とある研究員の記録

Win-CL

第1話


 サーバルに『かばんちゃん』と呼ばれているヒトのフレンズ――それを見つけることができたのは本当に幸運だった。ラッキービーストの名は伊達ではないと、開発に携わっていた彼ならば胸を張るだろう。


 『かばん』――実験場であるパークを放棄する最後の最後まで実現することの無かった『ヒトのフレンズ』が、今になってなぜ?


 他の端末からの情報によると、『かばん』は職員の帽子についていた髪の毛から生み出されたフレンズらしい。アライグマのフレンズが間近で見たと騒いでいたということから、事実と判断していいだろう。あの色の羽根が付いた帽子は――フレンズたちの飼育係をしていたミライのものだっただろうか。


『彼女のDNAだったからこそフレンズ化が起きた』と考えるのはどうだろう?


 職員の中では彼女がもっともアニマルガールたちと長く接していた。『長くジャパリパークで生活していた』というのも重要なファクターの一つなのかもしれない。


 それは食事だろうか、それとも場所なのだろうか。どちらにせよ彼女の身体は、フレンズ化する条件を満たすものに近づいていたに違いない。その証拠に、サーバルをはじめとする多くのアニマルガールたちが彼女に懐いていた。


 ミライ――外部から雇われてきた、研究について何も知らない彼女が。その名に違わず、この世界の未来に繋がる鍵になっているとは。


 この世界の未来、『かばん』たちの紡いで行く未来。

 この先、更なる困難が彼女たちの前に立ちはだかることだろう。


 なぜならば今になってもなお、パークのいたるところにセルリアンがいる。


 サンドスターを主食とする無機生物。水に弱く、触れると溶岩化することから、サンドスターと同様に、火山から出てくるのではないかと考えられるが、発生の瞬間は今だ確認されていない。


 サンドスターと深く関わりがあるのは、まず間違いない。取り込まれたアニマルガールがフレンズとしての能力を失ったり、元の獣の姿に戻ることから明確である。獲物を殺してしまうことなくサンドスターだけを吸収していくことから、研究者の一部からは『進化の否定者』や『この星の意思』などと大仰な名で呼ばれていたのだが、これについてはサンドスターについても語る必要があるだろう。


 ――サンドスター。かつてヒトが発見した未知の物質。


 火山によって生成・放出され、この星のエネルギーの塊なのではないかと考えられている。生物の身体を作り変え、ヒトを模したフレンズ――アニマルガールへと進化させることができる性質を持っていた。


 そもそもこの物質の為に、ジャパリパークという巨大な実験場を我々は用意したのだ。ヒトの更なる進化――サンドスターを利用し、人類を新たなステージへと押し上げようとしたのだ。


 しかし誰もが知っている通り、結果はどれも失敗に終わった。サーバルやトキ、カメレオンなど様々な生物はフレンズ化し進化したのにも関わらず、ヒトだけが失敗してしまうのだった。ヒトに近い動物のサルですらもフレンズ化したのにも関わらず、である。


 ……なぜヒトだけが?

 これまで人類は進化を続けてきた。続けることができていた。

 それ故に、なのか? いいや、違うだろう。それは否定しなければならない。

 こんなところで止まるほど、我々人類は弱い生物ではない筈だ。


 進化はここでは終わらない。二度ある事は三度ある――そう言うと『二度や三度どころではない』と笑われるのだが、言いたいことはそうではない。『ここで終わりではない』ということが重要なのだ。


 ――そう、人類の進化はここで終わりでは無い。

 “三度目”は必ずやってくる。この物質が、我々の未来を照らすに違いない。


 三度目をもたらす希望の星。

 そう期待を込めて、我々はこの物質を“サンドスター”と名付けた。


 きっとこの星には二種類の意思が宿っているのだと、私は考える。

 進化を否定するのが“セルリアン”ならば、進化を促すのが“サンドスター”で。


 私はセルリアンに取り込まれた『かばん』を救出するため、島のフレンズたちが一丸となるのを見て、それを確信したのだった。


 鳥類も、哺乳類も、爬虫類も。本来ならば何もかもが異なる種族たちが、たった一つの目的に対して同じことを考え、同じように動くなど通常考えられないことである。それも『かばんちゃん』という、一人の『ヒト』に対してだ。


 彼女が様々なフレンズたちと出会い、問題を解決し、そして結び付けてきたことは、ラッキービーストの目を通して全て見てきた。だが、ここまでのことが起きるとは誰が予想しただろう。もしかすると、これも“サンドスター”の性質なのかもしれないと。そう思わずにはいられないのだ。


 もしかしたら“サンドスター”は――“セルリアン”とはまた別の『この星の意思』とやらは――生物全てを、『フレンズ』という一つの種族に統一するつもりなのかもしれない。……全く皮肉なことだが、それならば我々人類がフレンズ化できなかった理由にも納得がいく。


『――じゃあ、行ってくるね』


 ――以上で考察は終わりにしよう。

 彼女たちが新たな地へと旅立つサポートをしなければ。


 サンドスターによってヒトが進化した唯一のケース『かばん』。

 彼女こそ、我々の進化の形である。奇跡のヒトであり、モデルケースである。


 行き過ぎたヒトが、同じ星に生きる住人フレンズとして。

 この星に再び認められる可能性そのものなのである。


 彼女たちはこの先に待つ新しい場所で。

 新しいフレンズと出会い、新しいことを知っていくのだろう。


 もしもヒトのフレンズ化が彼女以外でも起きたときの為に――

 私はありとあらゆる出来事を観察し、記録していこうと思う。


『バスノトキト、ホトンドカワラナイヨ。ジャア……イコウカ』

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