新たな謎が生まれている


 ところどころで雲が大きく割れている。

 そこに、六月の夜空にはあまり咲くことの無い、色とりどりの花がきらめいていた。

 そんな花畑を、芝生に寝転んで眺める俺。


 ちょっと贅沢な初夏の夜。

 一見すると大人の時間なんだが、これでも罰ゲームの真っ最中だ。


「さーて、ウチは姫の事、一晩中好きにしていいんだよなぁ?」

「いつもいつも人を賭けに使いやがって。ギャンブルばっかやってると、いつか破滅するんだからな。俺の身が」


 隣に座り込んで、ニヤニヤ見下ろしてくるバカ王子の悪だくみ顔。

 こんなの罰ゲームでも何でもねえや。普段と変わらねえじゃねえか。


 だからかな。

 朱里ちゃんといる時に比べると、随分リラックスしてる。

 普段通りの俺ってやつだ。


 モデルのように長い褐色の足。

 グラビアアイドル並みのプロポーション。

 中三の初めの頃、恋心を抱いたほどの美女。

 それがこいつ、紫丞沙那だ。


 でも、乱暴だしガキみてえだし、いっつも俺をおもちゃにしやがるし。

 こんなバカ王子に一時でも惚れてた自分を殴ってやりてえ。


「王子は昔っから変わんねえな」

「姫は成長したよな、バカレベルが。高校に入ってからまともに授業に出てねえからそうなるんだ」

「まるきり同じ言葉にしも付けて返してやる」

「しもってなんだよ。下ネタか?」

「アイスのふたあけたときにさ、霜が付いてるといつもより味が濃いんだよ。あれ、あたり」

「古くなってるだけだ。ウチと結婚したら、一生あたりのアイス食わせてやる」

「すげえなその特典。てめえの旦那になる奴がうらやましい」


 いつものように、何の生産性も無いバカ話。

 俺はそんな気持ちだったのに、沙那の呼吸がいつもと違う。


 ……なんとなく、上ずってる?


 気になって視線だけ隣に向けると、夜空と見分けのつかない紫色の髪が、大きなため息と共に肩を滑り落ちた。


「今のセリフ、スルーするか? てめえは恋愛感情とか持ち合わせてねえのかよ。月が綺麗ですねって言葉の意味、知ってるか?」

「ああ知ってる。今の俺を最高に苛立たせる言葉だ」


 芝生から背中を剥がして、沙那を半目でにらみながら、ぺちんとお月様を叩く。

 ちきしょう。晩飯の間中、みんなして携帯を俺に向けやがって。


「花蓮の罰、マジでヤバい。まさかこんな悲劇を生むとは思わなかった」

「喜劇だっての」

「そう言えば俺の頭、北東の庭園に置きっぱなしだ。盗まれねえかな?」

「デュラハンと会話してるみてえだな」

「それじゃかっこ良すぎる。ろくろっ首でどうだ? パゲだしな」

「パゲだしな」

「って言いながら手を頭に乗っけんじゃぐばばば!」


 頭部はやめろ! 殺す気かっ!


 ――花蓮の罰は、ドジっ子。

 だが、あいつがやらかすと俺の命を脅かす率が非常に高い。

 沙那の罰は、この電気。

 異性に触ると相手だけ痺れるという、実にこいつらしいものだ。


「いってー! 触りたい気持ちは分かるが頭は勘弁しろ。それより、月が綺麗ってなんだよ。暗号か?」

「……小五の時、サタン様に紹介された時から決めてるんだ」

「俺をおもちゃにするってことをか」

「てめえは、ウチの気持ちなんか分からねえんだろうな。……あんなバカ女に取られてたまるか」


 なんか、今日の沙那は様子が変だ。

 ……いや、最近こんなことが多いような気がする。


「お前、何かあったのか?」

「何か、か。……まあ、そうなるけど」

「言いたくなったら気軽に言えよ。俺がぜってえ何とかしてやる」


 迷惑千万なバカ王子だからって、こいつが困ってるなんて見過ごせねえ。

 俺の言葉を聞いて、珍しく照れくさそうな顔で沙那がつぶやいた。


「かっこいいじゃねえか」

「当たり前だろ。俺はいつだってかっこいい」

「……雫流。お前、それって……」

「おお、必ず助けてやる。てめえは親友だからな」

「最悪だ。罰をくれてやる」

「なんだよ罰ってばばばばばっ!」


 なんだこいつ、急に抱き着いてきやがった!

 高一にあるまじき胸で顔を挟まれると、バラとチェリーを混ぜたような、ちょっとセクシーな香りに脳髄が痺れだす。


 やばいって!

 いや、感電もヤバいんだけど、緩いタンクトップから直に当たる胸と甘い香りが理性を溶かしていくような……。


 理性の奥にある何か。それが俺の腕を勝手に動かしたようだ。

 気付けば沙那の背中に腕が回り始めて、抱きしめ返す形になる寸前。

 こいつは一瞬で立ち上がると、かなりの距離をとびすさった。


 ……なんだよ、結構ショックだぞ?


「俺、臭い? 結構念入りに洗ったのに……、ん?」


 気付けば、肩に透明感のある手が置かれていた。

 繊細なのに筋張って男らしい、この見覚えのある手は……。


「おお、治人じゃん! すげえ久しぶり」


 振り向くと、色素の抜けた白い髪を夜風に吹かせたイケメンの姿があった。

 懐かしい、薄めたバニラのような優しい香り。

 こいつの名は白銀しろがね治人はるひと

 沙那と同じで、俺が罰を発症してからも仲良くしてくれた親友だ。


 沙那と治人。

 この二人がいなかったら今の俺はいないだろう。

 罰の効果に他人を巻き込むまいと、自ら選んだ嫌われ者の道。

 その寂しさに負けて、他人を傷つけても平気な男に成り下がっていたはずだ。


「久しぶりだね、雫流、そして沙那。元気そうで何よりだよ」

「おお、すこぶる元気だ。頭以外は」

「中学の頃は伸ばしていたじゃないか。イメチェンかい?」

「今日、急に思い立ってな。って、沙那。てめえはいつもいつも、なんで治人が来るとケンカ腰なんだよ」


 俺が立ち上がりながら沙那に向かって下唇を突き出すと、聞き飽きた言葉が返ってきた。


「……いつも言ってるだろう、こいつは怪しいって」

「またそれかい? やれやれ、どうやったら君に認めてもらえるんだ?」

「うるせえ! 雫流に近付いてどうする気だ!」


 ああもう、始まっちまった。

 俺は色恋にゃうといけど、こうなっちまう原因に一つ心当たりがある。


 沙那、治人のこと好きなんだと思う。

 とは言えこの性格だ。優男やさおとこ系超イケメンの治人にどう接したらいいか分からないからこうなるんだ。


「困ったな。どうする気と言われても……。まあ、なにか理由を付けるとするなら、恋心が原因とか?」


 そして治人は、間違いなく沙那のことが好きだ。

 こうやってちょいちょいアピールしてるのに、バカな王子は気付きゃしねえ。


「そう言えばお前、学校にいなかったよな? 心配してたんだぜ?」

「済まないな。それが美優様のチームに入れてもらうための条件だったから。でも無事に申請が通って、今日が初登校だったんだ」

「それでいきなりBランク手に入れるとか、厄介な敵が現れたな。手ぇ抜いてくれ」

「あははは! そんなこと思ってないだろ? これからはライバルだ。よろしくな」


 ……俺は本気で頼んだんだけど。

 かっこ悪いから合わせるしかねえ。


「ああ、お前も美優ちゃんの為にがんばれよ」

「もちろんだ。素晴らしい方だからな」


 うん、多分この世でお前くらいだよ、そんなこと言える優しい男。

 あれが素晴らしいとかありえねえ。

 公害に指定されてないのが不思議でたまらん。


 そんな俺たちの会話を無理やり止めようとして、芝生を踏み鳴らしながら沙那が近付いてきた。


「おい、雫流! もう屋敷に戻るぞ!」

「一人で戻れっての。俺はこいつともう少ししゃべってっから」


 ちょうどいい。沙那がいねえところで治人の本心を聞き出してやろう。

 そう思って手振りで追い払うようにジェスチャーすると、沙那はその手を握ろうと腕を伸ばしてきた。


 ……その時、何を思ったのか治人も手を伸ばして、沙那の指先に触れた。


 おいおい、お前は知ってるだろうが、こいつの罰。

 何やってんだよ。


 ちょっとかすっただけとはいえ、この電気ウナギに触ったんだ。

 心配になって治人に声を掛けようとしたら、何を考えてるのやら、バカ王子が体ごと抱き着いてきた。


「ぐばばばばばばばっ! ててててめめめめしゃなななななっ!」


 俺にもたれかかってぐったりとか、何やってんの?

 なんとか身をよじると、沙那の体がどさりと芝生に落ちる。


 ……そしてそれきり、動かなくなった。


「…………え? おい、冗談だろ? ……沙那! おい、どうした!?」


 電気が痛いけど、それどころじゃねえ!

 肩を揺すって頬をはたいても反応がない。

 これって……。


「おい、治人! 沙那が……」

「ああ、いつもの気絶だよね。一時間くらいしたら目を覚ますだろう。平気さ」

「いつもの? お前、何言ってんだ?」


 慌てる俺がばかばかしくなるほどに落ち着いた白髪の男が、風にさらりと前髪を揺らしながら優しく微笑んだ。

 知的で、少し伏せ気味な目元にも緊張はない。


「君こそ何を言ってるんだ。ずっと一緒にいるのに気付かなかったのか?」

「何をだよ!」

「……これが沙那の、『罰』じゃないか」



 沙那の肩を掴んだ両腕から血の気が引いていく。

 だって、沙那の罰は触った異性を痺れさせるもの。

 自分に被害はない。……そうだったはずだ。


 小学生の頃から知っている。

 誰より一番、こいつのことをよく知っている。

 そして誰より一番、俺はその罰を食らい続けてきたんだ。


 両肩を持ち上げているせいでぐったりと後ろに下がる沙那の瞳は閉じたまま。

 いつも言いたいことを言って俺を振り回す悪友は、何も答えてくれなかった。




つづく

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