第2話 お父さん襲来

「お父さん…何できたの」

父が突然やってきた。


「おぉ、ミコちゃん久しぶりだね〜」

ヘタレで、優柔不断で、臭くて、見ているだけでイライラする。それでいて限りなく優しい笑顔。


「お母さんとはぐれちゃってさぁ~、途中まで一緒だったんだよね」


霜が張った岩場を軽快に飛び降りる。真っ赤なスニーカーにジーンズと新品っぽい革ジャケット。白髪もなくメタボ気味でもない。私の知っている父よりは少なくとも10歳は若く見える。


「いやぁ~この辺りジャミングが酷くてさ」


そして手には鈍く光る銀色のトランスクライバーが1つ。まるで聖書を持って伝道する神父のようだ。真ん中にある制御クリスタルは青。起動していない。


ゆっくりと近づいてくる父は、頭の吹き飛んだ母がそこに横たわっているのを見つけた。「あ〜ミコ、また母さんを殺したのか。しょうがないなもう」

派手に広がる血の海を踏まないようによける。


私は無言のまま、ボロボロのAR15セミオートマチックライフルを構えて父の頭を狙う。冷たい鋼の銃身が体温を奪っていく。だが、トリガーにかかる指に震えはない。この距離なら外さない。


「ミコだって分かってるでしょ?もうここでは人は生きていけないって。いい加減こっちに」


バンッと乾いた音が、父の言葉を途中で絶ち切る。左耳と鮮血がその空間に散る。弾は外れ、背後にある枯れた杉の幹にめり込む。さすがに動いてる標的はそんなに簡単ではないか。父は凍った表情のまま、母の死骸の上にゆっくりと倒れる。


次の弾を打ち込もうとした瞬間、手からこぼれ落ちていくトランスクライバーが目に入った。制御クリスタルは紫色に明滅し、起動した事を告げている。金属製の箱がそっと展開し、内部の黒い生き物のようなものが蠢き始めた。


私は血の海から起き上がろうとする父の頭を狙う。


「バンッ、バンッ、バンッ」


トランスクライバーが起動したことからの動揺からか、弾は5発中、2発胴体に当たったのみ。マガジンには、あと残り4発。仕方がない。いままでの経験からいくと、奴らは絶対に攻撃してこない。絶対にだ。だからまだ勝算はあるはず。今は起動してしまったトランスクライバーを破壊することを優先する方が得策だ。


「!」


トランスクライバーが見当たらない。どこだ?父に意識を集中していた数秒のうちに見失った。どこにある?辺りを素早く見渡す。


次の瞬間、金属製の箱から解放された黒い六本足のタコのような物体は、既に私の目の前にいた。ばねのように足をしならせて今にも飛びかかってくる瞬間だった。


「バンッ、バンッ、バンッ、」


弾丸が黒い触手を打ち抜く。切れた触手は地面に散らばる。まだだ。制御クリスタルを破壊しなければ止められない。生き物のように悶えるトランスクライバーを踏みつけ、動かないようにしっかりと足で地面に固定する。わずかに残った2本の触手が苦しそうに私のブーツに巻きあがる。


踏んだままクリスタルを確認し、銃口を光るクリスタルに直接当てる。確実に仕留めなければならない。残り最後の一発、これを外したら私の死だ。


「バチッ!」


鈍い音が確かに破壊した事を告げる。粉々に砕けたクリスタルがボロボロとこぼれ落ちる。紫色に明滅するかけらが星雲のよう。そしてゆっくりと触手の動きが止まる。


「ふぅ…」


何とか生き延びた。まだ、もうしばらく生きていられる。それが幸せなのか不幸なのか、私にも分からない。ただ生きていたいという強烈な本能だけが私を突き動かす。


真昼なのに薄暗い空を見上げる。もう何ヶ月前になるだろうか、最後に太陽を見たのは。時折吹く風が頬に刺さるように冷たい。


「そうだ、父さんは…」


思い出して、父の様子を見ようと上体を傾けた瞬間、視界が反転した。世界が反転した。


気が付くと凍えた地面が私の右頬を激しく打っていた。次に痛みと血の味がゆっくりと口の中に広がってくる。そしてやっと自分が倒れたのだと理解する。

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