627、8、72゛476、409 ~携帯に答えが書かれているかも~

目的を果たすことこそ最強と心得ている


 小さい頃、誰しも考えたことがあるはずだ。

 雨を口に入れたら、甘いのではなかろうかと。


 雨と飴。日本人だけが持つ幼少の記憶。



 ――始業まで三十分。

 教室の一番後ろの窓。

 目に映るのは、校門から校舎へと続く幅広の通路をころころと流れる色とりどりの傘。


 俺は窓を静かに開いて背中でもたれかかると、首を反らして空を見上げた。


 線の細い滴が時折頬を撫でる。

 その都度反射的に閉じる瞼が煩わしくて、瞳を閉じてみた。


 沙那の様子、ここのところずっとおかしかったな。

 妙に俺に絡んで。あたり構わずケンカを売って。


 挙句に昨日の気絶。

 なんだったんだ。


 空に向かって開いた口に、雨粒が落ちる。

 何も味がしない滴を舌に感じる度に、古い記憶が鮮明に思い出されていく。



 あの日も、沙那と俺、並んで雨の空を見上げて口を開いてた。

 沙那が、今、甘かったとか言うから。

 俺もムキになって大口広げて。


 そしたら、多羅たら高の制服を着た姉ちゃんが振り返りながら言ったんだ。

 しー君、しーちゃん。虫歯になっちゃうわよって。


 慌てて口を閉じて、姉ちゃんの傘を追いかけて。

 俺が赤い傘。沙那が青い傘。

 並んで歩いた先に建っていたのは暗い洋館だった。


 ……あれ? あの屋敷、何だっけ?

 何か大切な建物だったような気がげごっ!?


「ぶふぉっ!? げほっ! げーほげほっ!」

「凄いわ。変態は口から黒板消しを生み出せるのね」

「そんなわけあるげほっ! えーっほ!」


 呆れ顔の金髪ツインテール。

 ちっこい体に、今日は真っ白なニーソで作られた絶対領域が眩しい天才美少女の名は鼓歌音こがね花蓮かれん

 漂うフローラルな香りと灰色の瞳が、いつものように俺を見下していた。


 窓の外、上の階から聞こえるごめんなさーいの声。

 黒板消しをはたこうとして落としたんだな。

 お前は日直をすぐに引退してプロゴルファーを目指すといい。


「面白かったから良し! 投げて返すぞ!」


 窓から身を乗り出して、上に向けて声をかけた俺に黄色い歓声が届く。

 だろ? やっぱり俺、かっこいいよな。


「窓、全部開けて! 離れてろよ? そーぅれ!」


 ひゅー・・・・・・ぅぅうぼふん。


 自分の顔面でキャッチ。

 舞い上がるチョーク。

 英雄を指差して笑うクラスメイトたち。


「えーほ!」

「バカやってないで持って行きなさいよ」

「お前は男心ってもんを分かってねえ。意地でも窓に投げ込んでやる」

「そんなことやってるから下に落とすのよ」

「落としてねえだろがよ」


 黒板消しを突き付けると、金パツインテは自分の頭を指でトントン叩きだす。


「落としてるわよ。頭」

「おとすかっ! ほれ、ここにある」


 ぺちん。


「おわっ!? 毛が無いっ!」


 毛ルメット、窓から下に落としたのか。


「急いで回収しねえと! あれ、一点ものなんだ!」

「既製品ならあるからこれで我慢なさいよ」

「乾燥ワカメを乗せるな。体中の水分全部持ってかれるわ」

「冬虫夏草って聞いたことない? 高級な漢方薬。そんな感じになるはずよ?」

「へえ、高く売れるかな? じゃあくっつけてくれ」


 お前らに毎日ジュース代たかられて、財布が常にからっぽなんだ。

 漢方薬が出来るなんていいこと聞いたぜ。


 金パツインテがやたらと楽しそうに接着剤でワカメをくっ付けている間に、扉から見知らぬ顔が駆け込んできた。


 栗色にしたショートヘア。たれ目の一年生。

 優しそうな物腰が、ちょっぴり好み。


「すいません! 黒板消しを落とした者なんですが」


 おお、いまだにチョーク使ってる俺の学校、いい仕事じゃねえか。


 ナイスフラグ提供。

 ここは優雅な足運びを意識しながら、白い歯を輝かせて挨拶だ。


「お嬢さん。君が落としたのは、金の黒板消し? 銀の黒板消し? それとも、ピンクの恋心かな?」


 そして膝を突いて黒板消しをすちゃっと差し出しながら、最後に鼻からチョークを噴き出す。


 完璧。


「ぎゃーーーーーー!」


 ……知らなかった。

 かっこいい男子に一目惚れした子って、ホラー映画みたいな顔になるんだね。

 それに、照れくさかったのかな。

 黒板消しをひったくるように奪って、走って逃げて行っちゃった。


「……すっごい嫌われ方ね。あんた、非モテの天才なの? 嫉妬するわ」

「うっそ。今の嫌われたの? どこがまずかった?」

「頭じゃない?」


 片膝立ちのまま首だけ振り向いた俺に、接着剤を鞄にしまいながら真顔でアドバイスしてくれる花蓮。

 珍しいな。今日はなにからなにまで親切だ。


「そうか。男はやっぱ髪形なのか」

「違うわよ。ケースじゃなくて、具の話」

「……はっ!? 髪で思い出した! 早く髪の毛を取りに行かねえごふっ!」


 慌てて顔を正面に向けると、その中央に誰かの膝がめり込んだ。


 小学校以来かな、うしろでんぐり返りを三回連続で決めたの。

 いや、正しくは三回転半。

 フィニッシュは後頭部強打。


 顔の前と後ろが超いてえ。


「いたーい! ちょっと雫流! 入り口にしゃがんでたりしたら邪魔でしょ!」

「またか。いっつも不条理に感じてるんだけどさ、ここで男子が謝った挙句に女子の心配しなきゃいけないんだよね? 日本のルール、おかしくねえか?」


 姉ちゃんに渡された六法全書に書いてあったんだから疑うべくもないけどさ。 

 こんなことなら女子に生まれたかったよ。


 自分の暴走で起きた事故を被害者のせいにしてしまう魔法少女は紅威くれない朱里あかりちゃん。


 朝っぱらからぷりぷり怒りながら揺れる、ポニテ可愛い赤髪とトレードマークのメッセンジャーバッグ。


 バッグの方は雨天仕様のようで、いつも飛び出した店のチラシが、珍しく閉じた口の中に納まっていた。


「それより雫流、鼻から白い粉が出てるんだけど、大丈夫?」

「さっき苗床にしたせいね。変態は早くも植物化が始まってるの。あれは花粉よ」

「ああ、これが花粉症ってやつか。びょーしょーってなんの事か気になるけど、それより道をあけてくれ。ヅラを回収して来ねえとごひんっ!」


 扉まで走った俺を、また違う膝が突き飛ばす。

 そして三回転。すちゃ。おっとっと……半。


「ごひんっ! また前後っ! 今度は誰だ!」

「うるさい! 無関係な男は黙ってて頂戴! チームヴィーナスの連中を探しに来たんだから!」

「…………無関係で悪かったね」


 俺を突き飛ばしたのは、花蓮とどっこいどっこいの小柄な女の子。


 爽やかなオレンジ色の短髪、その両サイドに三つずつ、小さな三つ編みを揺らしながら大きな真ん丸まなこで教室を見渡している。


 そんな彼女の後ろからは、ちょっと細めながらやたらと筋肉質な金髪男。

 さらに、一見しただけで忘れることのできない、透けているかのような水色の髪をなびかせる女子が続けて入って来た。


 それ、どうやって染めてるの?


「いた! 紅威朱里! 鼓歌音花蓮! ……紫丞しじょう沙那しゃながいないけど」

「紫丞さんなら体調不良でお休みよ?」

「そうか。まあいい! チームヴィーナスの二人! よく聞け!」


 三人おるよ?


「我が偉大なる美優様に仇なす敵よ! お前たちに、治人はるひと様の邪魔はさせん! 我らが相手だ!」


 ふんぞり返った女の子が鼻から排気しながら、朱里ちゃんのことを見上げる。


 でも、そこは人選ミス。

 君は花蓮の目を見て話すべきだった。


 この天然女王は、話の腰どころか、すべての関節をバッキバキにする。


「きゃーーー! 舌っ足らずな声が可愛い! ねえ、雫流! この子、花蓮ちゃんより小さいかも!」

「ちょっ、何するのよ紅威朱里! 頭を撫でるな!」


 ほらみろ、リスをもふもふし始めた森ガールになっちゃった。

 ああ癒される。


「お前ら、美優ちゃんとこのメンバー?」

「ははっ! そうだ! オレ様はチームロワイヤルの黄ノ藤きのふじキース。そっちの青いのが蒼ヶ峰そうがみね絵梨えり、ちっこいのが橙乃木とうのぎ綴夢ティムだ!」

「覚えらんねえよ。下の名前で呼んでいいか?」

「構わねえぜ、多羅高の生きた変態でんせつさんよ!」

「まて、キース。なんか言葉に悪意を感じた」

「下半身丸出しで校内ねり歩くとか、ははっ! このオレ様にも真似できねえ!」

「ほんと待て! ちげえから! 丸出しは認めるけどねり歩いてねえから!」


 金髪の合間から覗く赤い瞳が鋭く揺らめいてる。

 なんか、虎としゃべってるみたいな気分だ。

 犬歯剥き出しのケンカ腰。

 でも、沙那で慣れてるせいかな、話しやすい。


 俺が金髪男としゃべっている間に、こっちの金髪がもう一人の子と話し始めた。


「で? もうすぐ始まるアエスティマティオの邪魔をしにきたってわけ?」

「ええ、そう。面倒だけど。治人様が勾玉を手に入れるまでの間、あなたたちの足を止めさせてもらう。面倒だけど」

「なるほどね。でも、そう簡単にいくのかしら」

「そうね、紫電・ザ・ビーストがいたら厄介だったけど、これなら簡単そう。リドルマスターはチビちゃんが足止めしてるし。後は、黄金色の電子頭脳だけ」

「あら、素敵な愛称をありがとう」

「当然、最大限の敬意を払わないと。電気、つまり、紫丞沙那がいなければ役立たずの粗大ごみ」


 うわ、花蓮の頬がひくってなった。

 この女の子すげえな。

 花蓮に口喧嘩で勝てそうな勢いだ。参考にしよう。


「絵梨さん、すげえな」

「ははっ! いい女だろ? でもああ見えてよう、編み物とかしやがるんだぜ! 笑えるよな!」

「え? いいじゃん、編み物女子。キースはクール好きなのか?」

「じゃあてめえは甘ったるいのがいいのか?」

「そのはずなんだが、なぜか好きな子はちょいSだ」


 あるあるとか言いながら親指を立てる金髪男。

 向こうと違って、なんか意気投合。


 でも、そこは敵同士ってやつ。

 携帯の着信音と共に、お互い距離を取った。


 ……いや、取ろうね。


「朱里ちゃん? 早く! アエスティマティオ始まってるから!」

「うう……、じゃあ、またあとでね?」

「二度と触るな! ばか!」


 綴夢ちゃんだっけ。尊大な時はムカつく感じの子だけど、なんだろう、朱里ちゃんの琴線に触れるものがあるのかな?


 とは言え、戦いとなれば真剣に。

 三対三。にらみ合いながら携帯を取り出す。

 朱里ちゃんは携帯と共に、愛用の赤い鞭をバッグから取り出した。


 向こうは予想通り、絵梨さんが司令塔のようだ。

 真ん中に立って、自信満々な表情を浮かべるオレンジ髪の綴夢ちゃんに小声で話しかけている。


 同時に、こちらの司令塔も小声で話し始めた。

 俺と朱里ちゃんは耳をそばだてながら、花蓮に寄り添う。


「まずは朱里が三人を足止めしなさい。その間に、変態はアレを。ヒントが分かったところで、朱里が変態を引っ張って高速離脱。いい?」

「おお。って、今の、協力したことにならないか?」


 同じチームとはいえ、ペアが違うと情報交換できないことが多いからな。


「ならないわ。だって私、今回は携帯を見ないから。協力可能か不可能かなんて知らないし。そもそもアエスティマティオが行われていることも知らないし」


 おお、さすが策士。

 天才って、世の中のすべてを自分の思い通りに出来るんじゃなかろうか。


 でも、それなら敵も条件は一緒か。


 絵梨さんが思い通りにしたい未来。

 その罠に乗らないように頑張らねえと!


「GO!」


 花蓮の叫び声に合わせて、俺は携帯を操作する。

 それと同時に、いつもの超感覚を発動させた。



 反射観察スチールリフレクス


 

  本日の進級試験

 Eランク:十時二十分より全校一斉学力テスト。成績上位者五名に勾玉を授与。カンニング不可。

 Dランク:十四時より学生農園の水抜き作業。もっとも尽力した者に勾玉を授与。妨害自由だが、作物に被害を出した場合、大きなペナルティーを与える。

 Bランク:627、8、72゛476、409。二人一組で解読する事。最も早く発見できた者に授与。ペア以外の者と協力した場合失格とする。妨害自由。鎌の使用不可。



 おおっと、一斉に発表されやがった!

 EとDはいらなくて、Bランク……。


 数字の暗号。変換方法は無限大。Bランク、それなり難題……。

 って、なんだこれ? 数字ばかりか、画面のすべてが赤く染まり始めた。

 おいおい、これじゃ、なんて書いてあるのか読めやしねえって!


「ちょっと! 何てことするのよ黄ノ藤きのふじ君! 鎌出すわよ!」


 なんだ? 朱里ちゃんの叫び声? しかも珍しく激怒してる。

 俺が真っ赤な携帯から顔を上げると、想像していた激しいバトルはどこへやら、綴夢ちゃんに抱き着く朱里ちゃんの姿があった。


「……やられた。まさかそんな手を使って朱里を足止めするなんて」


 すぐ隣で呟く金パツインテの声も硬い。


「朱里ちゃんが足止め? じゃあ、作戦は……」

「このままじゃ失敗する。なんとかしないと」


 そう言いながら、花蓮が三人組に近寄ると、屈強な金髪男が立ちふさがった。


「ははっ! 何の用だぁ? 子供は黙って隅っこで泣いてやがれ!」

「そうはいかないわ。作戦でしょうけど、だからって女子を平気で殴る奴を放っておくわけにはいかない」


 え?


 ってことはこいつ、綴夢ちゃんの事殴ったの!?


「作戦だからって最低だろ! 花蓮、やっちまえ!」

「私の後ろに隠れてるあんたの方が最低よ、変態」

「怖いからね。いざとなったらちゃんと働くから」

「とんだ英雄ね」


 動じることの無い金パツインテをこれでもかとにらみつける赤い目の野獣。

 その口元が、見る見るうちに怪しく歪んでいった。


「ははっ! てめえ、いい女だな! 気に入った!」

「そりゃどうも」

「この俺様が、てめえを調教してやる!」

「獣を調教するのは好きだけど、生憎と獣に調教される趣味は無いの」


 そう言いながら、花蓮は右手を正面に掲げた。


 刮目せよ。これが太古より猛獣を一撃で黙らせてきた、ヒューマン最強の槍。


 その名は、デコピン。


「そんなわけあるかーい! くそっ!」


 慌てて二人の間に割って入ったものの、キースの赤い目がすっげえ怖い!

 顔を伏せて対ショック体勢!


 そんな俺の耳に、ペチンと痛そうな音が響いた。

 …………けど、正面から聞こえなかったよ?


 目を開いて状況確認。

 すると、想像の斜め上を行く事態になっていた。


「うおぉぉい! なんで綴夢ティムちゃんにデコピンしてんだお前!」

「こ、これは……」

「酷いよ花蓮ちゃん! 痛かったよね? 大丈夫?」

「いだくないっ!」

「とへっ♡」


 とへって何さ、朱里ちゃん。

 しかも福笑いみたいな変顔。

 目尻、口元。くるっと一回転しそうなほど丸まってるよ?


 ……まあ、気持ちは分からんでもないけど。


 綴夢ちゃんが大きな目をうるうるとさせて、両手をぎゅーっと握りながら堪えてる姿、急に小学生みたいになっちゃってやたらと可愛い。

 固唾を飲んで見守っていたクラスの皆も、頭にお花畑を咲かせながらなごんでる。


「ああ面倒。ほんとに面倒だけど、教えてあげる。チビちゃんの罰は、近くで発生した罰によるダメージをすべて受けるの」

「なに言い出した!? やめろ!」


 罰の効果については、言うのも聞くのも厳禁だ。

 なぜなら、その罰の効果が強くなるから。

 これは俺達悪魔にとってのマナー、いや、鉄則だ。


「そしてキースの罰は、筋力、主に瞬発力が上がる。……代わりに、防御力がほとんど無くなる。さっきのデコピンを食らったら、一週間は立てなくなる」

「なにそのシミュレーションゲームみたいな罰。って言うか、説明やめろっての!」

「ははっ! 何ビビってんだ? ワザと話してるんだからいいんだよ!」


 キースの説明に、俺は背筋が凍りつくような思いをした。

 綴夢ちゃんを抱きしめていた朱里ちゃんも、アーモンド形の目を大きく見開いて驚きを隠せずにいる。


 ……無理もない。君は罰について自ら語ることが出来ずに、長い間苦しい思いをして来たんだからね。


「…………なるほど、考えたわね。そこの獣が受けるダメージは常に罰で補正がかかる。だから、全部この子にダメージが飛ぶ」

「そして、面倒極まりないんだけど、私の罰がそれを無効化するの」


 けだるそうに水色の髪を揺らす絵梨さんが手の平を綴夢ちゃんに向けると、オレンジ髪の少女の体が青い光で包まれた。


「こっ、これは……、祝福ブレスじゃないか! どうして天使の技を悪魔が使えるんだ?」

「さあ、それは知らない。でも、私はチビちゃんを守るという宿命を背負う。それが私の罰。面倒だけど」


 ちょっと待て! なんだこのコンボ!


 キースが受けるダメージは綴夢ちゃんに飛んで、そのダメージを絵梨さんがほぼ無効化するってことか!


「花蓮! こいつら、最強だ!」

「……ええ。こと、私達を足止めするには最強ね」

「そういうことよ。面倒だけど、あなたたちはここから動けない」

「ははっ! いつまでも気取ったツラぁしてんじゃねえぞ、鼓歌音! 調教してやらあ!」

「うおっ!? やめねえか!」


 俺は反射的に、花蓮の前に飛び出した。

 そんな視界の中で、キースが振りかざした何倍にも破壊力が上がっている拳が、


「ごひんっ!」


 ……綴夢ちゃんの頭に落ちた。


「いだくない!」

「とへっ♡」

「……あ、忘れてた」


 いまさら青く輝く綴夢ちゃんの体。

 その頭を、福笑い顔の朱里ちゃんが撫でる。


「おおおおおおおおおおい! なんだ今の!」

「変態はバカなのね。あの拳だって罰の効果で強化されてるんだから、あっちに行くに決まってるわ」

「なんじゃそりゃ!?」


 みんなして、当たり前じゃねえかって顔やめね?

 だって綴夢ちゃんの顔、涙がおっきな目の半分くらいまで溜まってるように見えるんだけど。


「つまり、こうしていればリドルマスターと変態えいゆうの足を止めることが出来るというわけよ」

「いや、意味が分からん」


 俺の言葉にやれやれと肩をすくめる絵梨さんが、さらにキースへ目で指示を出す。


「うおりゃあ!」

「ごひん! ……ながないっ!」

「とへっ♡」

「……ああ、また忘れてた」


 え? え? え?


 胸に沸き上がる複雑な感情。

 俺はその中から最も強い感情そのままを、口からたたき出した。


「とへっ♡」


 俺達は、泣きそうになる小学生みたいな子を放っておくわけにもいかず、完全に足をくぎ付けにされてしまった。


 ……最強の定義ってなんだろう。



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