第2話

あれは六月の初め。まだ梅雨入り前だというのに今日は朝から生憎の雨。私はこの日、傘をさして登校したのだけど。

(最ィィィィィィ悪!)

 私は学校に着くなりすぐさまトイレに向かい、鏡の前でクセ毛と格闘していた。

 雨の日は髪が逆立ちやすい。朝自宅で時間をかけてセットしてきた髪も、学校に着いた時には既に効果を失っていて、大爆発とまではいかないけど小爆発したくらいに、私の髪は大変なことになっていた。

(本当、雨の日は嫌になる。これから本格的に梅雨に入ったら、こんなのが毎日続くのか)

 心の中でブツブツと不満を唱えながら、私は髪を整える。

 ヘアケア用品の無い学校では、家でやるほど丁寧な手入れはできない。どうせすぐにまた広がってしまうのだから結果は同じかもしれないけど、それでも中途半端にしかセットできないというのは気持ち良くない。

(ああ、もうこれで良いや!)

 私は半ば投げやりにセットを終えてトイレから出た。教室に向かう途中、登校してきたクラスの男子が声をかけてくる。

「風原、今日は一段と凄い頭だな」

「五月蠅い!」

 私がそう怒鳴ると、その男子は逃げるように走っていってしまった。おかしな頭をしているなんて、私が一番よく分かってるよ。ああ、やっぱりもっとちゃんとセットしておけば良かった。でももうあまり時間無いしなぁ。

 そう思いながら教室に向かって歩いていると、今度は廊下で話をしていた女子が声をかけてきた。

「優香、おはよー」

 彼女は去年までクラスが一緒だった子で、今は隣のクラスにいる。見ると、彼女は他の女子2人と一人の男子と一緒に何やら話をしていたようだ。

「あれ、今日は髪セットしてこなかったの?」

 また髪の事を言われた。いくらなんでもこんな短期間に二度も髪について何か言われたことなんて無かったのに、今日の私の髪はそんなに変なのだろうか?

「セットして来たわよ。というか、家でセットしてさっきまたセットし直した」

「ええ、セットしてこれ?」

 おそらく彼女は悪意を持って言ったわけじゃない。ちょっと悪ノリで言ったのだろう。でも、さっき髪を馬鹿にされたばかりの私は、それがちょっと癇に障った。

「そうだ。優香も三島君に聞いたら。どうすればサラサラヘアーになれるのか」

そう言って彼女はさっきまで話をしていた男子の前に私を連れて行った。この男子、何となく知ってはいる。三島泉君だ。彼女の言う通り、彼の髪は天パな私とは真逆の、艶やかなサラサラの髪だ。

「いや、だから俺は別にケアとかしてないよ」

 三島のその言葉に、私は少しカチンときた。私は念入りにケアしているというのに、この差は何だ。

「それじゃあ、シャンプーは何使ってるの?」

「○○社のやつ。リンスも同じやつを使ってる。でも、本当にそれだけだから」

「ああ、そのシャンプー私も使ってる。でも三島君みたいな髪になれない。どうすれば良いの?」

そう言って一人の女子が嘆息したけれど、その子の髪も決して悪いものではなかった。というか、私からすれば今すぐに交換してほしいほどだ。だってクセ毛じゃないもん。

「良く分からない、昔からこうだったと思うから。たぶん生まれつきだと思う」

 生まれつき?生まれがすべてか!それじゃあ生まれつき天パの私は死ぬまで天パでいろって言いたいのか?

そんな私の心情などお構いなしに、周りの女子はご利益があるかもしれないと、三島君の髪を触らせてもらっている。それを見て私は小学校の頃、男子に天パを馬鹿にされて、髪を引っ張られたことを思い出した。

 沸々と怒りが込み上げてくる。もちろんここにいる全員に悪意などなく、私が勝手に僻んでいるというのはわかる。けど、今朝から髪にまつわる嫌な事が続いていた私は、この時最高に虫の居所が悪かった。

「ほら、優香も。触ればクセ毛が治るかもよ」

 そう言って私にも勧めてきたけど。

「………………冗談じゃない」

「え?」

 私のただならない雰囲気を彼女は察したようだ。そして私は理不尽な怒りが抑えられずに、三島君に言い放った。

「私はねっ、こんなサラサラした髪が大ッッッ嫌いなのっ!」

 ………………何だか時が止まったように静かになった。すると、興奮していた頭がしだいに冷めていき、私は自分がしてしまったことを理解した。

 恐る恐る三島君を見る。彼は驚いた顔で私を見ている。いきなり自分の様な髪が嫌いだと言われたのだから当然だろう。

 嫌いというのは嘘だ。本当はそんな髪に憧れている。だけどそれは叶わないから、つい嫉妬で八つ当たりしてしまったのだ。謝るべきだろう。だけど、とてもすぐさま謝れるような空気じゃない。

「そう言うわけだから」

 何がそう言うわけだ。私は自分に突っ込みながら逃げるように……いや、実際そこにいるのが耐えられなくて、私は逃げ出してしまった。

 後になってその場にいた女子が悪ふざけが過ぎたと謝ってきたけど、私も変なこと言ってゴメンと謝り返した。その際、三島君は気にしてないと言っていたという話を聞いたけど、やっぱり顔は合わせ辛くて、結局謝れていない。

 これが今から一ヶ月と少し前に起きた出来事。こんな事があったにもかかわらず、直には思い出せなかったのは、恐らく無意識のうちに思い出す事を拒否していたのだろう。

 という訳で、一応私と三島君には接点はあったわけだけど、幸が言っていた三島君が私を好きだという事を肯定できるようなエピソードでは決してなかった。

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