髪のみぞ知る

無月弟(無月蒼)

第1話

私、風原優香(かざはらゆうか)には悩みがある。

 人に言えないような悩みという訳ではない。というか、あえて言わなくても、私が悩んでいることは一目見ればわかるだろう。私の悩み、それは自分の努力ではどうにもならない頑固すぎるクセ毛の事だ。

 本当にこの天パには腹が立って仕方がない。朝起きたら大抵変な風に広がっているし、雨でも降っていようものなら爆発したみたいになってしまう。

 この髪のせいで、昔からよく男の子にからかわれてきた。爆弾女だのブロッコリー頭だのと言われては、よく喧嘩をしていた。私だって好きでこんな髪になったわけじゃないのに、親を恨むわよ。

もっとも、私の両親は二親ともそこまでクセ毛というわけじゃない。ただ、私が生まれてくる前に亡くなった母方の祖母が凄いくせ毛だったと言われている。顔も知らないお婆ちゃん、なんでそんな遺伝子を残してくれたんですか?

もちろんこの髪を何とかするために、私は様々な方法を試してきた。ドライヤーは念入りに駆け、お小遣いを貯めて買ったヘアアイロンは毎日使っている。整髪料も選んでいるし、美容院に行って縮毛矯正をしてもらったこともある。だけど、そこまでしても依然として改善の兆しは見えない。

毎朝洗面所で時間をかけてセッすれば少しはマシにはなるけど、それでも十分酷くて、誰かが私を見て心の中で笑っているんじゃないかと、つい不安になってしまう。

そんな訳で私は自分の容姿に全然自信が持てず、気がつけばもう高校二年の夏。普通なら青春真っ盛りな年頃なんだけど、私は彼氏の一人もいないわけで。

いや、別に無理して彼氏が欲しいってわけじゃないんだけどね。でも、少しそういうのにも憧れているのも事実で。でも、こんな変な髪の女と付き合ってやっても良いなんて物好きはいないから、私は男子と付き合うというのを、半ば諦めていた。

部活は吹奏楽部に入り、友達とは仲良くやっているという、それなりに満足のいく高校生活を送っていた。特別良いこともなければ嫌な事もない。そんな生活。

卒業までずっとそんな毎日が続く。そう思っていたのだけど……


あれは期末テストも終わり、もうすぐ夏休みという七月のある日の放課後。クラスメイトで同じ吹奏楽部の長谷川幸(はせがわさち)が私の席にやってきた。

「ねえ優香、隣のクラスの三島泉(みしまいずみ)君って知ってる?」

「三島君?ああ、三島君ね」

 何となく知ってはいた。人当たりがよく、顔も中々良い、バスケ部でレギュラーもやっていて、女子人気の高いやつだ。でも、その三島君がどうしたというのだろう?

「優香、三島君と仲良かったっけ?」

「ううん、たぶん話したこともない。もしかしたらあったかもしれないけど、覚えてないや」

「そっか。じゃあ三島君は……どうして……」

 幸は何やらブツブツ言いながら考え始めた。

「幸、何ブツブツ言ってるの?三島君がどうかしたの?」

「いや、大したこと無いんだけどね」

「嘘。何があったのか正直に話しなさい」

 私がそう言うと、幸はちょっと迷ったようだったけど、内緒話をするような小さな声で話してくれた。

「三島君が優香ちゃんの事が好きだって話を聞いたから、ちょっと気になっちゃって」

「は?」

 私はポカンと口を開けた。好きっていうのはつまり、付き合いたいとか、恋人にしたいとかいうあの好きのこと?

「いやいや、おかしいでしょそんなの」

「どうして?」

「だって話したこともないんだよ。それに、私みたいな天パ女を好きになるやつなんているわけないよ」

「天パって。優香の髪、言うほど悪くないと思うけどなあ」

 悪くない?何を言っているんだこの子は。

「最悪よ!」

 私は声に力を込めてそう言った。声が大きすぎたのか、教室に残っていた人の何人かがこっちを振り向いた。だけど私の勢いは止まらない。

「幸はこんな頭になったこと無いからそんなこと言えるのよ。毎朝どれだけ時間をかけて手入れしても、すぐに広がっちゃうんだよ。今朝だってヘアアイロンかけてきたっていうのに、今ではこの通りよ」

 そう言って私は跳ねまくっている自身の髪を指差した。あまりの勢いに幸はちょっと引き気味だ。

「わかった。優香の髪の事情はよーく分かった。でもね、三島君が優香の事が好きっていうのは本当らしいよ」

「信じられないわね、どこ情報?」

「隣のクラスの緑葉君から聞いた。私、三島君や緑葉君とは中学が一緒で、今でも時々話しているんだけど。緑葉君、早とちりするようなやつじゃないから、たぶん間違いないと思う」

「いや、それにしたっておかしいでしょ。だって話したこともないんだよ」

「本当に?一回もないの?」

 そう言われてもねえ。私は腕を組みながら三島の事を思い出す。顔は中々良いし、運動も得意だから何かと目立つ存在だ。

そして、羨ましいことに三島君はサラッサラの髪をしていた。彼はその髪をいたずらに染めたりせず、艶やかな黒髪で女子を魅了していた。あんな髪になりたいという女子がどういう手入れをしているのか聞くほどで、髪にコンプレックスを持つ私からすれば、それはもう嫉妬するくらいに……

「あっ……」

 三島との接点が一つだけあった。だけどあれは……

「何?何か心当たりあるの?」

「あるにはあるんだけど……」

 正直あれはあまり人に言いたくない。それに、アレはむしろ嫌われてもおかしくない事だ。

 けど、幸が興味ありげに聞いてくるので、私は根負けして語り始めた。

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