲酒シーンで「ビールないしエールがぬるくて薄くてマズい」と感じるシーンがあるが、少なくともこの金色麦酒はよく冷えていたし、確かにアルコール分はあまり高くなさそうだが、もともとそれほど酔っぱらいたいタイプでもない自分には、ちょうどいい感じだ。それに麦系のさわやかな酸味とほのかな甘みがほどよく味わえるので、むしろ下手なビールよりも好みかもしれない。

 (冷蔵するのは氷結石があれば簡単にできるからだろうなぁ)

 地球の近代以前は、食品などを冷凍・冷蔵保存をするには氷室などの極めて特殊な環境を用いるしか方法がなかったが、このHMFLとよく似た世界には、ゲーム同様に氷結石があるんだろう。

 標高1000プロト以上の山の山頂付近や常冬の国の洞窟などで採掘される氷結石は、恒常的に摂氏零度近い冷気を放出している。

 この石を利用すれば、冷蔵庫もどきを作るのは驚くほど簡単だ。無論、それなりに高価な素材(掌に載る程度の大きさの氷結石1個の売値は200ジェニで、同じ大きさの鉄鉱石の10倍だった)なので、それを大量に使う冷蔵庫も決して安くはないだろうが、現実の冷蔵庫と異なり電気代は要らないし、飲食店や生鮮食料品店なら多少無理してでも欲しい器械、もとい錬金機構に違いない。

 麦酒をごくごく飲み干しながら、そんなことを頭の片隅で考える。


 「お姉さん、見たことない顔だけど、その格好からして狩猟士だよね?」

 そろそろ注文した料理も酒もなくなりそうになったタイミングで声をかけてきたのは、カウンターの反対の端に座っていたはずの栗毛の少年だった。

 いや、その声のキーが妙に高いのでよく見てみると、喉仏はないし、青いチュニックの胸元もわずかに膨らんでいる。スカートじゃなく半ズボンだったので誤解していたが、どうやら少年ではなく少女だったらしい。

 「その通りだ。今日、この町に来た」

 とりあえず隠すことでもないので、素直に答えて相手の反応を見る。

 「……」

 「……」

 「……え、それだけ?」

 「うむ」

 ほかに何を言えというのだろう。

 いや、本来の(牧瀬双葉としての)立場なら、たまたま立ち寄った旅先の食堂で気さくに話しかけられたとしても、世間話くらいなら普通にできるが、今の自分は“狩猟士リーヴ”なのだ。まだこの世界のことが十全にわかっているとは言い難い状況で、下手なことは言いたくない。

 ──と、自分で自分に言い訳しつつ、相手の反応を窺うと、ちょっと呆れたような目をしていたが、さほど気を悪くした風はない。

 それどころか、自分のトレイを引っ張ってきてすぐ隣りに座ってきた。

 「お姉さん、すごい筋肉だね。もしかして上級マスタークラスの人?」

 「一応、そうなる。生憎、大怪我でしばらく現場から遠ざかっていたから、当面はリハビリに徹するつもりだが」

 協会でデッチ上げたカバーストーリーを此処でも吹聴しておく。どこでどんな人が聞いているかわからないしな。

 「傷跡もスゴいもんね~。あ、得物は何? 両手剣グレートソード?」

 随分と気安い娘だ。ある程度知識がありそうなところからして、狩猟士を目指しているのか、すでに新米狩猟士なのか。だが、そういう狩猟士を目指している子なら、もうちょっと先達に対する敬意とかを持ってそうな気もするんだが……と、考えかけて心の中で苦笑する。

 (それを言うなら、自分もゲームでの経験しかない、なんちゃって上級狩猟士だよな)

 この体は、なんとなく鉄火場かりに臨んでも、その称号に恥じないだけの動きをしてくれるとは思うが、その力がはたして厳密に自分のモノかと言えば大いに疑問だし。

 「──いちばん得意なのは大槌ハンマーで、次が拘束鞭バインドウィップだな」

 気を取り直して、少女の質問に答える。

 「へ? 大槌はわかるけど、鞭? あれって、ダメージ低くて牽制程度にしか使えないんじゃないの?」

 蒼い目をぱちくりさせている少女の様子は、年相応(たぶん16、7歳だろう)にかわいらしかったが、誤解があるようなので訂正しておく。

 「確かに拘束鞭の単純な攻撃力は低い。打撃武器として見るなら、な」

 「違うの?」

 「うむ。その名の通りあの武器の本領は“拘束”、つまり絡み付けて締めつけることだ。熟練の鞭使いは、メガバフズくらいなら、ひと振りで首に巻きつけてそのまま締め上げ窒息させることもたやすい」

 もっとも、さすがに巨獣相手だと体格の差もあって窒息まで持っていくことは難しいが、それでも四肢や首に絡み付けることで相手の動きをある程度拘束・阻害することは可能だ──というか、それができない人間は、拘束鞭を使うのはやめたほうがいい。

 当然、単独ソロよりも集団チームでの狩りに向いた武器で、動きの速い剣牙種(現実で言う虎や豹などの猫科の肉食獣をさらに巨大にしたような生き物)などを相手にする際は、チームにひとり腕利きの鞭使いがいてくれると、かなり重宝するのだ。

 「へ~、そうなんだ」

 「もっとも、純粋なダメージソースとしては確かに頼りないし、半人前のソロハンターが扱うには癖が強すぎる武器だとも思うが」

 「なるほどね~」

 感心したような尊敬混じりの目で見られるというのは(たとえ相手が年端もいかない子供だとしても)やはり気分がいいもので、随分と口が軽くなってしまった。

 「ボクもこのあいだ、ようやっとランク8まで上がったんだけど、ちょっと伸び悩んでてさ──あ、今更だけど、ボクはロォズ。さっき言った通り、ランク8の新米ルーキー狩猟士さ」

 「リーヴだ。よろしく」

 右手を差し出すと新米狩猟士の少女──ロォズは、面食らったような表情で、こちらの顔と掌を交互に見ている。

 (? 握手の習慣はこの世界にもあるはずなんだけど……)

 ゲームのOPムービーで、巨獣被害に悩む村の村長が街から救援に来た狩猟士グループのリーダーとガッチリ握手しているシーンがあったし、アバターのエモーショナルアクションでも「握手する」というのが選べたはずだ。

 (もしかしてアレはゲーム特有の現実とすり合わせた演出だったとか?)

 うっかりヤッちまったのかと心配になったが、すぐにロォズは手をとり、ブンブンブンッと激しいくらいの勢いでシェイクしてきた。

 「お姉さん……リーヴさんって、案外気さくでいい人?」

 “案外”というのは、この面相その他を見ての第一印象からだろうか。

 「──“いい人”かどうかは自分でコメントは差し控えるが、少なくとも孤高を気取っているつもりはない」

 ちょっぴり凹みつつも、憮然とした表情でそう告げる。

 「あぁ、ゴメンごめん。でも……そっか、うーん……」

 ちょっと考え込んだあと、ロォズはさっきまでの勢いが嘘のようにしおらしい調子で聞いてきた。

 「あの、さぁ。リーヴさんって、大槌と拘束鞭以外の武器にも詳しいかな?」

 そうきたか。

 「得意なのはそのふたつだが、次点で片手剣グラディウス長弓ロングボウもそれなりに慣れてる。それ以外の武器も、一通りは扱えるつもりだ」

 「じゃ、じゃあさ、今度ボクと組んで簡単な依頼をこなすついでに、弓の扱いについて教えてもらえないかな? お礼にボクにできることなら何でもするから」

 (話の流れからすると、まぁ、そうなるよなぁ)

 遺憾ながら今の自分は女性の体になっているので、「ん? 今何でもするって言ったよね?」というお約束のツッコミは入れない。百合プレイというのに興味がないわけでもないが、ソレをヤってしまうと色んな意味でナニかに負けてしまう気がするのだ、魂的に。

 「ならば、明日の朝、この町の商店を案内してくれ。色々買い揃えないといけないんでな」

 こちらとしても、ある意味渡りに船な提案だったので、ちょっと考えた後、そんな申し出をしておく。

 「! ホント!? そんなコトでいいなら、任せてよ!」


 ロォズと明日の朝、4点鐘の直後に宿の前で待ち合わせる約束をしてから、食事代を払い、2階に上がって自室に戻る──その途中で、唐突にソレはやってきた。

 (ヤバい。ついにきちまった……)

 “ソレ”とは……遠回しに表現するとお花摘みの欲求、端的に言えば尿意が体の奥に湧き起ってきたのだ。

 (まぁ、あれだけ汁気の多いものを食べて、ジョッキ1杯の酒まで飲んだんだから、生理的には当然なんだが)

 今の状態でトイレに行くということは、できれば忘れていたかった自分の現在の性別をつきつけられるということでもあり、とは言え、人間の三大欲求のひとつである食欲と排泄は切っても切れない関係にあるわけで……。

 (あー、もぉむりぃー! いくら考えたって我慢できるわけねーでしょ)

 そのまま2階の廊下の奥にあるトイレに駆け込む。


 ──そしておよそ3分後。

 トイレ(ちなみに古式ゆかしき和式便器に似た構造だった)から出て来た時の自分の顔は、たぶん我ながら悟りでも開いたかのように清々しい表情を浮かべていたと思う。

 なにせ、トイレに入ったはいいが、まだ革鎧装備したままだったから、ボトムだけでも脱ぐのに時間がかかって結構ギリギリだったり、そんな状態なので自分の下半身の“形状”なんて大して気にもならなかったのはいいが、いざ終わってみると“事後”の処理をどうすればいいのか戸惑ったり……と、まぁ、色々あったのだ。

 「フッ……この爽快感に比ぶればおのこおなごかなんぞげに小さきことよ」


 しかし、借りている部屋に戻って、色々な意味で汗をかいて気持ち悪いなと感じた瞬間、重大なことに気付いてしまった。

 日本人魂ジャパニーズスピリッツを持つ者として、遠からず日々の暮らしで避けては通れないモノ──そう、OFURO、それもONNA-YUに入なければならないだろうと言うことに!


 「…………きょ、今日のところは行水で勘弁しておいてやろう」

 誰にともなくそんな(負け犬確定の)捨て台詞を吐くと、宿の女将さんにお湯入りタライとタオルを借りるべきく、私はすごすごと一階へと向かうのだった。

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