ハスキートラベル

小島イチカ

オン・ザ・レイク

これは午前3時の物語だ。


さっきのドラマが頭をよぎり、歩みフラフラと玄関に向かうのは決して気のせいではなく。

ドアノブが思っていたより温かかったから僕はサンダルを選んだのだ。


やはり外は暖かい。パーカーの中のぬくもりが幸せで仕方ない。ポケットの財布は大人しい。だけど落ち着かなくてウズウズしている。

夕立今ごろモヤとなり、正体の分からない香りを匂わせている。


たまにはイヤホンを外して歩いてみるのもいいものだ、と毎日欠かさず持ち歩いているiPodを置いてきた。しかし、代わりに耳に入ってくるのは自己顕示欲の強い赤子の唸り声だけであり、普段となんら変わりなかった。


コンビニで何を買おうか考えるだけで心がいつまでも踊っている。お気に入りの交差点に差し掛かって目を閉じる、瞬間に突然周りの建物が無くなった。景色は変わった。


鏡のような水面の上に立っていた、足を揃え直すとまん丸の波紋が広がっていく。風はないし太陽も月もない。

色の無い世界を想像した。そんなことは無理なのに。


はみ出した僕だから見れるものがあるんだと、誇らしかった。普段は夢も見れないし、振り返って楽しい過去なんてものもない。この数十年で覚えたことはかっこいい逃げ方くらいだと思う。


水面の端っこから一台の、紺色の車がやってきて僕の前に止まる。誰も乗っていない。僕は財布を開いて、コンビニの肉まんと、唐揚げと、コーラを思い出し、首を横に降ると車はためらいなくまた水面の端っこに向かって走っていった。


目を閉じて、開く。交差点にポツンと。

緑とオレンジの混じったコンビニの看板が見えて、少しだけ考えて、またフラフラと歩きだすのだ。


サンダルがペタペタと鳴って、財布に付けた鈴がカチカチと汚い音を鳴らした。

綺麗ではない音に囲まれて、高価なものは買えなくて。

それでもこんな生活で感じる気持ちは、みんなにも教えてあげたいと思う素敵なものなのだ。


コンビニの袋を持って外に出る。

パーカーと、サンダルと、唐揚げと、週刊誌。

帰り道も視界は良好である。

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